第71話 鎮魂
助けを呼ぶ声が確かに聞こえた。その声はリリアにも聞こえていたみたいである。火の精霊が助けを求めている。これは一体どういうことなのか。
「アーダン、ジル、火の精霊が助けを求めてる!」
「助けを求めてる? 俺には何も聞こえなかったぞ!」
「俺もだ! エリーザはどうだ!?」
「私にも何も聞こえなかったわ!」
どうやら声が聞こえたのは俺とリリアだけだったようである。俺一人なら聞き間違いかも知れないと思うところだが、リリアはハッキリとそれが火の精霊だと指摘した。それなら間違いないはずだ。
「フェル、攻撃を中止するか!?」
攻撃を回避しながらアーダンが叫ぶ。ジルは一端下がって様子をうかがっていた。その間にエリーザが体力回復魔法を使っている。自分たちにダメージはなくとも、体力がジワジワと消耗しているようだ。
「少し時間が欲しい!」
「分かった。任せておけ」
アーダンとジルが攻撃を再開した。火の精霊の動きは段々と良くなっているような気がする。これ以上、長期戦になるとまずい。
どうすれば火の精霊を助けることができる? 一体何が原因なんだ? 火の精霊をアナライズで観察するが、全く手がかりがつかめない。
「フェル、あの膝に突き刺さっている魔石の矢よ! あれが原因みたいだわ」
どうやらリリアの目には俺とは違う景色が見えているようである。妖精特有の感覚器官を持っているのかも知れないな。
あの矢を壊せば良いのかな? だが、さっきジルが攻撃したときには跳ね返されていた。ジルの腕で壊せないなら、物理的に壊すのは不可能だろう。
「魔石を魔法で攻撃してみる! アーダン、ジル、少し距離を取ってくれ!」
ジルが両腕を斬り飛ばし、攻撃が来なくなったタイミングでアーダンが盾を胴体にたたきつけた。火の精霊が後ずさる。
「フリーズ・ランス!」
氷の槍が寸分違わず、魔石の矢に突き刺さった。火の精霊の左足が吹き飛んだ。だがしかし、すぐに元の位置へと戻って来た。魔石の矢には傷一つついていなかった。
「おい、今のだけ、再生の仕方が他と違うぞ!」
「そうだな。他の場所はその場から新しいのが生えて来るのに、今のだけは戻って来た。これは何かあるぞ」
ジルとアーダンも何か気がつくところがあったようだ。それからは膝の矢を中心に攻撃をするようになった。だが魔石の矢には一向に変化は見られなかった。
「くそ、硬くてどうにもならねぇ」
「そう言えば、魔石って魔力がなくならない限り、壊れないって聞いたことがあるんだけど!」
エリーザの言葉に空気が重くなったように感じた。思い返して見れば、これまで見てきた魔石の中に、割れているものはなかったような気がする。どうやらあれは偶然ではなかったようだ。
重くなった空気を払拭するべく、俺は次の行動に出た。
「それならあの魔石の矢を引っこ抜いてみるよ。たたいてダメなら引いてみろだ」
火の精霊との距離を縮めると、二人が隙を作ってくれた。俺は自分にフリーズ・アーマーを使うと、火の精霊の左膝に飛びついた。魔石の矢を握りしめると、一気に引き抜こうと力を入れた。しかし、ピクリとも動かなかった。
何度か試すが、ダメだった。そうこうしているうちに、俺は火の精霊に蹴り飛ばされた。
「ゲホッ、ゲホッ」
「フェル!」
「今、治療するわ!」
リリアとエリーザが駆け寄ってきた。すぐに治癒魔法がかけられる。フリーズ・アーマーのおかげで大したことはなさそうだった。あばら骨くらいは折れているかも知れないが。
「どうすれば良いんだ……」
「フェル……そうだわ! 魔石に魔力を送り込めば良いのよ。あの魔石の許容量を超える魔力をそそぎ込めば、魔力を抑えきれなくなって崩壊するはずだわ」
「そうかも知れないけど、確か魔石には魔力を送り込むことはできないんだったよね?」
魔石に魔力を送り込むことができるのは魔石からのみ。それも、枯渇した魔石に魔力を補充するだけなので、許容量以上に入れられるのかは不明だ。それに特殊な装置もいる。
火の精霊を大人しくさせてからそれを実行するのは不可能だろう。
「普通はそうなんだけど、フェルならできるわ。だって、あたしに毎日魔力を送っているじゃない」
「確かにリリアに毎日魔力をあげているけど、それはリリアが俺から吸い取っているだけなんじゃないの?」
「それはそうなんだけど、あたしと契約を交わした段階で、フェルからあたしに魔力を送ることができるようになっているのよ」
初耳である。いつの間に俺はそんな特殊技能を身につけていたのだろうか。この戦いが終わったらリリアに試してみよう。
「よし、それじゃその作戦で行ってみよう」
「フリーズ・アーマー! あとはあたしに任せて、フェルは魔力を送ることだけに集中してちょうだい」
「頼んだよ、リリア」
リリアをひとなですると、再びアーダンのところへと走った。アーダンとジルが必死に攻撃を防いでいるが、そろそろ体力と集中力の限界が近そうだった。
「もう一度、あの矢にとりつく」
「これでダメだったら、一度引くぞ」
「分かったよ」
これ以上、無理はできない。ここで何とか希望を見いださないと。二人が作ってくれた隙をついて、再び左膝に飛びついた。魔石の矢をつかんだその手に魔力を集中させた。
魔力がどんどん吸い込まれていく感触があった。これはもしかして、逆に火の精霊を強化することになるんじゃないだろうか?
【頑張って、フェル! キミならできると信じてるから】
火の精霊の声が聞こえた。どうやらこれが正解のようである。それなら遠慮は要らないな。俺はありったけの魔力を魔石の矢にそそぎ込んだ。
自分の魔力がどのくらいの量あるのか何て考えたことはなかった。これまで一度も魔力が枯渇したことはなかった。
だんだんと体に力が入らなくなっていき、頭が重くなってくる。それでも必死に魔力を送り続けた。ピシリと音がする。魔石の矢にヒビが入った。それはどんどん増えていき、ついにはガラスのようにガシャンと砕け散った。
「フェル!」
遠くでリリアが叫ぶような声が聞こえた。
気がつくと、視線の先に見慣れた天井が見えた。ここは俺が王都で利用している宿に違いないだろう。体に力を入れてみた。ミシミシと痛む感じはあるが、どうやら問題なく動くようである。
どうやら生き残ったみたいである。あれから火の精霊はどうなったのだろうか。みんなは無事なのか。それとも、長い夢を見ていたのだろうか。
「フェル! 気がついたのね」
リリアが俺の顔に覆いかぶさった。どうやらリリアも無事だったようだ。だがしかし、これだけは間違いなく言える。リリアの胸の膨らみがさらに大きくなっている。大平原に現れた小さな丘は、確実に大きな山へと成長しつつあった。
顔に感じる圧倒的に柔らかい物体。間違いなさそうである。
「リリア、あれからどうなったんだ?」
「フェルが魔力切れで倒れちゃったのよ。二日も眠り続けていたんだから。もう二度と起きないかと思ったわ」
リリアがハラハラと小さな涙を流し始めた。俺は痛む腕を無理やり動かして、リリアを静かに抱きしめた。リリアがそのまましがみついてくる。そしてその後ろに――何やら火の塊が、俺たちを見守るように浮遊していた。なに、あれ……?
「リリア、あれ、あれ……」
俺が震える手で指差した。それに気がついたリリアが振り向いた。「ああ、あれね」みたいな表情をしている。あれは一体なんでしょうか? まさか、火の精霊とかじゃないよね?
「あれは火の精霊よ。フェルが魔石を粉々にしたあと、火の精霊も形を維持できなくなったのか、小さな火になって飛び散ったのよ」
「なるほど」
「それでこの子だけが残ってついてきたの」
「ナンデ!?」
良く分からないが、この子が火の精霊の本体なのかな? そんなものがついてきて、だれも何も思わなかったのかな?
「よくみんなが納得してくれたね」
「それが、この部屋にフェルを連れてくるまでの間、だれも気がつかなかったのよ。あたしも最初はビックリしたわ。そこに何もいなかったのに、いたんだから」
うーん、謎は深まるばかりだ。今の話だと、どうやらみんなは無事みたいだな。そのうちリリアが俺が目を覚ましたことを伝えてくれるだろう。
「それで、火の精霊は何でここにいるの?」
【キミと】
「キミと?」
【キミと同化したい】
「……は?」
一体どうしたんだ、火の精霊は。どうかしてるぜ。
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