2回目 常連といえども所詮は客である

 もう、10数年通っている店がある。海なし県ではあるものの、海鮮料理が自慢の店で、肉料理は置いていない。

 結婚して住み始めたアパートの近くに偶々あった店で、店構えはそんなにかしこまってはいないものの、看板には「割烹」などと書いてあり、初めて店に入るときにはさすがに身構えた。金額が自分たちに見合わないようだったら、一品頼んですぐに退散しようと相談していたのだが、入ってみると気さくなおじさんとおばさんが経営している店で、手ごろな金額で酒が飲め、しかもとてもおいしい料理が食べられる店だったということで、酒好きの夫婦は一瞬で気に入ってしまった。

 何より、回りには田んぼしかないような田舎で、歩いて酒を飲みに行けるということが一番大きな要因であった。

 月に1回くらいのペースで通ううちに、だんだんと顔と名前を覚えてもらい、雑談もするようになった。

 おばさんは、サバサバした性格というのか、誰に対しても物事をはっきり言う人である。タバコを吸っている人に「あんた、吸いすぎだよ」と言ってみたり、雑談している常連さんらしき人が「それはあんたが悪いよ」と怒られたりしている。僕自身も雑談している中でいろいろと怒られたりしているのだが、不思議と嫌な気持ちになったことは一度もない。店に初めて来ているらしき人であっても、あれもこれもと注文していると「そんなに食べられないよ。残してももったいない」という調子だ。自分も初めての時は同じことを言われたが、本当に料理の盛りが良く、言うことを聞いておいてよかったと思った。通っているうちに、おばさんに会うのも楽しみの一つになっていた。

 そのおばさんが、ここ3回連続で店に行ってもいない。期間にすると半年近くになる。

 これまでも、店に行ったときにおばさんがいないことは何度かあったが、そのたびにおじさんが「今日はいねえぞー」と店に入ったときに教えてくれた。しかし、今回は1回目にいなかったときには、おじさんは何も言わず、おばさんの代わりに、見たことのない違うおばさんが手伝っていた。何か違和感を覚えながらも、こんな時もあるかな、と思っていたのだが、2回目に行った時も同じようにいなかった。またこの前のおばさんが手伝っており、酒や料理はいつもどおりにおいしいものの、妙に寂しく、もしかしたらおばさんの具合でも悪くて長期間休んでいるのではないかと思い、おじさんに聞いてみた。そうしたら、特に肯定するでも否定するでもなく「ああ」と空返事をするだけで、そこにはいつもの気さくなおじさんはいなかった。

 3回目、やはりおばさんはおらず、ここ2回手伝っているおばさんがいた。もう一度おじさんに聞いてみたが、やはり「ああ」という返事が返ってきただけであり、何かこれ以上触れてくれるな、というような雰囲気すら感じた。

 10数年通って、勝手に常連ぶって、あわよくば何か困ったことがあれば相談くらいしてくれるんじゃないかという思いすらあったが、ただただ図々しい思い違いである。所詮は客だ。もちろん家族でもなければ友達でもない。店と客という、それ以上でも以下でもない関係。ただそれだけの関係なのである。

 きっと何か事情があって店には来なくなった、来れなくなった、そういうことなんだろう。

 3回目に行った後、何か行きづらく、またおばさんがいないんじゃ行ってもなあ、なんて思って店には行けていない。ほとぼりが冷めたら、とかいうとおかしな言い方だが、もう少し時間をおいたら、またその店に行きたいとは思う。3回連続でいなかったのは本当にただの偶然で、いつものおばさんが、いつものように「おい、久しぶり!」と迎えてくれる、淡い期待を持って行きたいと思う。

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