八章三話
量産の許可が出てから数日後、真奏は親久に再び呼び出された。それも、大広間ではなく親久の私室に来いという指示付きで。
親久の要求は謎の流行病の調査だった。汰羽羅の辺境を中心にその病が流行しており、既にかなりの数の死人が出ているという報告が上がっているというのが親久からの情報である。真奏は話を聞きながらずっと難しい顔をしていた。ある程度のことを話し終えた親久は、常に携行している短刀を刀掛台に置く。
「何ぞ聞いておきたいことはあるか?」
「私をお選びになったのでしょうか? これと言って医術の心得もないのですが……」
「儂を謀るか」
唐突に威圧感のある声を発した彼は真奏を睨むように見た。
「そなたが屋敷の書庫に医術の書物を溜め込んでおることくらい知っておるわ。それにそなたは体調を崩すと自作の薬を飲んでおるそうだな」
彼の言葉に真奏は動きを止めた。それを見ながら親久は足を組み直し、ずいっと身体を前のめりにさせる。
「それにそなたは自らの好奇心ゆえに自身の一族郎党を滅ぼすところであった。その命より大事な一族の体面に泥を塗り、家名に傷をつけた。これは死をもっても贖えぬ罪ぞ」
親久は扇を開いた。金箔をあしらった豪華な扇には赤と白、黒を使って縁起物の鶴が描かれていた。真奏は落ち着いた様子で問いかける。
「では何故私を生かされたのです?」
「儂は儂のために使えそうな者は使う。故にそなたを生かした。面倒が無いように実家と縁を切らせ、城の片隅に住まわせた。そのうえでそなたのやることなすこと、全て見ておったのよ。これ全て、権力のなす業である」
彼は気品も何もかも打ち捨てた惨忍な笑みを見せた。権力に物を言わせる荒業に慣れきった傲慢で冷酷な為政者がそこにいる。親久はその顔のまま言葉を繋いだ。
「儂は思考を正気に囚われていない者が欲しい。そういう者達の考えることは人の世からずれているが、上手く扱うと存外良い結果が生まれる。例えばそなたがこの間買うた医術の書物があったろう。あれはな、自らの欲求のために人を百人ほど殺した男が書いたのだ」
河野はその言葉を聞いて思わず目を見開く。だが親久はまだ笑っていた。部屋に差し込む日の加減のおかげで親久の表情は一部しか見えない。そのせいか、余計に不気味である。
「あやつの書物は汰羽羅の医術を大きく変えた。以前ならば助からなかったはずの者が生き永らえるようになった。正気を捨てた人間の能力は人に認められずとも大いに使えるものなのだ」
どこか浮かれたような声に河野の身体が冷えた。深く関わってはならない気配が漂っているが、真奏が断ることも河野がその役目を代わることも出来ない。二人して袋の鼠である。悔しさから小さく唸った河野の前で、真奏は黙って頭を下げる。
「そのお役目、謹んでお受け致します」
河野は、真奏の打ち掛けの流水紋を見ていることしか出来なかった。
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