青いテンのgood night

ひとしずくの鯨

第1話 青いテンのgood night

 俺は青テン。

 俺の毛並みはつやつやで、寒さが増すこの頃でも、ポッカポカ。

 暑いくらいだ。

 でも一つ気に入らないことがある。

 俺の毛が青いことだ。

 だから少ししょんぼり。

 そして自信がない。

 そんなある日、ある噂を耳にする。

 何と人間界では、赤いキツネさんと緑のタヌキさんが大人気だという。

 なら俺だって、これからは「い」を入れるぞ。

 青いテンだ! 


 それより何より自分の目で見てみたい。

 それで恐る恐る人間の町に降りてみた。

 当然、夜になってからだ。

 捕まったら、冗談じゃねえ。

 何しろ、あいつら、俺たちの毛皮をはいじまうんだ。

 人間の町に入る。

 聞き耳を立てつつ、周りを警戒しつつ待つ。

 それに、人間の町は、何か知らねえ、巨大なものが急に走ってくるから、おっかねえ。

 森の中ではあんなのはいねえ。

 昔は大きい音がしたから、まだ良かったけど、最近はすぐ近くまで来ねえと聞こえねえ。

 危ねえ。危ねえ。

 でも、俺が待ってるのは、それじゃあねえ。


 おっ。聞こえたぞ。

「赤いキツネ」との声。

 急いで行ってみると、子人間が2匹、赤い容れ物から器用に2本の棒ですくって何かを食べていた。

(なーに。食ってんだ)

 そう想って見ていると、ヨダレが出て来た。

 いけねえ。いけねえ。

 そんなことしている場合じゃねえ。

 目的の姿を捜す。

(あれ。いねえぞ)


「緑のタヌキ」

 確かに、そう聞こえた。

 その声の方に赴き、再び窓からのぞいてみる。

 今度は、母人間と子人間が緑の器からやはり何かを食べている。

 そうやって声が聞こえる度に、そちらに行ってみるけど、見えるのは、いつも何匹かの人間が何かを食べている様。

 キツネさんの姿もタヌキさんの姿もまったくない。

 うーん。

 何だろう。

 隠れているんだろうか。

 キツネさんは隠れるのが得意だし、タヌキさんは化けるのが得意だ。

 分からねえ。

 首をかしげて、しばし考えても、同じだった。

 といって、長居は無用だ。

 見つかる訳には行かねえ。

 山に戻ることにする。


 とぼとぼと巣穴に向かう。

 今日は三日月だ。

 暗い夜だ。

 でも、俺にはこれくらいが丁度いい。

 暗闇はむしろ天敵から俺を守ってくれる。

 しかし結局あの噂は嘘だったのか?

 ようやくその結論に達しようとしていた頃。

 シャン。シャン。シャンと、金属の触れ合う音が向こうから聞こえて来る。

 ここからは何も見えない。

 その音の方にしばらく進むと、提灯の明かりが見えた。

 しかも行列だ。

 あっ。

 おキツネさんの嫁入りだ。

 こいつは縁起がいいやとばかりに、近づき、俺も1番後ろに加えてもらう。

 するってえと、俺の前のおキツネさんが振り返ると、

「よう。テンさんや。よく来ておくんなすった。まずはこれでも食いな」

 と言って、何かを出してくれる。

 見おぼえがあった。

 赤い器。

 これって、あの人間が食ってたものだ。

 どんな味がするんだ。

 食べてみんべ。

「う、うめえ。」


 しばらくすると、前方から声がする。

 どうやら、花嫁さんが、行列に参加しているみんなに挨拶しているらしい。

 あれ。俺は一つのことに気付く。

 あの花嫁さん。赤いぞ。

 俺のところまで来る。

「ようこそ。テンさん。私の嫁入り行列に参加してくれてアリガト」 

 花嫁さんだから、そう感じるのか。

 なんか、色っぽいぞ。

 ただ俺は気になっていたことがあったので、それを尋ねた。

「おめえ。赤いな。珍しい色だ。それで良く結婚できたな」

「赤い色が好きな男もいるのよ」

「ホー。俺、青いけど。

 どうだ? どう思う? 

 青いのが好きな女はいるか?」

「目ぇ、つぶってぇ」

 何か一段と色っぽいぞ。


 チュッ。


 あれっ。俺。ホッペにキスされたんじゃあねえか。


 オヒョーン。




 喜びのあまり、ここで青テンさん、しばし、気絶す。




 しばらくすると、誰かに体を揺すられる。

 目を覚ますと、たまげた。

 今度は緑のタヌキさんがいた。

「お前。珍しい色だな。

 俺も珍しいんだ。

 これでやっていけっかな? 

 どう想う? なあ」

 そうすると、タヌキさんは目顔で、見てろよとばかりに、こちらに合図をした。

 それから身軽に前方に空中一回転した。

 でも驚いたのは、そればかりじゃあねえ。

 何と大っきい緑の狼になっていた。

 すると、その狼の顔のまま、目顔でお前もやってみろとうながす。

 なんか、恐ろしいぞ。

 でも、俺も変身はしてみてえ。

 へへ。青い狼だ。

 なんか、かっこいいぞ。

 おまけに、なんか、すごそうだ。

 やってみた。

 シッポが邪魔だが、とりあえず空中1回転はできた。

 身軽さじゃあ、タヌキさんには負けねえ。

 ただ何も変わってねえ。

 俺は青いテンのままだ。

 どうもコツがあるらしい。

 何となく俺が察したところによると、どうも着地した時に狼に似た態勢を取れば、いいらしい。

 なるべく似せる必要があるようだ。

 テンは足が短いから、少しつま先立ちすればいいのか?

 うん。きっとそうだ。

 何度も何度も練習していると、何か顔に違和感がある。

 狼さんの顔になったけ?

 手で触ってみると、おったまげた。

 毛がねえ。

 何だ。この頭。

 しかも、形が変わっている。

 変身したのか?

 そう想い手足や体を見るもテンのままだ。

(俺。頭だけ変わったのか?)

 そう言ったつもりだったけど、俺の耳には何も聞こえない。


 そうしていると、急に舌がむずむずして来た。

 想わず、俺は口を開けた。

 すると、何かが、俺の口から出たのが見えた。

 長い長い二股に分かれた舌。

 俺って頭だけ蛇?

 青い狼じゃなく、アオダイショウ?

 俺はあまりのことに、再び気を失った。




 すると、また体を揺すられる。

 あっ。さっきの緑のタヌキさんだ。

 俺はあわてて自分の顔を触ってみる。

 毛がある。

 しかもつやつや。

 ほっとする。

 すると、タヌキさんが俺に何かを差し出す。

 これって、やはり、あの人間が食べていたやつ。

 そうだ。

 この緑の容れ物。

 見覚えがあった。

 食べてみる。

「うめえー」

 俺はやはり想わず口に出していた。

 声が出せるようになっていることに気付いた。

 良かった。

「また、教えてくれるか?」

 相手はうなずいてくれた。

 よっしゃー。

 俺は「タヌキさーん。ありがとう」

 と去り行く後ろ姿を見送る。

 

 なんか今夜はいい夜だった。

 少し自信がついた。

 また会いてえしな。

 またご馳走してくれるかな。

 さっき食べたばかりなのに、もうヨダレが出て来ちまった。

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