メリー

『こんにちは。私はメリー。こんばんわ』




 ある日、俺の元に一通のヘンテコなメールが届いた。


 もちろん俺の知り合いにメリーなんていう名前の人はいない。


 いや、そもそも外国人がいない。


 俺はあまり親しい人以外にアドレスは教えない。面倒だからだ。


 今までにも迷惑メールは数知れず来ていたが、こんなタイプのものは初めてだった。


 気持ちが悪い半分、なんだかおもしろそうな気もする。


 試しに、俺はそのメールに返信してみることにした。


 ちなみに、メールアドレスもドメイン名の前にメリーと表示されていた。




『こんにちは。いや、こんばんはか? 俺はタクミ。俺に何かの用?』




 ……こんなもんかな。タクミっていうのは、俺の偽名。


 あ、別に怪しいことしてるわけじゃないよ。ネットでのハンドルネームだ。


 さすがに、見ず知らずの相手に本名を教えるほど馬鹿じゃない。


 それに、ちゃんと毎回相手ごとにハンドルネームは変えてある。


 タクヤとか、コウヤとか、ユウジとか色々。


 送信してから、数分後。すぐに返信メールが来た。


『こんにちはタクミ。タクミは今何しているのかなって思ったの』


 何をしているかって? わけの分からない人とメール中だよ。


 無論、そんなことはメールに書かない。書いたら、やばいもんな。


『今はね、パソコンを使って仕事していたんだよ。そしたらメールが来た』


『そうなの。あのね、タクミ、タクミ。聞きたいことがあるんだけどいい?』


 へぇ。聞きたいことね〜。偽のプロフィールでも教えてみようかな。


 プロフィールなんてものは、いくらでも捏造できるからな。簡単で助かるよ。


 ちなみに俺は昔、偽名と偽プロフィールでネット上で恋愛したことがある。


 もっとも、恋愛といっても、ほとんど「ごっこ」に近かったけど。


 しかもその遊びの今の俺の彼女にバレて、終わりを迎えた。


 彩華あやかは嫉妬深いんだ。




『いいよ。俺に何が聞きたいの?』




 送信と書かれたボタンをマウスでクリックする。


 手紙が飛んでいくモーションと共に、この世界の何処かにいる「メリー」という人の所へメールが送信された。


 数分待ってみたが、メールはすぐ返ってこなかった。




 はあ。それにしても俺も物好きだよな……


 迷惑メールに返信する、なんて変な事をするなんて。


 律儀に返信して来た相手も珍しいけど。


 だって、人生色んなことがあるんだ。刺激的なこともたくさん。


 真面目な優等生君一本じゃ、もったいなさすぎる。




 ぼや〜んと考えていると、ピロンッという原始的なメロディが聞こえた。


 俺はたいていメールが来ても気づかないから。


 携帯電話のように音が鳴るように設定してある。


 早速来たメールを開いてみた。




『ねぇ、タクミ。あなたウソついているでしょう?』




 背筋が、ゾクリとした。


 確かに俺は偽名を使っている。


どうしてそれがわかるのだろうか。嘘をついてるかどうかなんて、メールの文章から何とでも読み取れる。 でも、やっぱり本当のことを言われると不気味だ。


 それ以前に、メールの内容が噛み合っていないんだけど。


 質問はあるかと送ったのに、いきなり嘘ついてるかなんて。


 なんだか嫌だな。


 でも――よく考えろ。


 この俺がメールをしている相手は、こういったことが好きなのかもしれない。


 相手のことを揺さぶらせて、楽しむような。愉快犯っていうやつ?


 もしもそうなら、ここで俺が変な反応を見せたら、相手の思うツボだよな。


 カマをかけているに違いない、そう判断した俺は早速メールを返信した。




『嘘? 俺は嘘なんてついていないよ。正真正銘のタクミだよ』




 正真正銘の名前は、洸夜こうやなんだけどね。


 よく考えると、全然似てもいないな。むしろかけ離れている。


 ボタンをクリックしながら、俺はあくびをひとつ吐いた。


 ウィンドウの隅に表示されている時計を見ると、午前二時ちょうど。


 そろそろ眠くなってくる時間帯だ。次のメールで今日はもう終わりにしようか。




『そう? それならいいけれど。私はもう寝るわね。おやすみなさい、タクミ』




 そんなメールが返ってきた。やっぱりカマをかけていたんだな。


 おやすみ、と簡単な挨拶をして、俺はノートパソコンを閉じた。












 次の日、俺は散らかった部屋の片づけをしていた。


 散らばるゴミや雑誌などをゴミ袋へと詰め込んでいく。


 本当ならば掃除機でもかけたい所だが、このマンションは神経質な住人が多い。


 うっかり騒音を立てると、すぐに苦情がくる。その割には、周りは結構うるさいんだが。


 彩華が来るときはいつも掃除をしないといけないんだ。綺麗好きなんだ、あいつは。


 だから俺はゴミ取りのローラーでカーペットを掃除中。


 テーブルの上の時計を見ると、十時。まだ結構早い時間だ。


 でも、そろそろ彩華が来るかもしれないな。何でも、お昼より前の午前中には来るらしい。


 何だその中途半端な時間は。


 散乱していたゴミもあらかた片付け終わり、俺はノートパソコンを開いた。


 例のメリーからメールは来ているのだろうか。


 ソフトを起動して、送受信を行う。


 一通だけ、新しいメールが来ていた。タイトルは、無題。


 


『おはようタクミ。今日はとってもいい天気ね。何か予定はあるの?』




 なんだかすごく平凡な内容の気がする。


 昨日のメールが不気味に感じたのは、深夜だったせいなんだろうか。


 メリーが住んでいるところも天気はいいようだ。俺のマンションからも、晴天が見える。


 


『おはようメリー。今日はね、俺の家には彼女がくるんだよ。羨ましい? なんてね』




『彼女? タクミには彼女がいるのね。いいわね。私にもいるけれど浮気してばっかりなの』




 へぇ。この得体の知れないメリーにも、ちゃんと彼氏はいるらしい。


 一応一人の人間なのだろうから、当たり前といえば当たり前なんだけど。


 浮気――か。俺みたいに、浮気好きなやつが相手だと大変だよな。




『浮気ばっかりしてるんだ、ひどいね。あ、だから君も俺とメールしてるとか?』




『ああ、浮気返しっていうことかしら? それも面白いかもしれないわね』




 こうやって相手してみると、別にメリーも普通の人みたいだ。


 暇つぶしの相手にはちょうどいいかもしれない。


 


『だって、相手がしてるんなら君もしなきゃ。もったいないだろう?』




『やられたらやりかえすのね。じゃぁ、タクミの彼女はしているの?』


 


『いや、してないよ。してるのは、俺だけ。楽しまないともったいないからな』




『ふぅん。タクミはそういう考え方の人なのね』




 あぁ――やっぱり見ず知らずの他人とのメールは面白い。


 自分とはまったく違う価値観を持った人と話ができるなんて。


 インターネットは画期的だな。


 次はどんな話を振ろうかと考えていたとき……


 少し大きめなインターホンの音が響いた。


 あ、彩華のことをすっかり忘れていた。


 ノートパソコンを閉じて、ドアの鍵をはずす。


 


「ちょっと、洸夜ぁ! 鳴らしたらすぐ鍵開けてよね〜」


「悪い悪い。ちょっとパソコンやっててさ」


 ドアを開けると、彩華が仁王立ちになっていた。


 肩の辺りまでまっすぐに伸びた、さらさらの茶髪。


 少し切れ長の瞳は黒。顔の形はシャープだ。声は少し高い。


 性格は嫉妬深くて、わがまま。すぐに疑心暗鬼に陥るタイプ。


 けっこう危なっかしいんだ、色んな意味で。


 テーブルの前に移動した彩華がパソコンを見ながらいう。


「何やってたの?」


「ん? メール」


「誰と?」


 メリーさん、と俺はいいながらお茶をテーブルの上に置いた。


 一応彼女にも言っておいたほうがいいのかな。


「メリーさんって、あれ? ほら怖いやつ」


 


 メリーさん。誰でも一度は聞いたことがある話。


 電話がかかってきて、「私メリーさん」という話。


 道端で人形を拾う話。


 


「なんでそういう考え方になるんだよ。


 なんか、迷惑メール送ってきた相手の名前がメリーなんだ」


「へー。物好きなんだね。で、男、それとも女?」


 少し尖った言い方で質問された。怪しまれてるな。


 そんなのメールしたぐらいじゃわからないって……まぁ、どう考えても女だろうけど。


 しかし、ここで女というとまたうるさいだろうから――


「さぁ? なんだかオカマっぽいよ」


 何それ、と彼女が笑う。


「それよりさーもうお昼なんだけど。お腹空いちゃった」


「あ〜なんか食べに行こうか?」


「なんで? 洸夜って料理じょうずでしょ」


「だぁ〜から、今冷蔵庫の中何も無いんだってば」


「しょうがないな」


 数分後、俺はぶつぶついう彩華を部屋から連れ出すことに成功した。






 とりあえずマンションからさほど遠くはないデパートへ来た。


 せっかく外出したんだから、お店で食べればいいと言ったんだけど……彩華がどうにも粘って。


 店じゃなくて俺の手料理をどうしても食べたいらしい。


 俺としては喜べばいいのかなんなのか。作るのは正直いって面倒なんだよな。


 俺の隣では彩華が野菜を物色している。


 バーコードやら、産地やらいろいろと細かくチェックしている。


 やっぱり神経質なんだろうか。


 俺はといえば、ほとんどこういう所では荷物持ちに近いものがある。


 ぶっちゃけ、食材なんて食べられればいいと思う。なおかつ安いとグッドだ。


 たぶん、そんなこというと彩華に殴られるけど。


「なぁ、この後どうするんだ? 帰ってお昼にするのか?」


「ん? この後は普通の買い物しようよ」


 ちょっと待て。俺に重い食材を持たせたままなのか。けっこうきつくないか、それって。


 レジへ向かう彩華の後についていきながら抗議をしてみる。


「それさ、俺が結構大変だと思わない? 食材って結構重いんだけど」


「何言ってんの。男でしょ」


 男がみんな力持ちだと思っているんだろうか……


 ほら、といつのまにか会計を済ませていたらしく、みっしりと詰まった袋を三つ渡された。


 なんだか明日筋肉痛になりそうだよ、まったく。


 ひぃひぃ言いながら歩く俺の前を軽やかに進んでいく彩華。


 けっこうなスピードで進んでいるらしい。みるみる内に距離が開いてしまった。


「な〜なんでそんなに急ぐんだよ? 店はまだ閉まらないって」


「あたしは贈り物はゆっくり選びたいんだよ〜」


 贈り物? なんか友達にでもあげるんだろうか?


 きょとんとしたまま歩く俺を見かねたのか、


「ちょっと、まだ寝ぼけてるの? 明日は洸夜の誕生日でしょうが、まったく」


「俺の誕生日?」


 あ――そういえば明後日は俺の誕生日だったような……気がするようなしないような。


 正直、あんまり男にとって誕生日って大事じゃないからうろ覚えだ。


 まぁ。彩華がそういうんだから、たぶんそうなんだろう。それでいいのか、とも微かに思うけどね。


「ということは、俺になにかくれるのか?」


「そうよ。今まで散々な目に合わされたからね……浮気する暇ないようなものあげるわ」


 ふっふっふとちょっと黒い笑顔だ。 一体何を贈られるんだろうか、俺。


「とっておきのプレゼント用意するんだから。楽しみにしててよね?」


「ああ。とりあえず楽しみにしとくよ」


「あー! 何よその投げやりな言い方は〜」


 今にも頭から角を生やしそうな彩華を抑えながら回りを見渡してみた。


 あんまり人前で痴話喧嘩というのも恥ずかしいからな……


 ん? あれは――


「おい、彩華。あれってお前のお姉さんじゃないか?」


 俺はウィンドウを眺めている一人の女性を指差した。なんとなく見覚えがある。というか似ている。


「はぐらかすつもり? 姉さんは今日は学校よ。こんなところにいるはず……」


 ないでしょう、と続けようとした口が途中で止まった。


 どうやら、正解だったらしい。


 そのまま彩華はその女性へと駆け寄っていった。


「姉さんじゃない。こんな所で何してるの? 学校は?」


「えっ!?」


 いきなり声を掛けられてかなり驚いている。いや、当たり前だよな。


「おい、彩華、いきなり質問攻めにするなよ」


「あ……洸夜さん。こんにちは」


「あ、どうも」


 彩華の双子の姉の鈴華れいかさん。


 少し短めの髪は、艶々とした綺麗な黒髪。瞳も綺麗な黒色。


 性格も、おてんばな彩華とは違って、おしとやかでおとなしい。


 実は、結構俺のタイプだったりする。


 彩華は仕事をしているが、鈴華さんは専門学生らしい。


 なんでもコンピューター関連の勉強をしているらしい。すごいよな。


「今日は学校はね、午前中だけだったの」


「へぇ〜それで買い物に来てるんだ?」


「そうよ。びっくりさせないで……」


 向かい合って話している二人だが、かなりそっくり。


 いや、一卵性らしいから、当たり前なのかもしれないが。


 それで性格がまったく違うのもおもしろいなと思う。


「彩華は……デート?」


「デートなんかじゃないって〜ただの買い物だよ」


「そうなの。確か、明日は洸夜さんの誕生日だからてっきり……」


「お、姉さんよく知ってるね」


 ほう。いちおうこれがデートじゃないっていう自覚はあるんだな。


 俺、今情けない格好だしな。両手に葉っぱがはみ出た袋を持ってるし。


 というか――そろそろ腕が限界なんだが。


「なぁ、彩華。そろそろ帰らないか? 荷物が重くて……」


「男のくせに力ないんだから。頑張ってよね」


「頑張った結果なんだが。せめて休憩でもしないか……?」


 はぁ、とため息をつく彩華を見ながら鈴華さんが少し笑った。


「洸夜さんも疲れているみたいだし……休んできたらどう?」


「何よ〜姉さんもヘナチョコ男の味方ぁ?」


「そういうわけじゃなくて。私もそろそろ買い物に戻りたいし」


「うーん、それもそうだな……」


 しばらく悩むそぶりをした後、彩華は俺の傍へと戻ってきた。


 たぶん、お腹が空いたんだろう。


「休憩するのはいいけど、おごりね?」


 俺の財布が寂しいことになりそうだった――




 


「はぁ……疲れた」


 俺が部屋に戻ってこれたのは、夜の十一時。


 あの後なんだかんだで彩華に引っ張りまわされたのだ。


 ファンシーショップとか、フルーツパーラーとか、喫茶店とか。


 同時に甘いものもたくさん食べさせられた。


 よって、今軽く胸焼けしている。というか気持ち悪いです。


 冷蔵庫のお茶をラッパ飲みした後、ノートパソコンを開いてみる。


 またメリーからメールは来ているんだろうか。


 ソフトを起動すると、メールは二通来ていた。


 どちらも送り主はメリーとなっていた。


 その一通目を開いてみた。


 本文には、空白しかなかった。


 妙に思って、そのままスクロールしてみた。




 一枚の写真があった。


 俺は、その写真を見つめたまま、目を見開いていた。


 写真に写っているのは、俺と彩華。


 これは――今日の買い物の写真……


 


 何で?


 まず俺の頭に浮かんだのは、その言葉だった。


 何故、どうしてこの写真がメリーから送られてくる?


 これは考えれば簡単なこと。


 メリーが、俺たちにとって身近な人だということ。


 いや。身近というよりは、近くに住んでいるということだろうか。


 でも……


 俺がタクミだとはわからないはずだ。


 問題はメリーが誰なのか。


 というか、今日会ったのは彩華と鈴華さんしかいないんだけど。


 彩華は……全然興味なさそうだな。


 というか彼女はパソコンを持っていない。


 このドメイン名はパソコンだけにしかないものだ。


 鈴華さんは論外だろう。


 よく知らないけど。


 いや、まさかという可能性も……


 でもこんなことする意味がわからないし。


 


 軽く混乱している頭を抱えたまま、もう一通のメールを開いてみた。




『こんばんわタクミ。写真、気に入ってもらえたかしら?』




『メリー、君は俺の事を知っているのかい?』




『ええ。タクミのことなら何でも知ってるわ。明日誕生日だってことも』




 なんでメリーが俺の誕生日を知っている?


 それとも、これもまた性質の悪い悪戯なんだろうか。




『ねぇ。はったりは良くないよ? 遊びたいのはわかるけどさ……』




『はったりなんかじゃないわ。タクミの本当の名前だって知ってるわ』




『本当? それじゃあ教えてよ』




『あなたは タクヤ』




『あなたは ユウヤ』




『あなたは ユウジ』




『あなたは カイト』




『あなたは シオン』






 違う。


 それは違う。


 それは俺が今まで使っていたハンドルネームだ。


 それは……俺の偽名であって本名じゃない!




 気がつくと、ノートパソコンには、たくさんのメールが来ていた。


 メールではなく、チャットをしているかのような勢いで。




『ねぇ、間違っていないでしょう? タクミ』




『私、最初にウソついてるでしょうっていったんだもの』




『タクミがウソをついていたのね』




『うふふ……どれがあなたの本当の名前なのかしら?』




『ねえ どうして 返事をしてくれないの? タ ク ミ』




『タクミ、明日誕生日なのよね、おたんじょうび』




『私、とっておきのプレゼントを用意しているの。楽しみにしててね?』




『私が、あなたの誕生日をお祝いしてあげるわ――言葉で……ね』






 俺は。俺は怖くなってノートパソコンを閉じた。


 まだ、メリーからのメールは受信され続けているのだろうか。


 怖い。自分の誕生日が怖いなんて――初めてだ。


 俺は憂鬱な気分で眠りへとついた。






 誕生日当日。


 俺は早めに起きたが、頭はメリーのことでいっぱいだった。


 あいつは――ここにくるんだろうか?


 俺はそのときどうするべきなのか。


 一人で悶々と悩んでいると、部屋のインターホンがなった。


 びくびくしながら、のぞき穴を見ると、そこには彩華がいた。


 ほっと安心しながら、ドアを開けた。


「もう、開けるのが遅いよっ洸夜〜!」


「悪い悪い。寝ぼけててさ」


 俺はちらちらとノートパソコンを横目で見ながら答える。


 今にもメリーから狂気じみたメールが来るのじゃないかと、かなり気が気じゃない。


「パソコンなんて見てないでよ〜」


 ぶつくさいいながら、勝手に上がりこんでテーブルの前に座った。


 よく見ると、彩華は腕に何かを抱えている。


 細長い形の箱を、ピンク色の包装紙で包んであるみたいだ。


 赤いかわいらしいリボンで巻かれてある。


「彩華……それが贈り物?」


 にこにこと何が楽しいのか、笑いながら彩華は答えた。


「そうだよ。とっておきのプレゼントなんだから」


「へぇ〜高級品とか?」


 俺も半分ふざけながら問いかける。


「う〜ん。あたししか、見えなくなるものかな?」


「彩華の下着とか?」


 っ……冗談なのに……殴るなんてヒドイ――


「ちゃんとね、リボンに名前のシールも貼ってもらったんだから」


 女って、人に贈り物するのが好きなんだな……なんていうか、輝いてるよ、ああ。


 頭の中で今日のお昼をどうしようかな――と考えていた。


 ちゃんと食材は買ってある。


 外食にしようといったが、一緒に料理を作りたいらしい。


 何料理、と聞いたら、肉料理、といっていた。


 あ……俺肉買い忘れたかもしれないんだけどな。


「なぁ、早く見せてくれ――」


 俺が彩華の持つ箱に触ろうとしたとき。


 インターホンが鳴った


 思わず、びくりと肩が跳ねてしまう。


 一体――誰だ?


 まさか……メリー?


 どちらにせよ。



 俺はドアの方へと向かっていった。


 覗いてみると、そこには――


 鈴華さんがいた。


「鈴……華さん?」


「いきなり驚かせちゃったかしら?」


「いえ、平気ですけどどうして……」


「今日洸夜さん、誕生日でしょう? 私からもプレゼントしようかなって」


 何だ。


 俺が過剰に怯えすぎていただけじゃないか。


 きっとあれは性質の悪い悪戯だったんだ。


 そう、ただの――イタズラ。


「ちょっと待ってくださいね、今開けますから……」


 俺がドアのチェーンを外そうとしていると、背後から彩華の声が聞こえた。


「誰?」


「ん? 鈴華さん。祝いにきてくれたんだってさ」


「そう――」


 再びドアを開けようとしたとき、俺の足元にひらりとリボンが落ちてきた。


 後ろで彩華がガサゴソ音をたてている。


 プレゼントを渡そうとしているのだろうか。


 リボンを良く見ると、金色のシールが貼られていた。


 拾い上げてよく見ると、そこには名前が書いてあった。




『ハッピーバースデイ タクミ』




 書かれている名前を頭が理解する前に。


 


 背後から、再び彩華の声がした。



「お誕生日おめでとう、タクミ。私からのお祝いをあげるわ」



 どこかで見たことのある名前。


 どこかで見たことのある口調。




 振り返ろうとしたとき。



 腹部に鈍い痛みを感じていた。


 腹部を見ると、何が包丁のようなものが突き刺さっていた。


 そして、俺の目の前にいたのは――


 メリーでも何でもない、確かに俺の彼女の彩華だった。



 俺は力が抜けてゆっくりと崩れ落ちていく


 腹部は痛いというよりも熱かった。


 微かに、鈴華さんの声が聞こえたような気がした。


 変だな。そんなに離れていないはずなのに。


 でも、俺の耳には彩華の声しか聞こえなかった。



「ねぇ……これで洸夜はあたししか見ないよね? あたししか愛さないよね?」



 何か声を出そうとするが、気だるくて、口を開くのも億劫だった。



「タクミは消えて、洸夜だけになる。これで、あたしのもの」



 クスクスと笑い続ける彩華。いや――


「お誕生日おめでとう。これが、あたしと『メリー』からのプレゼントよ」



 薄れゆく意識の中、メリーはずっとずっと笑い続けていた――



 私はチェーンを外して、ドアを開けた。



 目の前には、姉さん……いや、赤の他人がいた。



「こんにちは。私メリー。あなたを殺してもいい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る