無能を装って廃嫡された最強賢者は新生活を満喫したい!
えながゆうき
第1話 辺境の街、コリブリ
馬車を乗り継ぎ、ようやくフォーチュン王国にある辺境の街、コリブリにたどり着いた。窮屈だった乗合馬車から降りると、すぐに大きく背伸びをした。
「う~ん、やっぱり自由に動けるのが一番だね」
「そうね。フェルに話しかけるわけにもいかなかったし、もうほんと、退屈だったわ」
「ウソばっかり。リリアは寝ている人の肩をたたいて起こしたり、髪の毛が少ないおじさんの髪に風をおくったりしてイタズラしてたじゃないか。こっちは見て見ぬ振りをするのに必死だったんだよ?」
「まあまあ、落ち着いてよ。あたしのお陰で、あの人が乗り越すこともなかったし、あのおじさんも涼しそうで、満更でもなさそうだったわよ?」
どうやらリリアは悪いことをしたとは思っていない様子である。さすがはイタズラ妖精。もはやイタズラすることは日常茶飯事であり、気にすることがない。
リリアと出会ってから、かれこれ十年近くになるが、そのイタズラ好きなところ、言い換えれば好奇心が旺盛なところは変わることがなかった。
「何よ、あたしのことをジロジロ見ちゃって。もしかして、エッチなことでも考えてるの?」
ニヤニヤしながらリリアが顔を近づけてきた。手のひらサイズのリリアが、拳三つ分のところで七色の透明な羽根をばたつかせている。そのきわどい服装から思わず目をそらした。
リリアいわく、妖精の伝統衣装だそうなのだが、その緑色の服装は体にピッタリと張り付いた一枚の布でできていた。しかも下半身部分がランスのようにとんがっている。
激しい動きをするとお尻がプリンと出るようで、人差し指でお尻の部分の布を、元の位置に戻しているのを何度も見かけたことがある。決して俺はスケベではない。正常な男の子の反応をしただけだ。
「ち、違うし! 考えてないし! 俺たちが出会ったころのことを思い出していたんだよ」
「あ~、あのころね。あのときは本当に助かったわ。もう一生、本の中にいるのかと思っていたわ」
急に弱々しくなったリリアが俺の顔に張り付いた。そんなリリアをそっとなでる。
「それはお互い様だよ。リリアのお陰で、俺はこうして生きていられるんだからね。それも、自由な身になって。ありがとう、リリア」
「ちょっと、やめてよね! 恥ずかしいじゃない」
リリアがイヤイヤと顔をこすりつけてきた。何だか俺も恥ずかしくなってきた。俺は恥ずかしさを紛らわせるべく目的地へと向かった。
それは街の中央付近の、大きな十字になっている通りの近くにあった。周囲の建物よりも大きくて立派な建物は石造りの五階建てであり、まるで大きな宿屋のようにたくさん窓がついていた。
冒険者ギルド:コリブリ街支店
今日から俺は一人の冒険者として生きることになる。
目的はただ一つ。愛するリリアと添い遂げたい。
入り口のスイングドアを押して冒険者ギルドの中へ入った。すぐにいくつもの丸いテーブルとイスが目に入った。座っている人はほとんどいない。
今はお昼を少し過ぎた時間帯だ。この時間帯に冒険者ギルドでたむろしている冒険者は、よほどお金に余裕があるか、受けられる依頼がなかったかのどちらかであろう。
俺はあいている受付カウンターへと向かった。小柄のかわいらしいお姉さんがこちらに笑顔を向けている。その頭の上では猫耳がピコピコと動いていた。獣人族だ。
「あの、冒険者登録をしたいのですが……」
「初めての登録ですか?」
「そうです」
「それでは軽いテストがありますので、少々お待ち下さいね」
丁寧に対応してくれるお姉さん。だが、俺の肩に乗っているリリアを見て、首をかしげていた。
しばらくすると「準備ができた」と言われて奥の扉へと連れて行かれた。扉の先は小さな中庭になっていた。中庭の周囲には大人二人分ほどの高さの頑丈そうな塀が囲んでいる。
「キミが新人の冒険者かね?」
白髪交じりの大男がこちらににこやかな笑いを投げかけてきた。悪意は感じない。だが、どことなく精神的圧力を感じる。
「はい。今日から冒険者になります」
「ふむ、覚悟はできているようだな。それで、キミの肩に座っているのはもしかして妖精かね?」
「そうです。妖精のリリアです」
乗合馬車での移動中はリリアに姿を消す魔法を使ってもらっていた。だが、この街に着いてからは姿を現してもらっている。
ここ、フォーチュン王国には多種多様な人種が入り交じって暮らしていると聞いている。そのため、妖精のリリアも姿を見せても大丈夫だろうと考えていた。
「ウワサでは聞いたことがあるが、本物を見たのは初めてだな。契約者はキミかね?」
「そうです」
白髪交じりの大男はこちらをジロジロと品定めするかのように見てきた。あまり良い感じはしないな。でも、仕方がないのかも知れない。どうやら妖精を連れているのはレアみたいだからね。
「何よ、オッサン、文句があるわけ?」
「ちょっとリリア!」
「悪い悪い、ちょっと驚いただけだよ。妖精は契約者の魔力を大量に食うって聞いたことがあってな。その子がとてもそんなに魔力を持っているようには見えなかっただけだよ」
両手を顔の前で合わせて拝んでいる。もしかして、妖精って恐ろしい生き物と思われている可能性があるのかな? いや、そうじゃないな。イタズラのターゲットにされるとまずいと思っているのかも知れない。それなら納得できるぞ。
「はぁ? オッサンの目は節穴なのかしら? フェルはね、賢者なのよ、け・ん・じゃ。その辺のやつらと一緒にしないでよね」
「えええ!? 俺、賢者だったの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!」
アワアワし始めた俺を、オッサンが止めた。
「まあ、落ち着け。俺はこのコリブリの街の冒険者ギルドでギルドマスターをやっているアスランだ。これからはよろしく頼むよ、賢者殿」
「きょ、恐縮です。フェルです。こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに握手を交わす。どうやらアスランさんは先ほどのリリアの話を話半分に聞いておいてくれたようだ。正直、そっちの方が助かる。リリアは握手する俺たちをジットリとした目で見ていた。
「それじゃ賢者殿、冒険者になるための試験だ。魔法の試験でいいか?」
「はい。それで大丈夫です」
「オーケー、オーケー。それじゃお前の得意な魔法を見せてくれ」
「分かりました」
「フェル、全力で撃つのよ、全力で。コイツにフェルの力を見せつけてやって、ギャフンと言わせてやるのよ!」
リリアが鼻息も荒く迫って来た。どうしてギルドマスターに対抗心を燃やしているのか、それが俺には分からない。
「全力で撃ったらこの辺りの建物が全部なくなっちゃうよ。あとで賠償金を払えとか言われたら、隣の国に逃げるしかなくなっちゃうよ? それじゃ困るでしょ」
やれやれだな。建物が壊れないように、かつ、合格できるようにか。庭の真ん中に大穴を空ければ大丈夫かな? 爆発魔法を使うべく、手をかざした。
「待った、待ってくれ、フェル。お前、今、何を考えている?」
「え? そこに爆発魔法で大穴を空けようかと……」
俺は庭の中央を指差した。
「待った、待ってくれ。俺が悪かった。フェルの初級魔法を見せてくれ。それも、一番、威力が弱いやつだ」
「え、ええ、分かりました」
必死の形相のアスランさん。さすがにギルドマスターに逆らって、冒険者証が発行されないのは困る。大人しく指示に従うことにした。
「ファイアー・アロー」
俺の周囲に炎の矢が大量に出現し、その場で静止した。指示を出せば、いつでも目標を貫くことができる状態だ。
どうしようかな。いくつもある的に、全部当てるか? それでも本数があまっちゃうな。
「杖も持たず、詠唱を最短にして、しかも空中で魔法を待機させるだと!? そんなバカな……。フェル、お前の実力は分かった。合格だ、合格だから、そのファイアー・アローをなかったことにしてくれ!」
ギルドマスターが悲痛な叫び声を上げた。指示に従って、何事もなかったかのように魔法を消した。どうやら合格したらしい。リリアがそんなギルドマスターの顔を見て、イイ笑顔を浮かべている。
リリア、ちょっとワルそうな顔をしているぞ。
その向こうでは、俺を連れて来た受付のお姉さんが腰を抜かして地面にへたり込んでいた。
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