第68話 火の精霊

 着陸地点にはテントが二十個ほど立っていた。そのテントの中には、円くて、しっかりとした骨組みで作られた大型テントもある。どうやら随分前からこの地で準備していたようである。

 飛行船が着陸すると、学者らしき人たちがたくさん集まって来た。


「これが飛行船か。文献の通りだな」

「まさか本当に空を飛ぶとは思わなかった。長生きするもんじゃのう」


 その他、色々な声が上がり、次々と飛行船に乗り込んできた。俺たちのことなど、そっちのけである。どうやらこれから霊峰マグナに向かう俺たちのために、その筋の学者をここに集めてくれていたようである。


 わざわざこんな不便なところに来なくても、どこか近くの街でも良かったんじゃないかと一瞬思ったが、みんながみんな飛行船に乗り込んでいるところを見ると、恐らくこれを見に来たのだろう。

 その証拠に、しきりに「飛ばせ、飛ばせ」と言う声が聞こえている。しかし船長は「魔石の魔力が足らなくなるので無理だ」の一点張りである。船長も大変だな。


「あなた方はあちらのテントを使って下さい。この人たちが落ち着いたら、これから行く霊峰マグナについての説明があります。それまで待っていて欲しい」


 船長のブラウンさんはそう言うとすぐに飛行船へと戻って行った。大丈夫なのかな? ちょっと不安になってきたぞ。用意されていたテントは俺たち全員が入ってもまだ余裕があるほどの広さがあった。


「出発は明日の朝になりそうだね。さすがに夜は飛行できないよね?」

「そうじゃないかしら? 地面が暗いと着陸できないもんね」


 明日か。何だか緊張してきたぞ。できればパパッと行って、パパッと終わらせたいところなんだけどな。

 だが、緊張しているのは俺だけではないらしい。みんなの口数もいつもより少なかった。


「なあ、もし、火の精霊と戦うことになったら、俺の剣は通用するのかな?」

「さすがに無理なんじゃないの? だって、相手は魔力の塊のようなものなんでしょ? ゴーストを斬ってるのと同じよ」


 エリーザが首をしきりにひねりながらそう言った。ジルの普段とは変わらない発言に、この場の空気が日が差したかのように暖かくなった。


「いや、でもよ、ゴーストなら俺の持っている銀の剣なら一応、斬れるだろ? 銀の剣でも火の精霊は斬れるのかな?」


 どうやらジルは何本か剣を持っているようだ。普段使っているのが、硬さに定評のある鋼の剣ばかりだったので知らなかった。


「さすがに無理なんじゃないかしら?」


 エリーザがあごに手を当てている。ゴーストと火の精霊を同系列で考えて良いのか、迷っているようである。俺は別々にするべきじゃないかと思う。

 しかしその答えを聞いたジルは口をとがらせた。自分だけ活躍できないと思っているのかも知れない。ここでジルに朗報を与えるとしよう。


「ジルの剣を魔法剣にすれば斬れると思う」

「魔法剣!? フェル、それは一体なんだ?」

「ジルの剣に氷属性を追加するんだよ。この前使ったフリーズ・アーマーの武器版だね。そうすればもしかすると、火の精霊を斬れるかも知れない」


 ジルの目が太陽のように輝いた。火の精霊と戦うことになる可能性はあると思う。俺たちだって、いつまでも火の精霊のところに向かうビッグファイアータートルを狩り続けるわけにはいかない。それだけで終わる人生は嫌である。


「よし、万が一、火の精霊と戦うことになったらそれを俺の剣に使ってくれ。それで俺も戦えるはずだ」

「俺の武器にもそれはできるのか?」

「もちろんできるよ。火の精霊の強さにもよるけど、アーダンにはフリーズ・アーマーも使うことになるんじゃないかな? 考えてみると魔力の消費がすごいことになりそうだな」


 それに加えてフリーズ・バリアも使う必要がある。リリアとうまい具合に分担しないといけないな。もしも戦闘になったときのことを想定して、俺たちは学者が戻ってくるまで作戦会議を続けた。




 時刻が夕刻を迎えるころになって、ようやく俺たちは作戦本部になっていると思われる大きな丸いテントへ呼ばれた。

 そこにはグッタリとしたブラウンさんの姿があった。恐らく今まで学者たちの対応をしていたのだろう。


 席に座っている学者たちの顔は生き生きとしていた。もしかすると、少し飛んだのかも知れない。明日の飛行は大丈夫なのかな? 小さな魔石を使って大きな魔石の魔力を補充することができるという話だったので、補充できているといいんだけど。

 さすがにこんな何もないところでは無理かな?


「待たせてしまって済まないね。これから我々が知っていることについて話そう。何か質問があったら、遠慮なく言ってくれ。夕食を挟むことになるかも知れないが、それでも構わんよ」


 何だか嫌な予感がする。もしかして、延々と彼らの話を聞かされるのかな? 明日のこともあるし、なるべく早く切り上げたいところだ。


「それではまずは火口に何があるのから話そう」


 こうして学者たちからの話が始まった。もちろん長かったので、食事が終わってからも話は続いた。

 それによると、火口の溶岩だまりの中央付近にはウワサ通り小島があり、そこに石の柱が立っているらしい。学者たちはそれを「オベリスク」と呼んでいた。


 そしてそのオベリスクが火の精霊と何らかの関わりがあるのではないかと考えているようだ。小島を発見した学者は火口の山肌で何日も過ごし、運良く立ち上る煙が途切れたときに発見したそうである。ものすごい執念だな。学者ってすごい。


 火の精霊については実際にその目で見た人はいなかった。そのため学者たちはこの世界に点在している伝承を研究し、古代遺跡から見つかる古文書を解読し、それが何たるかを調べていた。


 その結果、過去にも精霊が現れていることを発見した。それを突き詰めると、どうやら火の精霊だけでなく、他の精霊も同時に現れて、世界をひっくり返したそうである。

 そしてそれが古代の超文明が消え去った原因だろうと締めくくった。


 どうやら再び、地上にいる生き物は危機的な状況に陥ることになりそうだ。これが火の精霊だけなのか、他の精霊も続くのかはまだ分からないらしい。現在、あらゆる分野の学者が調べているらしい。


 ちなみにフォーチュン王国付近に存在する精霊は火の精霊だけだそうである。つまり、これを何とかすれば、しばらくは大丈夫だろうと言うことだそうだ。

 古文書によると「火の精霊は自分の眷属である魔物に力を分け与えることができるのではないか」と書かれていたそうである。つまり、あの巨大化したビッグファイアータートルは、眷属であるファイアータートルに力を与えた結果、誕生した魔物だろうと言うことだった。


「それじゃ、魔物は精霊が生み出しているということですか?」

「その可能性はあると思う。どの魔物がどの精霊の眷属なのかは現段階では分からないが、研究が進み、すべての魔物の分類ができれば、そう言うことになるだろう」


 精霊は人々の敵なのだろうか? それにしても、魔石は色んなところで役に立っているよね。古代人も魔石を使って電気を作り、それを使って機械を動かしていたみたいだしね。完全な敵とは言えないのかも知れない。


 でも世界をひっくり返そうとしているんだよね。その辺りが良く分からないな。何か精霊の機嫌を損ねることでもあったのかな?

 これはもしかすると、火の精霊のところに行ったら襲いかかってくるかも知れないな。安全第一の守り重視で向かった方が良いかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る