第69話 火のオベリスク

 学者の説明が終わるころには夜も遅い時間になっていた。学者たちが代わる代わる話をするので非常に時間がかかった。これなら、あらかじめ報告書をまとめてもらって、それを読んだ方がずっと良かったと思う。


 そしてどこでどのように話がそれたのか、古代文字の説明まであった。どうやって文字を解読するのか、どのような構文になっているのか。正直なところ役に立つとは思えなかったが、喜々として教えてくれる人生の先輩に水を差すことはできなかった。


 出発は明日の昼食を食べてからに決まった。その理由は魔石の魔力を補充するのに時間がかかるからだそうである。どうやらこの場所のどこかに、特殊な装置を持ち込んでいるようだ。


「オベリスクには何か秘密があるのかな?」

「そう言えば、オベリスクが何の役割を果たしているのかについては話がなかったわね。きっとまだ分かっていないんだと思う」

「リリアもそれが何なのか分からないの?」


 リリアは静かに首を横に振った。どうやら見たことがないみたいだな。リリアは長く生きているから、精霊を見たことがあるんじゃないかな? それでも何も言わないところを見ると、たぶん、言いたくないんだろう。

 それが分かっているからなのか、だれもそのことについて聞かなかった。


 もし、火の精霊に会うのが危険なら、リリアはきっと警告してくれるはずだ。それをしないと言うことは、何か考えがあるのだろう。

 火の精霊の復活が迫っているなら、俺たちが小島にたどり着いたら何らかの動きをする可能性は高いだろう。しっかりと対策を立てておかないと。


 翌朝、朝食を済ませると、飛行船に乗るメンバーが集められた。その中には学者だけでなく、船を暑さから守るための魔法使いの姿もあった。この飛行船には風を打ち消す魔道具はついているようだが、さすがに暑さを防ぐことはできないようだ。


「霊峰マグナの火口に近づいたら、私がアイス・バリアの魔法を使って暑さを防ぎます」


 アイス・バリアか。フリーズ・バリアの下位互換なのでちょっと心配だが、この船全体をバリアで覆うなら、それも仕方がないのかも知れない。さすがに魔力の消費が多くなるだろうからね。それにどれだけの時間、マグマの上に居続けるかも分からない。魔力の消費を抑えることが先決だろう。


「それでは、俺たちは俺たちのことだけを考えておけば良さそうですね」

「そうして下さい。何かあったとき、戦えるのはあなた方だけですから」


 どうやらこの魔法使いの人は戦闘向けではないようだ。恐らく支援に特化した人なのだろう。船長は船の操縦に特化、学者は精霊の研究に特化。そして俺たちは戦闘に特化だ。


「小島が見つかればそこに着陸することになっている。もちろん、それだけのスペースがあればの話だがね」


 船長のブラウンさんの顔には眉間にシワが寄っている。その可能性は低いと見ているのかも知れない。それに気がついたアーダンがいつもの調子で口を開いた。


「着陸できそうになければ俺たちだけで向かいますよ」

「もしかすると、そうなるかも知れない。もちろんロープは用意してある。遺跡調査を見事にやってのけた君たちなら問題はないだろう」


 ブラウンさんはしっかりと俺たちの方を見て大きくうなずいた。絶大な信頼を寄せられているみたいで、何だがほほがかゆくなってきた。


「そうか。君たちがあの遺跡を調査したパーティーだったのか。それなら安心だな。何でも良い。何か見つけたら僅かなことでも報告してくれ」


 学者の一人が目尻を下げながらそう言った。どうやら俺たちの功績は学者たちの間では話題になっているようだ。今回の依頼を成功させれば「さすがは勇者様ご一行」とか言われることになるのだろうか。何かそれはそれで微妙だな。




 昼食を済ませ、出発の時間になった。俺たちを乗せた飛行船が静かに上昇していく。この飛行船がどうやって空に浮かんでいるのか謎だったのだが、学者の人が教えてくれた。

 それによると、船の上についている楕円形の物体に秘密があるらしい。


 何でもその中にはものすごく軽い空気が入っているらしく、その量をコントロールすることで船を浮かせているそうである。ちなみにその軽い空気を発生させる魔法陣がこの間の遺跡調査で見つかっており、現在、それを再現しようとしているらしい。この時代に作った飛行船が空を飛ぶ時代が、本当に来るのかも知れないな。


 飛行船は問題なく進み、火口付近までやってきた。徐々に煙が濃くなり、それと共に周囲の温度も上がってきた。お風呂のように熱くなってきたところで、ようやくアイス・バリアが使用された。


 それでも溶岩の上を進むに連れてどんどん気温が上昇する。本当に魔法が効いているのか疑問を抱き始めたころ、小島が見えた。


「見えたぞ。あの島に間違いない。見ろ! 中央付近にオベリスクが立っているぞ。何て大きいんだ。三階建ての建物くらいの高さがあるぞ」


 小島の上空に差し掛かったところで、暑さが少し緩んだ。小島には草木は生えておらず、赤茶けた平らな大地が広がっていた。溶岩が冷えて固まったのかな? それにしてはやけに平らで、円い形をしている。その中央にオベリスクが立っているのも、変と言えば変だろう。


「どうやら飛行船を着陸させる場所はありそうだ」

「俺たちが先に下りて様子を見ます。もしかすると、地面が柔らかいかも知れませんからね」

「そうしてもらえると助かるよ。ロープを下ろせ!」


 ブラウンさんが船員に指示を出すとすぐにロープがつるされた。ロープを確認すると、アーダンがスルスルと下り始めた。


「アーダン、俺たちは先に行って様子を見ておくよ」

「あ、ずるいぞ、お前たち!」


 俺とリリアは空を飛べるのでロープは必要ない。飛行船からピョンと飛び降りた。船員たちが驚く中で、フワリと着地する。足下は熱くはない。それに地盤はしっかりとしているようである。アナライズで調べたが、問題なさそうだ。


「俺が降りて来る必要はなかったんじゃないか?」

「まあまあ。俺たちだけが下りても、結局、自分で確認するために下りてきたでしょ?」

「……まあ、そうかも知れないな」


 俺たちのパーティーのリーダーであるアーダンはそんな男だ。俺たちはそのことを良く知っている。だからこそみんな信頼して任せているのだ。決して手を抜いているわけではない。


「アーダン、どうだ!?」


 飛行船の上でジルが声を張り上げた。見上げると、ジルが身を乗り出してこちらに向かって手を振っていた。


「大丈夫だ、問題ない!」


 アーダンの声が聞こえたのか、飛行船が徐々に高度を下げてきた。

 ゆっくりと飛行船が着陸する。飛行船は沈み込むこともなく、無事に着陸した。

 船体から学者たちが降りて来る。そしてしきりに顔をキョロキョロとさせていた。まるで初めて街に来た子供のようである。


「これはすごい。溶岩の上に岩石の大地が広がっているようだ。なぜそうなっているのかは不明だがね。これはこれで研究のやりがいがありそうだ」

「そんなことよりもオベリスクを見に行くぞ。さあさあ!」


 急ににぎやかになってきた。火の精霊がいる場所でこんなに騒がしくしていたら、怒られてもしょうがないような気がする。俺たちは周囲を警戒しながらオベリスクの元へと向かった。


「これがオベリスクか。火の精霊を祭っているのかな?」

「そうかも知れないわね。明らかにだれかが作ったものよね、これ」


 リリアと一緒に首をかしげた。それは自然物にしては不自然だった。四角い柱の上部が尖塔のようにとがった作りになっている。それに、何か文字のようなものが刻まれていた。これは――古代文字? と言うことは、これは古代人が作ったのかな?


「ほうほう、これは……」

「読めるんですか?」

「もちろんだとも。私は古代文字も研究していてね」


 眼鏡をかけた学者が得意げな笑顔を見せた。どうやらこんなこともあろうかと、古代文字を読むことができる学者が同席していたようである。


「それで、何て書いてあるんですか?」

「ふむ……我らが友が鎮めし偉大なる火の精霊、ここに眠る。汝ら、その眠りを妨げることなかれ。空と、大地と、海を汚すことなかれ」


 どう言う意味だ? 自然を汚すなってことなのかな? 我らが友って言うことは、古代人に彼らの種族とは違う友達がいたのだろう。


「リリア、どう思う――リリア! 大丈夫か!?」


 リリアがガクガクと震えている。こんなリリアは初めてだ。急いでリリアを抱きしめる。それでも震えが収まらない。


「リリア?」

「だ、大丈夫。大丈夫だから……」


 全然大丈夫そうじゃないんだけど……。一体、何があった? 俺のアナライズには何の反応もない。それなら、オベリスクに書かれていたことに関係があるんだろうけど……

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