最初で最後のラブコメ
入川軽衣
プロローグ
昨日の俺に、明日、一日で二人の美少女から告白されるぞ、って教えても絶対信じてくれないよな。絶対。
今日がバレンタインでもなければ、俺は金持ちでも美男子でもない。モテる要素などどこにも見当たらない。したがって、このような状況が訪れることなど、想定したこともない。
こういう時、やっぱりどちらかを選ばなければならいのだろうか。俺みたいな奴が人を選り好みしていいのだろうか。罰当たりな気がしてならない。
いや、逆に、傲慢なのかもしれない。これが告白された者の使命だと言うのであれば、俺は物怖じしている場合ではないはずだ。
いや、でも! そんな簡単に決断できるものか。
陽が沈み始めた放課後の教室で、俺は頭を抱えていた。
目の前には、同じクラスで隣の席の、雪村響子(ゆきむら きょうこ)。
そして、その隣にはこの前入学して来たばかりの一年生、国富飛鳥(くにとみ あすか)。
二人ともが俺の目には月と太陽くらいに眩しい美少女だ。
「周藤くん、あなたのことを思うと夜も眠れないの。あなたのことをもっとよく知りたい。だから、私と――」
頬を赤らめた雪村響子は、格別に可愛い。
彼女とは同じクラス、席が隣同士だと言う関係性上、彼女のことを知っているが、普段級友と親しげに言葉を交わしている様子をあまり見ない。
俺の目で見える範囲においては、彼女の口から出たそのセリフは、彼女らしくない。そんな気がした。
泳いでいる目と辛そうに口角を引きつらせているようにも見える表情。どうやらその心は平静を保ってはいない。
差し詰め、誰かに悪戯でそうするようにと唆され、嫌々やらされているのではないだろうか?
その言葉が偽りか、偽りでないかは、俺が返答すれば明確になる。
「先輩! 迷っているなら、私と付き合いませんか? きっと楽しいですよ!」
国富飛鳥は、そんな俺と雪村のやり取りを傍から見ていたのか、廊下から急に割って入って来た。
こちらに関しては正真正銘初対面だ。
入学式で新入生代表の挨拶をしているのを見て、一方的に彼女を知っていたが、まさか、三週間後にこんな展開になっていようとは思っていなかった。
国富は、雪村とは相対して陽キャだ。間接的に雪村を陰キャと言ってしまったことは悪かったが、国富飛鳥は間違いなく俺や雪村とは住む世界が違う人間だ。
普通初対面でいきなり「付き合おう」って言うヤツがいるか?
だから彼女からの告白は、単なる冷やかしに過ぎない。
どうせ、すぐに「冗談に決まってんじゃん。もしかして本気だと思った? すみませんね、童貞せんぱい」とか言われたりするんだ。
ならば。俺の答えは一択だ。
与えられた役回りを全うしてみせよう。
「俺には選べられない。二人とも、よろしくお願いします!」
道化師は、常に自らを犠牲にし、醜態を曝し、面白おかしく、笑われるべきだ。
上半身を折って、手を伸ばす。
さぁ、笑ってくれ。
女子にからかわれるくらい、男子にとってはご褒美みたいなもんだ。
「アッハハハ」
静寂を貫いて、国富飛鳥が笑った。
「はぁ。サイテー」
溜息を零して、雪村響子が低い声で罵った。
分かっていたけれど、1ミリも淡い期待なんて抱いていなかったけれど、俺の目尻に涙の粒が湛えているという事実に気付いてしまい、下げた顔を上げられずにいた。伸ばした手を引っ込められずにいた。
その空っぽな掌に、二つの温もりが重なった。
「え?」
俺は思わず、顔を上げた。
そこには雪村響子の呆れ半分の笑みと、国富飛鳥の可哀想な人に手を差し伸べるような笑みがあった。
「不服だけど、付き合ってあげるわ」
「先輩、面白そうなんで、付き合ってあげますよ」
あぁ。そうだ分かった。
明日の俺は今日の俺に、明日死んでしまうぞ、って教えても絶対信じないよなって思ってんだろ。
そうだ。きっと、そうに違いない。
俺は明日、不慮の事故で死んでしまうんだ。
まぁ、それでも最後にいい夢を見れたのだから、悪くないかもな。
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