秋乃は立哉を笑わせたい 第19笑

如月 仁成

いい肉の日、いい服の日


 他人の悪事を知っていて。

 それを黙っていることは。


 罪に属するものだと俺は信じていた。


 その認識が変わった理由。

 納得できずに何度も考え直したが。


 一つしか。

 思い当たる節がない。


 理論的じゃなくて。

 今までは思考の条件から外していたもの。


 それは。


 誰かのことを好きになったせい。


 例えば。

 旦那さんの犯罪を隠す奥さん。


 ニュースやドラマで見かけては。

 そんな馬鹿なと呆れていたが。


 笑えばいい。

 今まで俺がさげすんできたすべての人よ。


 この男は。

 皆さんの心境を。


 今、ようやく理解したというわけだ。



 だが、ひとつだけ。

 皆さんと違うことがある。



 俺が本気になった以上。

 あいつの罪が白日にさらされることはない。


 さあ、ゴングが鳴ったようだ。


 好きになったあいつのために。

 俺は死力を尽くして戦おう。


 地獄へ落ちる覚悟を持った。

 県下一位の頭脳を舐めるなよ?




 秋乃は立哉を笑わせたい 第19笑


 =好きになったあの子の秘密を隠そう=




 舞浜まいはま秋乃あきのが。

 保坂家で暮らしている。


 そんな事実を。

 隠し通せるはずなどない。


 かつての俺なら、早々に諦めて。

 無駄な努力なんてしなかったと思うんだ。


「そこを何とか!」

「いやよ。それ、誰かに聞かれた時、嘘を付けってことでしょ?」

「お、お願いします……」

「う…………。あ、秋乃ちゃんにそこまで言われちゃしょうがないわね」


 なんか納得いかんが。

 ここは秋乃の親切貯金に感謝。


 最後の砦、委員長を陥落させた俺たちは。

 胸をなでおろしながら席に戻る。


 これで身内の全てに根回しは終わったな。

 頭の中のチェックリストにも漏れはない。


「あ、安心したらお腹空いた……」

「そうだな、昼休みが半分方終わっちまった。急いで食うぞ」


 家族とご近所には土日のうちに。

 学校関係者には今日。


 直接会って事情を説明して。

 なんとか口裏を合わせてくれるよう約束を取り付けたんだが。


 人の口に、完全に戸を立てることなんか。

 できるはずがないってことくらい分かってる。


「お前、安心しきってる場合じゃねえからな?」

「う、うん……」

「もしもバレたら今度はホントに勘当されちまう」

「そ、それは困る……」


 いつもは俺が持ち歩く袋から。

 弁当袋を二つ取り出して。


 片方を俺に渡しながら。

 眉尻を落とした顔を向けて来るのは。


 舞浜秋乃。


 飴色のサラサラストレート髪を。

 心なしか、重たげに揺らしながら。


 ふうと、大きなため息を吐いていた。


「だったらいったん家に戻れよ」

「ううん…………」


 間違いのない善後策。

 俺は何度も提案し続けているんだが。


 こいつは頑なに。

 首を縦に振ろうとしない。


 秋乃の秘密を守る作戦は進めるとしても。

 根本的に解決しねえといつかはバレる。


 なんでそこまでこだわるんだ?

 家に戻ればいいだけの話じゃねえか。


 プチ勘当ってルールは、そんなに厳しいのか?


「あのなあ。俺はバレないようにちゃんと協力してやってるだろ?」

「はい。助かります……」

「そんな一番の協力者が、このままじゃまずいって言ってるんだ」

「それも理解できます……」

「じゃあ理由くらい教えてくれよ。そこまでして、なんで俺の家にいたいの?」

「立哉君の家にいたいから……」


 質問に対して。

 質問文そのままの回答。


 一瞬。

 意味が分からなかったが。


 理解が及んだ瞬間。

 鼓動が激しく打ちだした。



 まじか。

 そこまでなのか。



 でも順番がよろしくないというか。

 でもでもそこまで想われて嬉しいというか。


「ド……、ドキドキするね?」

「そ、そうか? いや俺は別にドキドキなんてしてねえぞ?」

「見つかったら最後の、スパイアクションゲームみたいで……」

「ああ分かってましたよ! 俺の神がそんなに甘くねえって事くらいな!」


 こら聞いてるか、神!

 万能だからってやっていいことと悪いことくらいあるんだぞ!


 そして秋乃!

 なんでも楽しいの病はもうちっとTPO考えて発症しろこのやろう!


 すっかり純情をもてあそばれた俺は。

 むしゃくしゃを隠しもせず乱暴に弁当の包みをほどく。


「ど、どうしたの急に?」

「なんでもござーませんからほっといてくれ! それよりお前、ちゃんと裏口から入れって何度言ったら分かるんだ!」

「き、気を付ける……」


 まるで使ってなかった裏口。

 倉庫二つに挟まれた出口から、薮を切り拓いて作った隠し通路。


 そこから出入りしねえと。

 どこから見られてるか分からねえだろうが。


 秋乃の親父さんが雇ったんだろう。

 明らかに怪しい黒服が。

 秋乃じゃなくて、俺に張り付いているんだが。


 俺がいないタイミングだったから。

 玄関から何度か入ったことがばれてない。


 しかしあのクソ親父!

 秋乃に黒服くっ付ければ済む話だろ!?

 妙なところでパパ心発動させてるんじゃねえ!


 おかげで、雑誌の表紙とか看板とか。

 水着写真見かけても目を逸らして歩かなきゃならねえじゃねえか!


「まったく……! 穴があるから対抗手段簡単に思い付けるんだ!」

「穴……? レンコンの煮物?」

「おかずの話じゃねえ! ……それより、どうして急に弁当を自分で作るとか言い出した?」

「そ、それは内緒……。でも、あたしのマストミッション……」

「マストだったらちゃんと作れよ。晩飯ん時におかず半分残せとか言われた時にゃなんの拷問かと思ったぜ」

「こ、今夜から多く作ってくれるとありがたい……」


 よく分からんが。

 意味があるって言うんじゃしかたねえ。


 俺は、弁当用じゃない味付けのおかずを頬張って。

 飯をかっこんだ。


「……時間が経っても美味しいね、お肉」

「ん? 昨日の方が美味かったろ?」

「で、でも、今日も美味しい……、よ?」

「まあな。いい肉だからな。……今日は十一月二十九日だし」


 秋乃は、箸を止めて。

 俺の説明の意味をしばらく考えていたが。


 ようやく理解すると。

 小さくかぶりを振って文句を言い出した。


「いいにく? ……ダジャレじゃ、あたし、笑わないよ?」

「ネタのつもりじゃねえ。全国区なんだよこれは」

「全国区?」

「例えば……」


 俺は箸を咥えて。

 携帯で検索して秋乃に見せる。


「お肉屋……、ステーキ専門店……。ほんとだ」

「軒並み安売りしてるだろ?」

「うん。……あ、それならあそこも安くなってるかな?」


 常識知らずちゃんが。

 目を丸くさせたあと。


 俺の携帯を返して。

 自分の携帯を操作し始めた。


 おお、いいこと思い付いた。

 これで秋乃を。


 無様に爆笑させてくれる!



 俺は急いで検索をかけて。

 そして目当てのページを開いて秋乃に突き付けた。


「そして究極の場所がこれだ! 帰りに寄るぞ!」

「きゅ、究極……? そんなにお肉がお安いの……?」


 秋乃は、自分の携帯を机に置いて。

 俺の携帯の画面をのぞき込む。


 そんな画面に表示したのは。



 服屋。



「…………いいふく?」

「笑えって」

「だから、ダジャレは嫌い……」

「いや、でも今のは面白いだろ?」

「面白くないし、連れて行ってくれるならこっちがいい」


 そんなこと言いながら。

 秋乃が指差す自分の携帯。


 そこに表示されていたのは。




 高級フグ料理店。




「うはははははははははははは!!! お前もダジャレじゃねえか!」

「お得……」

「いいフグの日サービス価格、おひとり様一万円て! うはははははははははははは!!! 行けるわけあるか!」


 普段なら、笑わせ合戦で負けた代償として言う事を聞いてやるところだが。


 さすがに今回は。

 笑ってごまかすことにした。





「じゃあ、ここで牛肉買って来て欲しい……」

「うはははははははははははは!!! 競り会場! 生きとる!」

「…………一頭競り落とすまで帰って来るな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る