第146話 後始末

 フリーデル公爵騎士団の拠点は大騒ぎになっていた。そこかしこから歓声が上がっている。俺たちは脇目も振らずにアーダンたちがいる場所へと向かった。


「お、戻って来たな」

「ただいま。こっちはあまり被害はないみたいだね」

「まあな。ハーピーの集団が来た時にはちょっと焦ったけどな。当然全部蹴散らした」


 ジルが腕を組んでそう答えた。どうやらなかなか困難な仕事をやり遂げたようである。胸を張ってどこか誇らしげである。


「こっちにも来たのね、あいつら」


 リリアが腰に手を当てて顔をしかめている。どうやら俺たちの方に来たハーピーは集団の一部だったようだ。みんながハーピー引きつけてくれたおかげであの程度の数で済んだのか。大量に来ていたら一時退却するしかなかった。そうなれば、王都は完全に破壊されていたことだろう。


「みんなのおかげで何とかなったよ」

「そうか。それはそうとして……何かリリアの体つきがいやらしくなっていないか?」

「いやらしいって何!? そんなこと、ないからね!」


 慌ててリリアを隠した。そんな俺を見て、ジルとエリーザが「怪しい」と言わんばかりに目を細めてこちらを見ている。気づかないふり、気づかないふり。

 そんな俺たちの様子に気がついたのか騎士団長がやって来た。


「作戦は成功したようだな。良くやってくれたぞ。君たちは我が国を救ってくれた英雄だ」


 騎士団長の声で周辺の興奮状態が高まった。冒険者たちも、騎士たちも、お互いが肩をたたき合っている。残る問題はこれからベランジェ王国をどうするかなのだが、それは俺たちの仕事ではないな。

 そのまま食べ物と飲み物を持ち寄って宴会が始まった。もっとも、食料にも飲み物にも余裕がないため、ずいぶんと控えめな宴会ではあったが。




 俺たちはすぐにフォーチュン王国へと戻った。騎士団長には「フリーデル公爵が到着するまで待って欲しい」とお願いされたが断った。俺たちはフォーチュン王国の冒険者だ。この国のだれの命令にも従う必要はない。


 もっと言えば、フォーチュン王国の命令にも従う必要はないのだ。俺たちはプラチナランク冒険者だからね。

 帰りの道中でみんなにシルキーを紹介した。三人は当然のごとくその事実を受け入れてくれた。


「残すはあと『土の精霊』だけだな。ここまで来たら、全種類集めたいところだな」

「そ、そうだね」


 ジルの言う通り、全種類集めるつもりなのだが、その結果、どのような自体になるのかが予測できない。果たして俺は俺のままでいられるのだろうか。

 そんな心配をしながら王都に戻った俺たちはその足で冒険者ギルドへ向かった。ギルドに到着すると、受付嬢のクラリスさんが驚きを持って迎えてくれた。


「戻って来たのですね。ということは、解決したのですか?」

「ああ、そうだ。ギルドマスターを呼んで欲しい」

「はい、直ちに!」


 キビキビとクラリスさんが動き出した。なんか俺たち、恐れられてない? 気のせいだよね? そうこうしているうちに、機密性の高い奥の部屋へと案内された。すぐにギルドマスターのラファエロさんがやって来た。


「クラリスから聞きました。『風の精霊』に関する問題が解決したとか?」

「ええ、その通りです」


 俺たちは代わる代わるこれまでの経緯を話した。その過程で、風の精霊の化身であるシルキーも紹介した。それを見て、全てが事実だと判断してくれたようである。


「なるほど、良く分かりました。この件についてはあなた方から国王陛下に報告して欲しいところですが、どうやらそれはお断りのようですね?」

「ええ、そうですね。この依頼は冒険者ギルドから受けたものですから。国から依頼されたわけではありません。よって国に報告する義務はありません」


 アーダンの強い口調にラファエロさんが渋面になった。だが俺たちが言うことは特段間違っているわけではない。


「分かりました。私から国に報告を入れておきます。追加の報告があるかも知れません。そのときはよろしくお願いします」


 追加の報告……たぶん、ベランジェ王国のその後についてのことだろうな。正直、興味はないんだけど。

 宿屋「なごみ」に拠点を移した俺たちはそれからしばらくの間、これまでの疲れを癒やすかのように宿でダラダラと過ごした。


「ねえ、これで良かったのかしら?」

「良いんじゃないの? あの国がどうなろうと、俺には関係ないね」

「あ! 兄貴がワルになってます!」

「まるで悪代官ですな」

「……腹黒い旦那様、でもそれがいい」


 言いたい放題だな。それからシルキー、そんな陶酔するような目で俺を見るんじゃない。リリアが誤解するから。ほら見ろ。リリアがひっついてきたじゃないか。良くやったぞ。

 今回の騒動でベランジェ王国の国力は大きく低下した。それを見て、周辺諸国がどう思うか。

 

 ベランジェ王国に悪い感情を持っている国は多いだろう。何せあの国は人族至上主義で、周辺に住む他種族にいつもケンカを売っていたからね。このまま何事もなくは終わらないだろう。国土を分割して、地図の上から消えるという可能性だってあるのだ。


 後日、冒険者ギルドから全員で顔を出して欲しいという連絡が来た。恐らくはベランジェ王国がどうなったのかの話があるのだろう。多少はそれに関わった者として話を聞くことにした。


「呼び出してしまって済みません。何となく予想はつくでしょうが、ベランジェ王国の話です。ベランジェ王国は今、フリーデル公爵を中心にして体勢を整えようとしています」

「フォーチュン王国はどうするつもりなのですか?」

「今のところはフォーチュン王国が有利な条件で同盟を結ぶみたいですね。ベランジェ王国は災害によって大きな被害を受けています。国として再起不能に近い状態です」


 机に視線を落とし、首を左右に振った。それはそうだろ。王族も有力貴族も、国民を見捨てて逃げ出したのだから。逃げ出した彼らの行動から察するに、まさか巨大竜巻を消滅させることができるとは思っても見なかったのだろう。


「内乱、ですか?」

「フリーデル公爵がいなければそうなっていたことでしょう。自分たちの危機を救うために、他国に頭を下げてまで国を守った英雄として、今は祭られているようですよ」


 何というか、あまり近寄りたくない国民性だな。ベランジェ王国こそが至高だと、いまだに思っているようだ。内情はボロボロで、他国に力を借りなければどうにもならない状況に陥っているのに。分かっているのかな。


「周辺諸国の動きはどうなのですか?」

「被害が自国に及んだのはベランジェ王国が原因だと言って、賠償を求めていますね。恐らく、ベランジェ王国の国土を分割したいと思っているのでしょう。フリーデル公爵はそれを何とか阻止したいと思っているようですが」


 そう言って俺を見た。嫌な予感がするな。ラファエロさんは俺の前に一枚の手紙を差し出した。差出人はフリーデル公爵である。このまま燃やすべきだろうな。


「フェルさん、それに何が書いてあるのか私も知らないのです。もし良ければ何が書いてあるのかを教えてくれませんか?」


 ギルドマスターも大変だな。きっと何としてでも俺にこの手紙を読ませるようにと言われているのだろう。そうでなければ、他人の手紙の内容を知りたいなどという失礼なことを言っては来ないだろう。

 俺はラファエロさんの顔を立てて手紙を読んだ。


「俺の元実家のガイラム子爵家は潰れたそうです。何でもガイラム子爵の妻殺しの証拠が見つかったとかで。全員、処刑されたそうです。それで子爵位を本来の次期当主である俺に継がせたいと書いてありますね」


 どうやらお母様を殺したやつらはもれなくあの世に旅立ったようである。それでお母様の無念が晴れたのかどうかは分からないが。フリーデル公爵としてはベランジェ王国を救った真の英雄として俺を迎えたいのだろうな。風の精霊を単独で倒せるほどの人が国内にいれば、周辺諸国も領土分割などと言っては来ないという考えなのだろう。


「興味がありませんね。それに私はもう廃嫡されていますから子爵家を継ぐことはできません。誓いの誓約書が無効になれば話は別ですが」


 こればかりはフリーデル公爵でもどうすることもできない。俺が無効化を訴えて、それが認められない限り、「近いの誓約書」を破棄することはできないのだ。俺はその手紙をラファエロさんに渡した。それを読み終えるとため息をついた。


「ろくでもない内容だとは思っていましたが、やはりろくでもなかったですね。我々としても、プラチナランクの冒険者であるフェルさんを手放すつもりはありませんからね」


 そう言って手紙を返してきた。それを受け取るとその場で灰にした。この話はなかったことになった。そのことに安心したのか、先ほどからずっと黙っていたリリアが首元に飛びついてきた。

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