第2話 シルバーランク

 腰を抜かしたお姉さんを支えて建物の中に戻ると、異変を察知した別のお姉さんが駆けつけてきた。こっちは背が高めの美人のお姉さんだ。

 まるで「冒険者ギルドの受付嬢は美人じゃないといけない」という決まりがあるみたいだ。ちょっと気になる。


「ちょっと、キャロット! あなた、どうしたの!?」

「ああ、しぇんぱい……ちょっと驚いちゃって……」


 どうやらキャロットさんにトラウマを与えてしまったようだ。でも、あそこで不合格になるわけにはいかなかった。何せもう、お金がほとんどない。早く冒険者になってお金を稼がないと飢え死にしてしまう。


「フラン! フェルの冒険者手続きをしてやってくれ。そいつは今日からシルバーランクの冒険者だ。職業は賢者だ」

「け、賢者!?」

「ああ、そうだ。頼んだぞ。別にプラチナランクでも良かったんだか、フェルには冒険者としての経験が必要だろうからな。悪いがシルバーランクで我慢してくれ。依頼に慣れれば、すぐにランクを上げてやるからな」


 そう言うと、ポカンとしているフランさんをおいて、ギルドマスターのアスランさんはのっしのっしと奥の部屋へと消えていった。


「ほ、本当なの、キャロット? 賢者だなんて……」

「本当ですよ。ほら、フェルさんの肩に妖精がいるでしょう?」

「妖精? ほ、本物なの!? 初めて見たわ」

「それ、さっきのオッサンも言ってたー」

「しゃ、しゃべったー! 本物だー!」


 ガタガタ、ガラン。フランさんがひっくり返って、周囲のイスをなぎ倒していた。白。


「だ、大丈夫ですか? やっぱり妖精が見えているのはまずいですかね? それなら姿を消しておくように言い聞かせておきますけど……」

「い、いえ、その必要はないわ。ちょっと驚いただけだから。それよりも、手続きだったわね」

「あの、賢者っていうのはリリアが勝手に言いだしたもの何ですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。みんな『自称』しているだけですから。さすがに賢者は初めてですけどね」


 フランさんはウフフと笑いながら立ち上がると、たくさん引き出しが並んでいる壁の方へと向かって行った。


「あの、キャロットさん、どうしてギルドの職員は美人ばかりなのですか?」

「ちょっと、フェル。それはどういうことなのかしら? あたしじゃ満足できないってことなのかしら?」


 腰に手を当てたリリアが目を細めて、笑顔で聞いてきた。だがしかし、何やら良くない魔力が充満している。


「全然違う。今のリリアで十分、満足している。本当に気になっただけだよ。だって物語の本に書かれていた冒険者ギルドの受付嬢も、全員、美人な人ばかりだったんだよ? おかしいと思わない?」


 それを聞いてウフフと笑うキャロットさん。何か知っているのかな?


「それにはちゃんと理由がありますよ。受付嬢に美人が多い冒険者ギルドには、冒険者がたくさん集まるんですよ。つまり、それだけそこの冒険者ギルドがもうかることになるということです。冒険者の男女の比率は、どちらかと言うと男性冒険者の方が割合が多いですからね」

「なるほど、冒険者が他の街の冒険者ギルドに移らないようにするためだったのですね」


 基本的に冒険者は自由気ままである。今いる冒険者ギルドが気に入らなければ、別の街の冒険者ギルドに行けばいいだけなのだ。有名になれば、他の冒険者ギルドからも引く手あまたというわけだ。


「ですから賢者のフェルさんには、ぜひともここの冒険者ギルドを拠点に活動してもらいたいところですね」


 そう言いながら、フランさんが一枚のカードを持って来た。あれがウワサの冒険者証か。何だかワクワクしてきたぞ。


「これがフェルさんの冒険者証になります。ご確認下さい」


 手渡されたカードは金属製の板である。名前と職業、それからシルバーランクの文字が彫られていた。飾りっ気のないシンプルな作りをしている。偽装とか、簡単にできそうだな。

 そんなことを思っているのが顔に出ていたのか、フランさんが「偽装したらすぐに分かるので没収される」と付け加えた。どうやら冒険者証には特殊な加工が施されているようである。


「ランクについての説明はいりますか?」

「一応、お願いします」

「分かりました。冒険者ランクは上から、プラチナ、ゴールド、シルバー、カッパー、アイアンとなっています。そして、特に功績を挙げた冒険者には国から、オリハルコン、ミスリルのランクを与えられることがあります」

「オリハルコン、ミスリルランクに関しては縁がなさそうですね」

「ほとんどの冒険者がそうでしょうね。でも、フェルさんならチャンスがあるかも知れませんよ?」


 フランさんは、冗談とも、本気とも取れるような笑顔を浮かべていた。個人的には国というものには関わりたくないので、そんなものはいらないんだけどな。


 そのあとは依頼の受け方についても聞いた。壁のボードに貼り付けられている依頼を、受付カウンターに持って行くだけでいいらしい。自分のランク以下の依頼ならどれでも受けることができるそうだ。ただし、複数人数が推奨される依頼は除く。


「他に質問はありますか?」

「あの、どこかおすすめの宿を教えてもらえませんか? その、あんまり手持ちがなくて……」

「それならここ、冒険者ギルドに泊まることをおすすめしますよ。ここの三階からが冒険者用の宿になっているんですよ。部屋の掃除は自分でしなければなりませんが、無料で使うことができます。もちろん、設備を壊したら弁償してもらいますけどね」


 どうしよう、お金に余裕が出るまではお世話になろうかな? チラリとリリアを見ると、一つうなずきを返してきた。オーケーということだろう。


「それではお願いしてもいいですか?」

「分かりました。すぐに部屋の鍵を持って来ますね」




 俺たちが借りた部屋は三階だった。部屋の中にはベッドが二つあり、テーブルが一つだけ置いてあった。実に簡素である。どうやら、基本的には二人で一部屋のようだ。壁には窓が一つだけあった。


「野宿よりは断然マシね。お金がたまったら、もっと良い宿に移りましょう」

「そうだね。お金のない今の状況では、本当にありがたいよ」


 そう言いながらベッドの腰掛けると、ギシリというきしむ音が聞こえた。それでもリリアの言う通り、野宿よりはマシだろう。窓を開けると、大通りを行き交う人々の姿が見えた。コリブリの街はそれなりに栄えているようだ。


「夕飯までにはまだ時間があるな。どうする? 街を散策する? それとも、何か依頼を受けてみる?」

「お金がそんなにないんでしょう? それなら依頼を受けましょうよ。どうせ街に行っても何も買えないんだしさ」

「……そうだね。そうしようか」


 リリアは妙なところで現実的だな。てっきり街を歩きたいって言うと思ったのだが。俺は部屋の窓を閉めると、一階の依頼を張り出してあるボードへと向かった。

 それほど時間がかからない依頼にしたいな。魔物退治に、錬金術用の素材採取か。あ、魔石の納品も良いかも知れない。


「どれにする~?」

「素材を採取しながら、現れた魔物を倒して、ついでに魔石の納品をしよう」

「オッケー。それならこれね。ん? この依頼『常時受付』になってるわね」

「本当だ。それならすぐに出発するとしよう」


 採取する素材は「薬草」と「魔力草」と「毒消草」の三種類。どれも一枚単位で買い取ってくれるみたいだ。

 俺たちは乗合馬車から入って来た入り口とは別の場所から街の外に出た。どうやらこちらから外に出た方が目的地の森に近いようである。


「フェル、地図は大丈夫?」

「大丈夫。乗合馬車に乗っている間に、この辺りの地図はオート・マッピングの魔法で作っておいたよ」

「なかなかやるじゃない。さすがは賢者ね」

「あれって本気だったんだ」

「もちろんよ。フェルは自分の力が規格外なことをもっと認識しておくことね」

「……その話、初めて聞いたんだけど?」

「そうね。初めて言ったわ」


 リリアが胸を張って言った。その胸はまな板のように平らだった。

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