第46話 倉庫

 エルルさんが攫われた?

 いったい誰に?


 ふと、朝の出来事を思い出す。

 キースに言われた、俺を監視していたという怪しい男……。


 万年最下位だと馬鹿にされていた時はよく見られていて慣れっこだったから、あまり気にしていなかった。

 だが、キースの言う通り危険な奴だったのか?


「なんで俺じゃなくてエルルさんを狙うんだよ……ッ!」


 わざわざメッセージを残したということは、狙いは俺で間違いないだろう。

 エルルさんを人質にとるような真似をして、一体何が狙いなんだ。


「裏通りの倉庫……あそこか!」


 昼間、裏通りを回った際にいくつかの倉庫が並んでいる場所があったことを思い出す。

 他の建物よりも二回りほど大きかったから、記憶に残っている。場所も……わかるはずだ。


「はやっ!?」

「なんだあいつ、冒険者か?」


 通行人から奇異の目で見られるが、無視だ。

 迷宮都市は冒険者が多いので、走るのが速いくらいなら少し目立つ程度で済む。たまに急いでいる冒険者が全力疾走している姿も見るしな。


 裏通りに入ってから、屋根の上に跳んだ。

 倉庫はひと際大きく、離れた場所からでも簡単に判別できた。


「屋根壊れたらすまん!」


 全力で足に力を入れ、倉庫へ向けて跳躍する。

 だが、それだけでは足りない。


「“天駆”」


 空中を駆けるグリフォンの力を足裏に宿し、空気を蹴り上げる。

 まるで空に足場があるように、俺の身体を押し上げた。


「よし!」


 倉庫の前に着地する。


 石造りの倉庫だ。少しひんやりとした壁に手を添えて、そっと中を窺う。


「ここで合ってるよな……?」


 薄暗い倉庫だ。

 窓からは一筋の光が差し込み、宙を舞う埃を輝かせる。


 そして――倉庫の中心には、エルルさんと男がいた。


「エルルさん!」


 様子を窺って、隙を見て突入するつもりだった。

 だが、後ろ手に縛られ地面に膝をつくエルルさんを見た瞬間、頭が真っ白になった。何も考えず、倉庫の中に足を踏み入れる。


「エッセンさん! ダメです、この人の狙いは――きゃっ」

「大人しくしないと危ないっすよ」


 男がエルルさんの口を塞いだ。

 ナイフを引き抜き、エルルさんの首に当てる。


 今朝見た男だ。だが、装備が変わっている。

 明らかに下級冒険者のものではない、上等な鎧だ。


「おい、エルルさんを離せ」

「ああ、すぐに解放するっすよ。お前が死んでくれたら」

「俺を殺すのが目的ってことか? 俺とあんたは初対面のはずだが……」


 どこかで恨みを買ってしまったのだろうか。


「わかった。じゃあ俺と戦おう。けど、エルルさんは関係ないだろ? 先に解放してくれ。あんたも冒険者なら、ギルド職員に手を出すような真似はするなよ」

「は、はは。俺だってこんなことしたくなかったっすよ! でも、仕方ないんだ……。なるべく被害を出さずにあんたを殺すためには……」

「何の話だ?」


 男は顔面蒼白といった様子で、ぶつぶつと呟いている。

 よく見ると手足も震えている。


「い、いいか! お前はそこを動くなよ! 今から殺してやるっすから!」

「わかった。わかったから、まずはエルルさんを……」

「うるさい!」


 なんにしても、エルルさんを助けるのが最優先だ。

 俺が狙いなのだとしたら、エルルさんを巻き込んでしまったことになる。俺は冒険者だから、自分のせいで死ぬならいい。だが、エルルさんは違う。


 男は殺してやる、殺してやる、と虚ろに繰り返している。


「なあ、なんで俺を殺さないといけないんだ? なにか恨みを買ったのか?」


 努めて冷静に、言葉を選ぶ。

 エルルさんの首にはナイフが突きつけられている。男の気が変わったらおしまいだ。


「俺だって殺したくないっすよ! でも……殺さないと俺の家族が……」

「家族……? よくわからないけど、殺したくないならなにか方法が……」

「ないっすよ! 方法なんて……。ウェルネスさんには逆らえないんすよ……」

「ウェルネス? あいつかッ!」


 たしかに俺のことを目の敵にしていた様子はあったが、わざわざ人を使って殺しに来るとは……。


「待て、それでもやっぱり俺を殺す理由がわからない。たしかに好かれてはいないみたいだけど……」

「はは、どうせ死ぬから教えてあげるっすよ。お前はウェルネスさんに利用されたんだ。【氷姫】を支配するために」

「ポラリスを……?」

「最初は、お前の命を人質に取って無理やりパーティを組んだっす。それでも、彼女の心にはお前がいる。いつまでも落とせないことを悟ったウェルネスさんは、次の一手を打ったんすよ」

「それが俺を殺すこと……!」

「お前を殺せば、【氷姫】の心は壊れる。そこに付け込む予定らしいっすよ」


 ウェルネスと一緒にいる時のポラリスの様子はおかしかった。

 まさか、俺が人質に取られていたからなのか?


 言うことを聞かなければ俺を殺す。そう言われていたのなら、あの態度と嘘の納得だ。

 もし反対の立場なら、ポラリスを守るためならなんだってするだろう。


 でも……。


「俺があいつの足を引っ張っていたってことかよ……」


 俺が弱いばかりに、ポラリスに迷惑をかけてしまった。

 そのことが、申し訳なくて、悔しい。


「それがウェルネスさんの常套手段なんすよ! ウェルネスさんのギフト……“聖光術師”は人を殺すのも癒すのも得意っす。それで俺の家族は拷問されて……うっ……。だから、俺は家族を守るために、お前を殺すしかないんすよ!!」


 ギフトによる拷問……。想像を絶する話だ。

 ウェルネスは傲慢な男だったが、そこまであくどいことをしていたとは。


「……けど、あんたも人質を使ったら同じじゃないか。あんたの事情はわかったから、エルルさんを解放してから戦おう。それでいいはずだ」

「俺は“斥候”だから、直接戦闘は苦手なんすよ。そう、だから仕方なくて……」

「エルルさんに手をかけたら、あんたもウェルネスとなにも変わらない」

「うるさい!!」


 男が激昂する。

 ダメだ、言葉が届く気がしない。


 なんとか宥めて、エルルさんを解放したい。だが、あいにく人付き合いは得意じゃないから何を言えばいいのかわからない。


 目の前で自害して見せるか?

 いや、俺が死んだらウェルネスの思うつぼだ。


「俺は魔神に魂を売ってでも、家族を守る……」


 男は震える手を懐に突っ込んだ。

 取り出したのは、手のひらサイズの赤い宝玉だ。


「待て、なにを――」

「動くな!」


 男はナイフを握り直して叫んだ。エルルさんの首筋に血がにじむ。


 エルルさんは恐怖で声も出ない様子だ。頬を涙が流れた。


 男は宝玉を高く掲げて、口を開いた。


「魔封の宝玉――解放」


 宝玉が眩い光を放った。

 独りでに浮かび上がり、男の少し前で停止する。


 ぴきり、と音がして、一層強い光を放った。


「ラララァアアア」


 地面が揺れた。

 重く低い鳴き声が、鼓膜を震わせる。


 おそるおそる目を開けると、そこには――。


「さあ、あいつを殺せ! ヴォルケーノドラゴン!」


 ドラゴンがいた。

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