第23話 帰還
サンチョ商会に到着した。商会の中はとてもにぎわっており、庶民から冒険者、他にも貴族の姿もあった。しかし多くの貴族はどうやら上の階に向かっているようである。壁に書いてある案内を見ると、どうやら上層階は貴族専用の売り場になっているようである。
客とトラブルにならないようにするための処置なのだろう。その方が貴族を警戒する必要がないので、こちらとしてはありがたい。どうやらサンチョさんのお店は、そういったところまで配慮されているようである。さすがだと思う。
「それで、フェル、最初にどこに行く? やっぱり魔道具かしら?」
姿を消しているリリアが耳元でささやいた。魔道具を見るのもいいな。でもその前に、新しいことを始めようと思っていた。
「それも良いけど、その前に野営装備を見に行かないか? 魔法袋のおかげで、今まではかさばるから買えなかった道具が買えるようになっているからさ。外で料理が作れるようになれば、便利だと思わない?」
リリアは俺の問いに首をかしげた。あれ? 野営でも暖かくておいしい食事を食べることができたら、きっとリリアにも喜んでもらえると思ったんだけど。
「だれが料理を作るの?」
「もちろん俺さ」
「フェル、料理を作ったことあるの?」
「もちろんないよ。これから練習するんだよ」
リリアが両手を挙げた。
「分かったわ。フェルの好きなようにやりなさい。後ろから見ておいてあげるから」
何と心強いことか。絶対にリリアが驚くような、おいしい料理を作れるようになってやるぞ。
俺たちは野営道具が置いてある場所へと向かった。どうやらサンチョ商会には冒険者の客も多いようである。ずいぶんと広いスペースに野営道具がところせましとならんでいる。
その中には魔道具もあった。スイッチをひねるだけで火がつく「小型コンロ」という魔道具はとても便利そうだった。でも、小金貨十枚。さすがに値段が高い。これを買ったら他のものが買えなくなってしまう。
俺には魔法袋があるので、少々かさばる物、たとえば薪なんかを持っていくことができる。そのため、今は無理してコンロの魔道具を買う必要はないだろう。そのうちお金をためて買うとしよう。
今回は持ち運びができる、土製の小型のコンロを買った。リリアは「土魔法で作ればいいじゃん」と言っていたが、そうじゃないんだよ。こういうのは雰囲気作りが大事なんだよ。
確かに魔法を使えば火をつけたり、火力を調節したりすることができるけど、何もかも魔法に頼っていたら味気ない人生になってしまう。
たまには魔法に頼らない生活もいいじゃないか、と力説したら「魔法を使えない人が聞いたら怒られるわよ?」と言われてしまった。確かにそうかも知れない。人前でそれを言うのはやめようと思う。
あとは鍋やナイフ、食器類も購入した。これで二人分の食事なら何とかなるぞ。次はちょっと高い寝袋が欲しいな。今持っているのは正直に言ってあまり質が良くない。サンチョさんの家でふかふかのベッドに寝てから、ふかふかは大事だと思い知らされた。
「こっちが良さそうだな」
「これなら宿のベッドが硬いときにも使えるわね。良いんじゃないの? サイズも今持っているのよりも大きめだし、あたしも入りやすいわ」
そうなのだ。寝袋で寝るときもリリアが潜り込んで来るのだ。これまでの寝袋は小さかったので、リリアとお互いにピッタリと張りついて寝るしかなかったが、これならゆとりがある。お互いにゆっくりと眠れそうだ。
テントも簡単に設営できるものに買い換えた。魔法袋に対応したテントらしく、地面に投げるだけで設営できる。すごく便利だ。これで野営するのにも困らなくなってきたぞ。
あとは適当な量の薪を購入して、ここでの買い物は終わった。
「よし、次は魔道具を見に行こう。たぶん買えないけど、どんな魔道具があるのかを知るだけでも、勉強になるはずだ」
「魔道具になっている魔法は極力使わないようにすること、だね」
「その通り。スモール・ライトの魔法が珍しいみたいだったから、気をつけないといけないね」
風を送り出す魔道具、髪の毛を乾かす魔道具、食べ物を冷やしたまま保存できる魔道具。どれも魔法で代用できるけど魔道具になっている。要注意だな。
「見てよ、フェル。水を出す魔道具があるわ。すっごい高い!」
「しっ! 周りが騒がしいからバレないとは思うけど、声が大きいよ」
「ごめんなさい。でも、水を出す魔道具よ? 魔法を使えばいいじゃない」
「……たぶん、他の魔法使いはそういうことに魔法を使わないんだよ」
「何で?」
「さあ?」
何でだろうね? こんなときに魔法使いの知り合いがいれば良かったのに。今度マルチダさんに会ったら聞いてみようかな。
結論から言って、魔道具は買わなかった。どれも値段が高いのだ。さっき買った野営道具の比じゃない。
そしてもう一つ……どれも魔法で代用できるので欲しくならないのだ。そんなわけで俺たち二人旅なら必要ない。パーティーを組むようになることがあれば、そのときに購入を検討したい。そんなときが来るのかどうかは分からないけどね。
買い物も終わり、他の店をちょっとのぞいたところで夕暮れになってしまった。今日もサンチョさんのところで泊めてくれるみたいなので、お願いすることにした。
やっぱりふかふかのベッドとお風呂の誘惑には勝てなかった。
そういえば、持ち運びができるお風呂とかあればもうかるんじゃないかな? そんなことをリリアに尋ねてみたら、「お風呂に入りたがるのは貴族と金持ちだけよ」と一蹴された。しょんぼり。
そして今日もリリアと一緒にお風呂に入る。何度言ってもタオルを巻いてくれないので、毎回目のやり場に困る。リリアは小さいし、ツルペタだが、一人前なんだよね。本人いわく。それなら前くらい隠して欲しい。
翌日、朝食を済ませると、サンチョさんにお礼を言った。
「何から何までお世話になりました」
「それはこちらのセリフですよ。妻も、ペトラ様も、大変お世話になりました」
「この魔法袋を準備しておいてくれたのはサンチョさん何でしょう? ありがとうございます。大事にしますね」
「ハハハ、私だけではありませんよ。私とハウジンハ伯爵との共同出資ですよ」
それで倉庫一件分の物が入る魔法袋をくれたのか。これはものすごく高いはずだぞ。だれかに取られないように気をつけないといけないな。
サンチョ邸を出発して乗合馬車乗り場へ向かった。そこでコリブリの街へ向かう乗合馬車に乗るつもりだ。歩いて帰るのも良いけど、お金もあるし、楽しよう。
昨日の段階で何時に出発するのかを確認しておいたので、問題なく間に合った。
「ついでにコリブリの街へ向かう護衛依頼を受ければ良かったんじゃないの?」
「どうだろう? そんなに都合の良い護衛依頼はないんじゃないかな。四人以上からの依頼が普通だって言ってたからね」
「それもそうね。取り分が減るから、依頼受注者もなるべく人数を少なくしたいでしょうからね」
報酬は頭割りになるのが普通である。四人以上となっていても、四人で引き受けるのが普通のようである。そこに俺たちが割って入るのは難しいだろう。
帰りの旅は特に何事も起こらなかった。ウワサになっていた盗賊団は俺たちが全滅させたし、道中に出てくる魔物はどれも弱い。何度か魔物に襲われたが、俺たちが出るまでもなく一緒に乗っていた人たちが倒していた。
倒せば魔石が手に入るからね。多少のお金稼ぎにはなるようである。
商業都市エベランを出発してから二日目、遠くに見慣れた街並みが見えてきた。それほど長く離れていたわけではないのに何だか懐かしい。
「見てよ、フェル! コリブリの街が見えて来たわよ」
リリアが楽しげに笑った。
こうして俺たちはコリブリの街に帰ってきたのであった。
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