短編集(旧作)

紫宮月音

哂う骸骨

 白い満月が光る夜。とある森に一人の男がいた。


 正確には二人。穴を埋める男と穴の中の女。


 男は手にしたスコップで穴に土を投げ入れる。


 女は穴の中で思う。自分の愚かさを。


 その女は街で男に声をかけられついていった。


 彼女は普段からよくそうして遊んでいた。


 その日限り、暇な者同士で遊ぶ。ただそれだけ。


 今日も今までと同じような一日になるはずだった。


 彼女は嘆く。どうしてこの男についていったのかと。


 男との甘い遊びが終わり、別れようとしたのに。


 女は、外に出る直前に後頭部に強い衝撃を感じた。


 彼女の意識は途切れ、今のこの状態になった。


 喉を潰され、腕をへし折られた哀れな女。


 月はその光で女を照らして、ただ見ているだけ。


 ざくり、ざくりと男が土を掘り、穴に放り込む。


 ぱらり、ぱらりと女の上に土が降り積もっていく。


 女は穴の底で男を憎む。自分を殺した男を。


 声無き怨み言をつぶやく。男が見えなくなっても。


 女が虚ろな視線を自分の隣へと向けた。


 そこには、白い髑髏があった。



 俺は、マンションの自室でニュースを見ていた。


 テレビ画面に映るアナウンサーが、様々な出来事をべらべらとまくし立てる。


 その中で、一つのニュースが俺の眼にとまった。


 なんでも近頃この辺りで行方不明者が出ているらしい。若い女性が立て続けに行方不明。


 俺はそのニュースを聞き終えるとテレビを切った。


 基本的にはどうでもいい話が多かったな……


 しかし最後の行方不明事件は特別だ。


 俺は遠山亮次。この近くの大学に通う大学生だ。


 去年実家からこのマンションに越してきた二年生。


 同じマンションの住民には「りょーちゃん」と呼ばれている。


 このマンション、お年寄りが多いの。


 そしてもう一つの俺の姿……。


 俺は、今ニュースでやっていた行方不明事件の犯人なのです。もちろん本当に。


 冗談なんかではない。


 指名手配はされていない。誰にも見られてないし。


 俺は近所からはいわゆるいい人と認識されている。


 お年寄りに優しい青年。


 世間一般ではまず疑われない。


 犯罪を犯すのは異常な人、という暗黙の了解みたいなものがあるから。


 凶悪な人だからといって必ず殺すわけじゃない。


 きっと優しい人だっているだろう。


 いつも優しい顔した人だって、安全とは限らない。


 ニコニコ笑顔のまま人を殺すかもしれない。


 可能性は誰にでも等しくある。


 けれど、人はその人のうわべしか見ようとしない。


 表面だけ見て、いい人悪い人の判断を下してしまう。


 隣人が犯罪を犯し逮捕されたら二通り。


「やっぱりねぇ」「信じられないわ」


 だいたいこんな感じの反応だろう。


 そんなわけで俺は今まで見つかっていないのだ。


 俺がふと時計を見ると午後の四時。


 慌てて夕飯の買出しに行く事にした。



外に出ると強い風が吹いていた。季節は冬。


 冷たすぎる風は寒いというよりも刺すように痛い。


 近い距離だが念のためにと着てきたコートが役に立った。というかコートないと厳しい。


 俺は少し先のスーパーを目指す。なるべく早足で。


 別に急いでいるわけではないんだけどね…


 「あら〜ぁ。りょーちゃんじゃない」


 早足の原因。もとい近所のおばちゃん達。


 「この間はどうもねぇ」


 「いえいえ、こちらこそ」


 俺はよく彼女達の手伝いをしにいっている。


 掃除したり、料理したり。ようするに暇なんだな。


 すると彼女達はなにかと物をくれるのだ。ミカンとか無農薬野菜とか。丁寧にお断りしてい るのだが、最終的には自室に持ち帰る事となる。助かっているが。


 爽やかに笑顔を彼女達に振りまき、俺はスーパーへと入った。店内は緑と赤の装飾が目立っ て いる。いくつか目玉商品や特売品などを買っていると、なんだか自分が主婦になったよ うな錯覚を覚えた。


 店から出ると、冷たい風が吹き付けた。なにやら反対にあるドラッグストアが騒がしい。店 の前に人だかりが出来ている。知ってるおばちゃんに声を掛ける。


 「どうも。何かあったんですか?」


「あら、りょーちゃん。それがねえ〜。なんか若い娘が万引きしたらしいのよぉ〜。やぁね」


 彼女は身振り手ぶりを交えてそう話してくれた。


 万引き……この商店街で盗もうとする人がいるとは。


 「店長が捕まえたんだけどねぇ?その娘さんがさ、


 暴れだしちゃってさ。もう凄かったわよ」


 捕まってなお暴れるとは…すごいパワフル。


 「ただでさえ最近物騒なんだからねぇ」


 そういって彼女はため息をついた。


 「行方不明のやつですか?」


 そうそう、と彼女は頷いた。


 「若い娘がいなくなってるんでしょう?怖いわ」


 「本当に物騒ですよね。早く捕まりませんかね」


 恐らく…彼女が行方不明になることはないだろう。


 それにしても。自分でいってて笑えてくる。


 捕まえるべき犯人はこの自分だというのに。


 瞬間、今彼女に俺が犯人だといったらどうなるのだろう。言葉無く蒼ざめるか。


 それとも笑い飛ばすか?


 少し考え、後者と判断した。


 人は皆自分のすぐそばに危険があるとは思わない。


 非現実的過ぎて信用しないだろう。


 俺は彼女に別れを告げ、自室へと帰った。



 俺が始めて人を殺したのは高校生の時。


 その時付き合っていた彼女だった。


 理由は……何だったかな。そう、別れ話。


 彼女に別れて欲しいと頼まれたんだった。


 ほんの些細な事だけど、俺の頭は真っ白になって。


 気がついたら、彼女の首を絞めてた。


 その時の彼女は美しかった。


 恐怖に見開かれた茶色の瞳。


 ぱくぱくと開閉する小さな口。


 赤から蒼へと変わる顔色。


 本当に女神みたいだった。蒼白の女神。


 しばらくして、彼女の全身から力が抜けた。


 それが終わりの合図だった…


 そして、俺は殺人という行為に魅了された。


 街で家出した娘とかそういうのを探して。食事とか買い物とかして。後に自室に連れこむ。


 後は色々やってみた。


 首を絞めるのをはじめ、骨折ってみたり。


 包丁で切り裂いたりもしたな。喉裂いたり。


 腹部を切り開く。殺した後だと暖かいんだ。


 包丁を入れると切れ目からすぅっと血が滲んでくる。


 綺麗な形の内臓が紅の海に浮かんでいるんだよ。


 柘榴みたいな色しているのもあった。どれも濡れて、ルビーみたいに綺麗だったよ。それ以上かもな。


 気づいた事もあった。


 どんなに醜い女でも、死の瞬間はとても美しい。


 それこそ、絶世の美女にも勝さるくらいに、だ。


 捕まえる時も醜いのを選ぶようになった。


 俺の手で彼女達を女神にしてあげるのさ。


 殺人は俺の美徳だ。


 俺はもう、狂っているのかもしれないね?



買い物に行ってから一週間がたった。


 大学は休暇中なので暇。あれから後二人と遊んだ。


 他は特にないんだが、いくつか気になる事がある。


 妙な夢を見るのだ。しかも毎晩。


 俺は、夢の中でどこか暗い穴みたいな場所にいる。


 何故か身体は動かない。そしてひどく息苦しい。


 そのうち、身体中に痛みが走るのだ。


 何かに噛みつかれたかの様な痛み。


 そこで、目が覚める。


 寝汗やら冷や汗やらびっしょりで覚醒する意識。


 微かにベッドからは土の香り。


 何故か長い髪の毛がある。


 長くて、艶のある黒髪。


 もちろん俺のじゃないし、『彼女』のじゃない。


 他にも、閉めたはずの窓が開いていたりする。


 おかげで最近寝不足なんだが……


 料理中にも視線を感じた。


 ただ見ている、というのではない視線。


 粘着質で纏わり付くよう視線。


 そう……背筋が凍りつくような。


 俺は、なんとなく森が気になった。


 死体は近くの森に埋めていたのだ。街の人は薄気味悪がって近寄ろうしない。めったなことじゃ平気だ。埋めたのを確認すればいい、不安ならば。


 掘り起こして、また埋めなおせばいい。


 もしも…誰かにばれていたのならば?


 簡単。消してしまえばいい。


 殺して、『彼女達』の仲間にしてやろう。


 仲間は多いほうがいいだろう?


 俺は予定を立て、眠りについた。



 その日は満月だった。白く光り輝く満月。


 でも、月の光は闇色の雲に遮られて届かない。


 時折、雲の切れ間からぼんやりと射すだけ。


 俺は愛用のスコップをもって森を進んでいた。


 『彼女達』を埋めた場所までは、木に目印がある。


 無論、俺にしか分からないような小さな目印。


 俺は鳥目ではないから、暗闇でもよく見える。


 しかし、今日に限ってなかなか着かなかった。


 グルグル廻っているみたいで。


 永遠に辿り着かないような気さえした。


 しかしそんなことはなく、到着した。


 この時期は木の葉が落ちていて、解りづらい。


 記憶を頼りに土を掘り起こしていく。辺りに広がる湿った土の匂い。腐葉土の香り。


 彼女達の成れの果て……。


 しばらく掘った後、穴を覗きこむ。


 特に異常なところは無い。誰かに見つかった後も。


 俺の不安は杞憂だったのだ。ほっと一息ついて。


 俺はまた穴を埋めなおそうとした。


 その時だった。


 「ッ!?……うわっ!」


 いきなり、何かに背後から突き飛ばされた。


 予想外の出来事に俺の身体はバランスを崩し。


 深い穴の底へと堕ちていく。


 俺は仰向けに堕ちた。


 いくら腐葉土で柔らかいとはいえそれなりに深く掘ったから結構痛い。おまけに暗い。さらに狭い。


 しばらくすると暗闇にも目が慣れてきた。


 そして視界の隅にちらちらと、白いモノが見えた。


 なんだあの白いの?そんなモノ入れたっけ?


 俺がそんなことを考えていた刹那。


 「ぐぁっ!なんだ!?」


 いきなり全身に鋭い痛みが走った。


 痛みで急激に冷や汗が噴出す。


 これは何だ?これはまるで夢じゃないか。


 俺は痛みに耐えながら自分の身体を見た。


 そこには、髑髏が噛みついていた。


 不覚にも気が遠のきそうになってしまった。


 手足には腕と思われる骨が絡みついている。


 皮膚を食い破られた腕は血が滴っている。


 穴の中に充満する濃密な血の香り。


 完全にパニックになり俺は叫ぼうとした。


 声は、出なかった……。


 喉が髑髏に食い破られていた。


 大量の血が噴出している。


 声はひゅうひゅう、という風の音にしかならない。


 もう、助からない。身体中が燃える様に熱い。


 普通なら即死なのに何故生きている?


 恐怖や痛みという感覚が麻痺して来た頃だった。


 不意に、頭上からパラッと土が降り注いできた。


 上には誰もいないはずだ。誰がいるというのだ。


 それでも土は絶えず降ってくる。積もっていく。


 埋まりつつある視界の中、渾身の力を振り絞り、


 俺は穴の上を見上げた。


 骸骨が顎の骨をカタカタと揺らし、笑っていた…



 怨みの狂宴が終わりし後。 


 男の部屋でテレビが点いた。


 「ただいま入りましたニュースです。×県×市のとある郊外で

  多数の死体が発見されました。

  死体には腐乱しているものから、白骨化しているものまであり、


 一人の男の死体が見つかっています。男の死体には、無数の噛み傷があり、

  すぐ傍には白骨が散乱していました。

 警察では一連の行方不明事件との関連性を調査中です」



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