第42話 石化
ウェランドバジリスクを四回倒し、“邪眼”のスキルレベルが最大になったところでダンジョンを後にした。
陽は傾き始めているが、“湿原”から迷宮都市まではそれほど離れていないので問題ない。
“健脚”を駆使して、足早に帰路を進む。
「そうだ、素材をリュウカに渡しに行かないと」
バジリスクの素材をリュウカに頼まれていたことを思い出した。
彼女には世話になったから、このくらいの頼み事は引き受けよう。それに、正規の値段で買い取ってくれるらしい。
ギルドに売るよりも職人と直接取引したほうが双方にとってお得だ。
「ありがと~。はい、これお代だよ」
「こんなに貰っていいのか?」
「ボスの素材は高いんだよ。みんな、一回倒したら満足して何度も挑む人は少ないからね。時間もかかるし」
たしかに、攻略報酬さえ手に入れば何度も周回する理由はないか。
ボスは通常の魔物よりも強力だ。費用をかけずに安定して倒すのは、得意な相手でもないと難しい。
そう思うと、俺のギフトは恵まれているな。
多種多様なスキルが手に入るから、使い分けることで臨機応変に対応できる。
「じー……」
「なんだよ」
「ボスのスキルはどんなのだったの? 見たいな~」
リュウカは目をキラキラ……いや、ギラギラさせて上目遣いをした。
すぐ帰ろうと思ってたんだけど。
「グリフォンも倒したんだよね? てことは、二つ増えたの?」
「……金取るぞ」
「なに言ってるの。スキルによっては装備の調整が必要でしょ? 職人として、知る義務があるんだよ」
「ものは言いようだな……。“天駆”“邪眼”」
根負けして発動したが、今回増えた二つに関しては見た目が変わるスキルではない。
それでも、効果を説明したら楽しそうにしていた。
本当に魔物が好きなんだな。
「邪眼、私に使ってみて!」
「は!?」
「石化できる機会なんてめったにないもん! 気になる」
頬を赤らめ、期待の眼差しを向けてくる。
話の内容がもっと普通だったら、リュウカみたいな美少女の表情に胸が高鳴っていたかもしれない。
「いや、危ないだろ」
「でも三秒で解けるんでしょ?」
「そうだけど……人間に使って無事で済むかわからないし」
最初は一秒程度だった効果時間は、レベルを上げたことで三秒まで増加した。
効果範囲は相変わらず、細い光線だけだ。局所的に石化して動きを鈍らせるくらいが関の山だな。
フロッグに試し打ちした時は、膝に打って転倒させることができた。目線がそのまま照準になるため、狙いは正確だ。
効果時間が切れれば元通りに動き回っていた。
でも、人間にやっても無事だという保証はない。
「じゃあはい、私の手……はだめだ。足も……うーん、お腹は内臓が石化したら危ないかもだし……あっ! じゃあ胸にしよう!」
「なんでそうなった?」
リュウカは俺のツッコミは無視して、いそいそと作業着の前側を開け放った。シャツを少し伸ばし、谷間を露出させる。
「胸なら少しくらい後遺症残っても大丈夫だよ! どうぞどうぞ、遠慮なく凝視して」
「言い方!!」
「見なきゃ石化できないじゃん。なにかあってもエッセンのせいにはしないから! お願い!」
変人すぎる……。
ここで断ったら、自分でバジリスクに会いに行くと言いかねない。彼女は魔物をその目で見たいという理由だけで旅神に改宗するような少女だ。
「……わかったよ」
「やっぱりね。エッセンは胸が好きだと思ったよ」
「やっぱりやめようかな」
「うそうそ! ポラリスは胸ないもんね! エッセンが足派なのはわかってるよ!」
「まじで帰るぞ」
さっさと終わらせて、工房を出よう……。
リュウカの相手はボス戦より疲れる。
俺は“邪眼”を宿した双眸で、リュウカのシャツの中に視線を向ける。なに、見るだけならただの皮膚だ。首を見るのとなんら変わらない。
万が一貫通した時のために、真上から突き刺さないといけない。
ほとんど密着するような体勢で、胸元を開くリュウカの前に立つ。
「早くして……?」
少し潤んだリュウカの瞳が、俺を見上げる。
思わずごくりと唾を飲み込んだ。
谷間が惜しげもなくさらけ出され、真っ白な皮膚が月明かりを反射している。
いつも作業着だから知らなかったけど、かなり肉付きの良いタイプらしい。谷間は“鳳仙の渓谷”よりも深く、ウェランドフロッグよりも柔らかそうだ。
「馬鹿か、俺は」
くだらない考えを脳内から追い出し、“邪眼”を発動する。
両目から飛び出した光線が、リュウカの胸に突き刺さった。
「おおお、石になった! 意外と痛くはないんだねぇ。血とかどうなってるんだろう」
指先で触っては「固い!」「すごい!」とはしゃいでいる。
効果時間は三秒だけだ。すぐに解除されて、元に戻る。
「終わっちゃった……。戻る時も、後遺症みたいなのはなさそう。ねえ、エッセン」
「断る」
「もう一回……ってなんで!」
「当たり前だろ! 俺はもう帰るからな」
「発動する前にじろじろ見てたくせに~」
リュウカの声を聞き流して、俺は工房を出た
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