第6話「あたたかなもの」

「この女は断罪されたはずなのに、自由に出歩いているなんて……どういうことなの!」


 私はキンキンとした金切り声が聞こえてくる中、眉を寄せながら目を開けた。


「エリス・ブラッドレイは悪役令嬢でしょ! 断罪されて処刑されるはずなのに、何で騎士団に守られているのよ!」


「メアリ・ウィンストン男爵令嬢……?」


 私はゆっくりと半身を起こしながら、呟いた。


 この声。いつもは鈴の転がるような笑い声でよく聞いていた声に似ている。学園でアーノルドや取り巻きと一緒に楽しそうに、彼女はいつも居たから。


「あら。起きたのね……騎士団長エクリュ・ルイスと副団長のセイン・アダムスは逆ハーレムを達成したら出てくるとっておきの隠しキャラなのよ! 出現イベントになっても出てこないし、おかしいと思ったら悪役令嬢を匿って町歩きデートですって!? そんなこと絶対に、許さないわ……」


 ギリッと音をさせそうなほど、強く歯を噛み締めてメアリは私を睨みつけた。


「何を、何を言っているの?」


 私は戸惑ったまま、ウィンストン男爵令嬢を見た。


「わからなくて、当然なのよ。ゲームの世界に転生したなんて、私にも信じられないんだから。でも、エクリュもセインもぜーんぶぜーんぶ私のものなんだから! 絶対にあんたみたいな悪役令嬢になんか渡さない!」


 訳のわからないことを言い募り、無遠慮に指を差してくるメアリに、私は困惑して首を振った。


「……メアリ、落ち着きなよ。だから、君の言う通りにこうして捕まえてきただろう? ご褒美をくれよ」


「ああ、ザス、居たの。ゲームのサポートキャラのあなたには当然のことなんだけど、良いわ。じゃあ、頬にキスをしてあげる」


「公爵令嬢誘拐という危ない橋を渡って、頬にキス? ふざけないでくれよ、メアリ」


「はあ? 私に逆らうの? あなたなんてアーノルドに一言言えばいなくなっちゃうのよ」


 せせら笑うようにして、メアリはザスを見た。


 もしかして仲間割れ? 私は周囲を見回した。もしかしたら、ここは城の中にある馬小屋のひとつかもしれない。


 私は言い合いになっている二人を横目に、考えを巡らせた。


 今はもうアーノルドの婚約者となり、次期第二王子妃になるであろうメアリを警備の弱い実家の男爵家には暮らさせられなくて、城での生活となっているのかもしれない。だから、城の中の建物に私を連れてきたのね……。


 私は後ろ手にロープで縛られているけれど、あくまで軽く、だ。ザスもこういうところは、すこしだけ仏心を出したのかもしれない。


 私はまだ言い争う二人の隙をついて、一気に立ち上がるとすぐさま走り出した。


 大騒ぎになるかもしれないけれど、このまま闇へと葬り去られるより、まだ生きている方がマシだと思おう。


 私がドアに体当たりするとバン! っと音がしてかけられていた蝶番が壊れてしまう。


 そして転びかけそうになりながら、必死で走った。


「誰か、誰か助けて!!」


 叫びながら走り出す、そんな私の体を一気に引き寄せる逞しい存在を感じた。両手を縛られているため、彼の胸へとつんのめるように抱き込まれる。


「エリス……こんなところに……」


「エクリュさん……あのっ……ごめんなさいっ……私」


「あなたが謝ることはない。ザスが裏切ったんですね……セインも騎士団の皆も、血相を変えてあなたを探し回っています。私は城から馬に乗って出るところでした。本当に良かった」


 両手が不自由になってしまっている私を抱きとめて、心底良かったと呟くエクリュにこんな状況だけど、顔が熱くなって来た。


「エクリュ団長!」


 追いかけてきたザスは状況を見て観念したのか、平伏してぶるぶると震えている。その後を着いてきたメアリはエクリュを見て黄色い声を出した。


「わー、エクリュ! こんなところで会えるなんて! いつもイベントのはずなのに会えないし、寂しかったんだから」


「黙れ。お前に、呼び捨てされる覚えはない。ウィンストン男爵令嬢、この事態、どう言い訳するつもりだ?」


「……そんな。隠しキャラだからってイレギュラーなのかしら、通常だったら、私にすぐメロメロになるはずなのに……」


 ぶつぶつと呟きながら、メアリは私を睨みつけた。


「全部全部、あんたのせいよ! エリス・ブラッドレイ! 悪役令嬢のあんたが、ちゃんと役割を全うしないからこんなことになったんだから!」


 また訳のわからないことを叫び出したメアリを横目に、エクリュは私の両手を縛っていた紐をちいさなナイフで切った。そして、ザスや周りで様子を窺っていた何人かの衛兵に命令した。


「メアリ・ウィンストン男爵令嬢はどうも気が狂ったようだ、中央の塔へと身柄を運べ。これは陛下からの命令だと言えば、わかるか?」


 次々と狂ったように叫ぶウィンストン男爵令嬢の周囲に、駆けつける衛兵を見ながら私はほっとして全身の力を抜いた。


「大丈夫です。エリス。僕がこれからはずっと居ますからね?」


 意識を失ってしまうその前に、そっと額に温かな感触を感じた気もした。

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