第22話 優子、早くプラグを用意してくれ

「優子、早くプラグを用意してくれ」

「あなた、わかりました」

 幸一郎と優子は、パソコンの電源を次から次へと入れていく。そして、注射針の先のようなプラグを取り出し、コードをパソコンにつないでいる。

 幸一郎は、優奈の額にヘアーバンドを取り付け、額をむき出しにすると、優奈の額にあるホクロを切除する。

 ホクロを取り除くと、そこには、細い金属チューブが頭をのぞかせている。

 幸一郎は、優子から受け取った注射針のようなプラグを、優子の額の金属チューブに差し込んだ。

 優子は、素早く、体温や心拍数や血圧を測る器械を優奈に取り付けていく。

「あなた、体温の低下も、心拍数や血圧の低下も今まで以上に進んでいるわ」

「ああ、今、脳波も調べているんだが、やはり、生命維持活動を司る脳の機能が低下している」

「あなた、それで原因は?」

「ああ、優奈の脳に埋め込んでいるAIチップに異常がある。感情を司る領域が暴走して、生命維持に係る領域に侵入している。だめだ、感情がメモリーを食いすぎて、脳を制御できなくなっている」

「あなた、どうするの?」

「やむを得ん。AIの大幅に領域が拡大している感情部分を消去する……」

「優奈かわいそうに、人としてやっぱり生きられないなんて……」

「優子、しかたない。器械には人の恋愛感情を理解するなど無理だったんだよ」


 幸一郎はパソコンに向かい、AIが示す異常部分にカーソルを当て、デリートボタンを押す。すると、パソコン画面にパスワード画面が写し出される。

幸一郎はパスワードに「二人の希望」と入力してエンターキーを押す。

パソコン画面には処理中の表示が映し出され点滅を始めていた。


 時を優奈が、生まれる前に遡る。

 優奈の母親、優子が優奈を身ごもってから数か月がたったが、成長は他の胎児に比べ極端に遅く、おなかの中で動くこともなかった。

 健診でわかったことは、心音も弱く脳波にも異常があり、とても、健康な状態で生まれることは無いだろうとの産婦人科医の診断であり、人工中絶を進められるありさまであった。

 しかし、優子は諦めなかった。死なない限り、この子は私が守ると言い張って、そのとおり生命維持活動がやっとの優奈を帝王切開で出産する。

 そして、生まれた優奈についた病名は重度のクライン・レビン症候群、別名「眠り姫症候群」、優奈は生まれながらに植物人間だったのだ。

 体中にチューブが取り付けられた優奈を見て、父親である幸一郎はある決意をする。


 幸一郎は、大学付属病院で、AIに脳機能の一部を肩代わりさせる研究をしていたのであった。

 この研究は、脳の障害で半身不随になるなどの障害以外にも、アルツハイマー病など痴呆症の治療法として脚光を浴びていて、低下した脳機能をAIに肩代わりさせ、脳機能の低下を防ぐ夢の治療法であった。

「優子、優奈の脳にAIを移植する。そして、植物ではなく人間としての生活をさせてみせる」

 優奈誕生の一か月後、二人は極秘に優奈の手術を行う。とても大学付属病院での倫理委員会の決議など待ってはいられなかったのだ。


 生後一か月の優奈はこの過酷な手術に耐えた。そして、その手術で、優奈の脳の前頭葉付近にAIが埋め込まれ、そのAIと外部コンピューターを結ぶプラグの取り付け口として、優奈の額には、金属チューブが埋め込まれ、それを隠すためのニセぼくろが移植されたのであった。

 そして、AIにアクセスするためのパスワードは、二人で話し合って「二人の希望」と決めたのだった。

 AIが埋め込まれた優奈は二人の期待に応えた。脳の根本的な機能を回復させ、瞳を開け、耳を立て、匂いをかぎ取り、そして、母親のぬくもりを感じる。周りの新生児たちの行動をインプットし続け、ついに、手術から一カ月後、夕奈は自分からミルクを飲み、排せつをしたのだ。

「優子」「あなた」

 二人の喜びは幾ばかりであったろうか? 交互に抱っこし、ミルクを飲ませ、おしめを変える。

 それからの優奈の成長は、目を見張って加速する。

 AIの学習能力が上がったのだ。小さくひ弱かった体は、自ら食事をとることで、大きく強くなり、同年代の子供とそん色がなくなり、言葉を覚え文字を覚え、5歳では天才と呼ばれるほどの急成長を遂げる。

 その成長が嬉しくて、二人は優奈にいろいろと注文をするようになっていた。

「優奈、人や自然に優しくなってね」

「優奈、優しいだけじゃだめだ。悪い人に付け込まれないように、嫌なことは嫌と言える人にならないとな」

「優奈、強く勇敢な人になってね。時には自分や大切な人を守れるように」

「優奈、時には泣いたり、自分の弱みを見せたりした方が可愛いぞ」

「あなた、それを言うなら、ちょっとエッチな方が、愛嬌があるわ」

「そうだ。でも、勉強も頑張らないといけないぞ。何せ優奈はパパとママの子なんだから」

 AIは、さらに期待に応えようと、脳力をフル回転させる。

 もちろん、二人が囁く「可愛い、可愛い」や「優奈、美人さんになれよ」と言う言葉が優奈の美しい容姿に最大の影響を与えていることは間違いない。

 しかし、そこでAIが勘違いしてしまったのが、それぞれの能力をANDではなくORで構築してしまったことだった。

 この時、優奈の6つの人格が、水面下で形成されていく。さらに、AIが脳をフル回転させることで、従来使われている脳は10%未満と言われているところを、九〇%使うことで、人間に備わっている自己防衛のためのリミットがたやすく外せるようになっていたのだ。

 なぜ、九〇%なのか? それは六つの人格が自覚しているように、脳内の奥底に眠る人格が、すべての能力を開放することを拒んでいるのだ。

 そして、成長するにつれ、優奈の美少女ぷりのため、危機に巻きこまれてしまった時、この6つの人格が優奈を庇い、それぞれの危機に立ち向かったことで、はっきりと分離され、優奈は多重人格者となっていくのだった。


 また、優奈が一四歳になり、思春期を迎える年頃になっても、反抗期もなく従順に従うのを見て、両親は次なる課題を優奈に与えるのだった。

「優奈、そろそろ、彼氏でも作ったらどう。好きな人はいないの? 」

「うん。分かった」

 そして、AIは両親が与えた次なる課題に対して、新しい人格を作り上げようとするが、他の人格に拒まれ作り上げることができず、主張の強い六人の好みを合成するという暴挙に出たのだった。


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