第3話 働きすぎている?~欲しかった言葉~




「ファイルヒェン王国が他国に攻め込み始めた? だと」

「どうやら国守りを確保しようと必死のようです」

 ディートハルトは大臣の言葉に額を抑えた。

「……馬鹿が、そのような事をしている暇があるなら国防に力を入れる方が重要だというのに……!!」

 ディートハルトは呆れたように、口にした。

「……待て、それならわが国にも攻め込み始めているのでは?」

「いえ、どうやらディートリヒ殿下の婚約者様であられるブリュンヒルデ様が張った結界から先に進めないようで、わが国は遠距離攻撃で楽に撃退いたしました」

「……規格外の国守りなのだな、我が息子の婚約者は」

「他の『国守り』の何十倍も働かされてたそうですから……それが原因かと」

「いかん涙が出てきた」

「私もです」

 ディートハルトと大臣は目頭をおさえた。


 普通の「国守り」の何十倍も働かされながら、感謝もされなければ褒賞もなく、その上「国守り」として国から離れられないように婚約させられて、妃教育でも酷い扱いで。


 それでもこの国で笑顔でいるブリュンヒルデの強さに二人は涙が出そうになった。


「いやはや、ファイルヒェン王国の王子よくぞやらかしてくれましたね」

「全くだ、おかげで彼女は二度とあのような扱いを受けずにすむ。大切にしなければ」

「仰る通りです」





「あの、ディートリヒ様?」

「どうしたんだ、ブリュンヒルデ」

「……あの、私仕事とか無いのでしょうか?」

 私がディートリヒ様にそういうと、ディートリヒ様はカップを置いてにこりと笑いました。

「先ほど、騎士団の稽古をつけただろう、それで今日はお終いだ」

「ほ、本当にそれだけですか?」

「後は私とお茶を飲みながら、ゆっくりこの国の妃教育を受けてもらうだけだ、無理する必要はないとも」

「……私、無理をしてたのでしょうか?」

 私の言葉にディートリヒ様は悲し気に微笑みます。

「していたよ、ずっと。気づかない位に。だから落ち着かないのだろう?」

 どうしても落ち着かない理由を指摘されて私は何も言えませんでした。

「……」

「ブリュンヒルデ、君は働きすぎていた」

 何となくそんな自覚はありましたが、何も言えませんでした。

「ブリュンヒルデ」

 ディートリヒ様が私の手を包みます。


「『国守り』は本当に必要な時にやればいい、それまでは君はゆっくり休むことを覚えるのが大事だ」


「ディートリヒ様……」

 ディートリヒ様が私を思ってくれているのが分かり、心の底から嬉しかったです。





「ディートリヒ、お前の婚約者は何をしている」

「現在この国の妃教育の方を……といっても、あまり必要がないので最低限の確認だけですが」

「なるほど、少しずつあの国の毒を抜くという事か」

 父であるディートハルトの言葉にディートリヒは静かに頷いた。

「ブリュンヒルデを幼いあの時に連れ出していれば――」

「もし、など考えるな。あの頃のブリュンヒルデを連れ出せば他の国からも非難されよう、今だからこそできたことだ」

「はい……」

「それにしてもだ」

 ディートハルトは深いため息をついた。

「どうしたのですか父上?」

「ファイルヒェン王国の連中の様には我慢がならんと他の国からも話が来てな」

「何を?」

「『国守り』欲しさに自国を疎かにして他国に攻め入っている、おかげで自国は酷い状態のまま放置だ」

「それはあまりにも酷すぎるのでは?」

「そうだ」

 ディートリヒの言葉に、ディートハルトは憂鬱そうに息を吐いた。

「このまま放置するのも何だ、いっそ全員で攻め込むかとすら出ている」

「それほどまで?!」

「そうだ」

 ディートハルトは鏡を取り出した。


 鏡には荒れ果てた田畑、村、町。

 飢える人々。

 怒り狂い兵士に八つ当たりする者達。

 疲弊する兵士たち。

 わが身可愛さに保身に走る貴族。

 血眼の愚王フリートヘルムと、新しい婚約者と思わしき女に罵られている王子エルマー等。

 ファイルヒェン王国の有様が次々に映されていた。


「『遠見の鏡』でこの様よ」

「これは酷い」

 ディートリヒも額に手を当てて苦い表情を浮かべた。


「『国守り』を蔑ろにし続けた結果がこれだ」

 ディートハルトは鏡を見てそう口にした。


「幾度も他国から苦言を呈されても」


「『国守り』は宝ではなく、奴隷だと扱い続けた結果だ」


「――ブリュンヒルデは奴隷ではないのです父上」

 ディートハルトの言葉に、ディートリヒは苦り切った表情を浮かべた。

「例えだ。だが、奴隷でもあそこ迄酷使などされるまい。奴隷は奴隷で法で守られているからな」

 ディートリヒはその言葉に重い表情を浮かべて黙ってしまった。

「お前がブリュンヒルデを愛しているのは分かるが、事実は受け止めねばならぬ。それに彼女の為に私達がすべきことはなにか、もう見えているはずだ」

「はい、父上」

 ディートリヒはディートハルトをしっかりと見据えた。

 それを見たディートハルトは薄い笑みを浮かべた。

「なら良い」


「大変です!!」


 大臣が謁見の間に慌てふためいて入ってきた。

「何事だ、答えよ」

「ぶ、ブリュンヒルデ様が――」

「ブリュンヒルデに何かあったのか?!」

 大臣の言葉にディートリヒが血相を変える。

「い、いえ。その『歓迎してくれたこの国に何かしたいです』と療養院に向かい、病気や怪我をしている者の治療を次から次へと……」

 その言葉に、二人は胸をなでおろすと同時に肩を落とした。

「ディートリヒよ、これは相当だな」

「はい、父上。頑張ります……」

 自信なさげに言うディートリヒに、ディートハルトはこれ以上かける言葉を思いつけなかった。





「いいかい、ブリュンヒルデ。そういう事がしたいならまず私に言ってくれ」

「はい、ディートリヒ様……」

 我慢が出来ず城を飛び出して、お偉い方らしい人に病気や怪我をしている人が集まる場所に連れて行ってもらい治療行為をしたらディートリヒ様に「働きすぎ」と怒られました、しょんぼりです。

「――けれども、ブリュンヒルデ。ありがとう、この国の民を癒してくれて」

「ディートリヒ様……」

 けれども、私のした行為を認めて否定せず「ありがとう」と言ってくれたことに私は心が温かくなる感じがしました。

「ブリュンヒルデ、聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「あちらでもおなじようなことを?」

 私は頷きました、そして言葉を口にします。

「でも、治療しても誰もお礼なんていってくれませんでした、それが当たり前だと。でも、この国の方々はとてもお優しいですね! だって皆さん、お礼を言って物やお金を払おうとしてくださったんですもの……それらに関してはそこで働いている方々にお渡ししましたけど……」

「ブリュンヒルデ」

 少し怒ったようなディートリヒ様の声に私はびくっとします。

 怒られるのは好きではありません。

 でも、ディートリヒ様は怒ったりせず私の手を握りしめてくれました。

 優しく、優しく。

「君は優しすぎる、君は働きすぎている。だから、少し休もう。それと頼ることを覚えて欲しい、君のように私は強くないけれども、君の為に何かしたいんだ私は」

 その言葉に、私は思わず泣いてしまいました。

「ブリュンヒルデ……」

 ディートリヒ様は私を抱きしめてくださいました。

 優しく、とても優しく。


 私は、子どものように泣きました。



 当たり前だなんて思わないで欲しかった。

 誰かを頼って、自分も休みたかった。



 それらが手に入った事が信じられなくて泣き続けました。

 ディートリヒ様は私が泣き止むまで抱きしめ続けてくれました――






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