八章二話

 真奏と河野の身柄は相良家預かりとなり、親久が全てを決めた。

 桐生家の長年の功績に免じて両者の極刑は免れた。しかし真奏は今後桐生の姓を名乗ることは許されない。事実上の一族との絶縁である。河野も真奏も共に親族と連絡を取り合うことを禁じられ、相良家の監視下に置かれることが決定した。

 真奏と河野に与えられたのは相良家の居城である雲井城の片隅にある屋敷だった。多少古いが手入れが行き届いていて、必要以上に広い。庭があり、季節ごとの植物を愛でることもできた。 

 異常なまでの好奇心の片鱗を見せつけた真奏は屋敷で書物を読んで日々を過ごしていた。河野は彼女の話し相手になったり城中の若衆と剣技の稽古をして毎日を過ごした。

 そんなある日、親久から呼び出しがかかった。真奏は久々の堅苦しい席を嫌がったが断るわけにもいかず、普段動きやすさを理由に着ている男物の袴を脱いだ。その年、彼女は数えで十四であった。

 親久が真奏を呼びつけた理由は武器の設計、制作のためだった。あれこれと家中の優れた者が知恵を絞ったがどれも上手くいかない。試作品の制作にも時間がいるので役職のある者では時間が足りぬ。かと言って城外の職人に任せるわけにもいかぬ。そう言った親久はにかっと笑った。

「真奏、そなた暇であろう。加えてそなたはあらゆる物事に精通していると伝え聞いておる。頼めるかな?」

 ちょうど夕刻だったおかげで傾いた日差しが彼の顔を怪しく照らした。その顔の陰影を河野は軽く睨みつける。疑問形ではあるが明らかに真奏が断れないことを分かっていた。それが透けて見えるのが何より腹立たしい。真奏は

「謹んで拝命致します」

 と応じた。頭を垂れた。親久の手の扇がぱしんと軽い音をさせて閉じられ、彼は閉じた扇を片手に悠然と笑っていた。


 それからは忙しい日々が始まった。真奏はこれまでの試作品の図面を見直して計算をやり直し、実際に自分の手で試作品を作った。もちろん河野もそれを手伝った。二人で木材や金属部品を組み合わせ、紐で縛り、釘を打ち込んだ。それまで傷など無かった真奏の手には傷痕が出来た。皮膚が厚くなり手が固くなったが、彼女は満足気だった。

 そんなある日、屋敷に二人の訪問者が現れた。片方は汰羽羅一の武力を誇る六条家の嫡男・六条藤治ろくじょうふじはる。もう片方は弓射の名手として知られた赤穂家次男・赤穂範仁あこうのりひとであった。

 彼らは真奏が設計と製作を任された武器を実際に見たいと言った。真奏のいる庭に通すと、二人はあんぐりと口を開けた。彼らの目に映っていたのは庭の真ん中に鎮座する対軍船弩である。作業中だった真奏は客人に気がついて振り返った。

「六条様に赤穂様ですか。どういったご用向きで?」

 赤穂は恐る恐る口を開く。

「そ、そのいしゆみは、お前が作ったのか?」

「計算は全て私が。作るときにはさすがに河野に手伝ってもらいました」

「これは二人で作れる大きさなのか……?」

 六条の方はそう言って唸った。夕日に照らされた弩はいっそ厳かにも見える。緻密な計算と幾度にも及ぶ試行錯誤を繰り返してようやくたどり着いた完璧な造形が、庭に佇んでいた。

 その日の夜、六条と赤穂は屋敷で夕餉を済ませた。二人は対軍船弩の発案に関わったものの、何度繰り返しても上手くいかなかったと話した。赤穂は計算の腕には自信があったと溢したが、真奏はそれを否定した。

「勘定のための計算と物作りのための計算は目的が異なります。これは腕前云々の問題ではございません」

 ゆらりと揺れる燭台の炎が真奏の横顔を明るく見せた。彼女の目にはいつか覗かせた異様な好奇心の片鱗がある。河野はそれを見て背筋が凍った。また何か良くない方向に動きやしないかと思わされる。

「ではどうやれば良かった?」

 赤穂は身を乗り出してそう問いかけた。それを受けた真奏は小さく笑う。二人は食事もそっちのけで額を突き合わせ、筆記用具を一切使わずに計算の話を進め始めた。六条と河野にはとんと分からぬ計算式が飛び出すおかげで、彼らは会話から取り残されてしまった。

 翌日、また六条と赤穂がやって来た。今度はさらに二人の青年が一緒で、彼らは弩製作を手伝うと申し出た。実際に手が増えると作業が楽になった。気づけばさらに人数が増え、屋敷に出入りする若者の数は十五人を超えた。製作が順調に進んだことでその年の冬には試運用に入ることが出来た。

 結果は大成功だった。多少打つまでに時間はかかるが、弩自体は銛を打ち込む以外にも応用できる。加えて従来のものより重量が軽く操作も簡単。立ち会っていた親久は上機嫌だった。その日のうちに彼は弩の量産を許可した。

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