第45話 護衛依頼
「お待たせしました~。それでは、行きましょう」
エルルさんがバッグを持って戻ってきた。
足取りは軽やかで、どことなく楽しそうだ。
なんだろう。周囲から視線を感じる気がする……。主に男たちから。
「出発です」
エルルさんは気にした様子もなく、俺の手を引いた。ギルドから出て、歩き出す。
「護衛って、なにをすればいいんですか?」
「私を守ってください。それがエッセンさんの、今日の仕事です」
「守るって……ダンジョンの外には魔物は出ませんよ」
「危険なのは魔物だけではないのですよ」
エルルさんはそう言いながら、迷いなく歩みを進める。下級地区の裏通りに入り、細く入り組んだ道が続いた。
下級地区は荒くれ者も多い。
特に人通りの少ない場所になると、明らかに空気が変わる。
冒険者という並みの人間よりも遥かに武力を持った存在がたくさん住んでいるのが、この迷宮都市だ。中には、その力を犯罪に使うような者もいる。
エルルさんのような女性一人では、なるほど、護衛がいたほうがいい。
「定期的に、活動を休止している冒険者の安否確認をしているんです。しばらくギルドの利用をしていない方を中心に、所在が判明している場合だけですけどね」
「ギルド職員って、そんなことまでするんですか?」
「はい。それも受付嬢の仕事ですから」
エルルさんの職業意識には毎度頭が上がらないな。
安否確認という表現をしているが、おそらくギフトが悪用されていないか調査する意味もあるのだろう。
旅神教会の掟では、当然だがギフトを犯罪に利用することは禁じられている。もしそれを破れば、加護は没収されることになる。
だが、冒険者の数は膨大で神官だけでは手が回らない。その穴を埋めているのが、彼女のようなギルド職員なのだ。
「……危険じゃないですか?」
「はい。ですから、エッセンさんに護衛をお願いしたのです」
「わかりました。今日一日、命をかけて必ずエルルさんをお守りします」
「そ、そこまで重く受け止めなくても……真面目すぎます」
裏通りは男でもなるべく入りたくない場所だ。
警戒するに越したことはない。
「“炯眼”“天駆”“邪眼”」
小声でスキルを発動する。目立たないスキルだけだ。
これで、敵が襲ってきてもすぐに反応することができるだろう。
「それにしても……ずいぶんと入り組んでますね。迷いそうだ」
「下級地区は迷宮都市の人口増加に合わせて急いで開発された経緯がありますからね。それぞれの担当者が好き勝手に道を作ったそうですよ。……“未来の足跡”」
エルルさんが手を前にかざして、呟いた。手がぼうっと淡い光を纏う
「こっちです」
「スキル……ですか?」
「ええ。正しい道を選び取る……という、地図代が浮く程度のスキルですね」
はにかんで謙遜するが、とんでもない。
行商人ならかなり有用だし、彼女もこうやって活用している。
また、今は道案内の能力しかないとしても、ギフトが成長したら……。いや、意味のない仮定だな。
財神は商人に関するギフトを与える。
冒険者や職人のような派手さはないが、商人のギフトは堅実で優秀なものが多い。
「“案内者”というギフトです。あとは落とし物を探したり、逆に落とし物の持ち主を探したりもできます」
「おお、それはすごい! でも、いいんですか? ギフトの内容を俺なんかに喋っちゃって」
「はい。エッセンさんは信頼してますから。それに、秘匿主義なのは生命が直結する冒険者だけで、商人や職人は結構簡単に話しますよ」
「そうなんですね」
「あ、なのでエッセンさんのギフトは話さなくて大丈夫ですよ」
“案内者”、か……。いつも俺に道を示してくれるエルルさんにぴったりのギフトだ。
彼女のギフトの力もあり、迷いなく目的地に到着した。
俺の仕事は護衛だけで、彼女の業務はどうも手伝えそうにない。
自慢じゃないが、俺は冒険者以外できないのだ。本当に自慢にならない。
「がるるる」
「エッセンさん、そんなに威嚇しなくていいですよ」
「あ、はい」
何もできない代わりに周囲を威嚇していたら、エルルさんに怒られた。
エルルさんはいかつい冒険者相手にも毅然と対応する。淡々と手早く業務を進めるのを、俺は黙って見ていた。
冒険者のほうもギルド職員に逆らっても不利益しかないことをわかっているのか、渋々ではあるが従っている。
夕方まで続け、全部で十三人の冒険者を回った。
その間に気づいたことがある。
あれ? エルルさんのギフトって隠れてる人も見つけられるんじゃ……。彼女からは絶対逃げられないな。逃げる予定はないけど。
「よし、これで終わりです」
「お疲れ様でした。一度も襲われなくてよかったですね」
「エッセンさんが睨みを利かせていてくれたからですよ。ありがとうございます」
危険な目に遭うことはなく、無事に護衛を終えることができた。
このくらいで報酬を貰っていいのだろうか。
息抜きにもなったし、ギルドからの覚えも良くなるので依頼を受けてよかったと思う。
おかげで、焦っていたことを自覚し考え直すことができた。
「それでは、私はこれで失礼いたします。今日は助かりました。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ……。俺でよかったら、いつでも言ってください」
「ほんとですか? では、今度個人的にでも」
「え?」
最後に意味深な笑みを浮かべて、エルルさんはギルドに戻っていった。
個人依頼か。なんだろ、欲しい素材でもあるのだろうか。
エルルさんの個人依頼なら、お世話になっていることだし無料でも構わない。頼まれたら引き受けるとしよう。
「雑貨屋に寄ってから帰るか」
まだ少し早いが、今からダンジョンに行く時間はない。
雑貨屋で干し肉やポーションなどを補充し、ついでに色々買い込む。
その全てを収納袋に詰め込んでから、帰路についた。
俺の下宿先はギルドからは少し離れた寂れた地域だ。でも、裏通りに行った後だと一等地に見えるな……。俺は案外いい所に住んでいたらしい。あくまで比較的にだけど。
全部で十二部屋ある平屋だ。自分の部屋に向かいながら、鍵を取り出す。
「なんだ、これ」
鍵を開けようとしたところで、異変に気が付いた。
扉に紙が一枚、ナイフによって留められている。近づいて、紙を破り取った。
書いてある文字を読んだ瞬間、俺は“健脚”を発動して地面を蹴った。
『お前と一緒にいた受付嬢を攫った。殺されたくなければ裏通りの倉庫に来い』
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