第37話 ex.”聖光術師”ウェルネス

 リュウカの工房を出た【氷姫】ポラリスとウェルネスは、迷宮都市までの道を歩いていた。


「これで満足した? もうエッセンに関わらないで」

「ククク。君も見ただろう? 僕と恋人であると言われた時の絶望に染まった顔! ああ、思い出しただけで笑えるよ」

「そう。嘘ついて喜べるなんて幼稚ね」


 エッセンに対してウェルネスが恋人であると告げる前。ウェルネスはポラリスに耳打ちしていた。

 曰く、恋人だと言わなければエッセンを殺す、と。


 ウェルネスはランキング二桁の猛者。そして、仲間には三桁の冒険者が数人いる。今のエッセンが太刀打ちできる相手ではない。


「これで名実ともに僕と君は恋人同士さ。どうだい、この後……」

「触らないで。いえ、触れようとした瞬間、あなたの指は凍り付いて二度と物を掴めなくなるわ」

「つれないね」


 ウェルネスは肩を竦めて、ポラリスの腰に伸ばしていた手を引いた。


「先日言っただろう? 僕に何かあったら、仲間が彼を殺す。君は僕に手出しできないんだよ」

「あら、私から攻撃するわけじゃないもの。私の冷気に、勝手にあなたが触れるだけよ」

「……まあいいさ。強がる君を少しずつ落としていくのもまた一興。どうせ君は、僕から離れることはできないのだから」


 エッセンが初めてランキングを上げた日。

 エッセンに会いに下級地区に行ったポラリスを、ウェルネスは尾行していたのだ。そして、ポラリスとエッセンが会話しているところを目撃している。


 そこから、入念に準備を重ね……エッセンの身柄を人質にとることで、ポラリスを手中に収めたのだ。


 ポラリスは身体に触れることだけは抵抗するが、エッセンの安全を思えばウェルネスの同行を拒絶することができずにいた。


(このことを知れば、エッセンは怒るわよね。自分のために私が自由を奪われているなんて、絶対許せないでしょうし)


 ポラリスは奥歯を噛みしめて、淡々と歩みを進める。

 逆の立場だったら、自分のことなど気にするなと怒るだろう。簡単にやられはしない、と。


(でも、私の中で一番優先順位が高いのはエッセンなの。私が少し我慢するだけでエッセンの無事が保証されるなら、私は……)


 先ほどのエッセンの姿を見て、少し嬉しくなる。

 身体付きは以前よりもがっしりしていて、目には自信が宿っていた。さらに、リュウカに認められるだけの実力。……彼女は気まぐれだから、それは偶然かもしれないけど。

 そして、日々駆け上がっていくランキング。その速度は、かつてのポラリスすらも超えている。


 エッセンはこれから成長していくのだ。その歩みを、自分が止めるわけにはいかない。


「クク、それにしても、彼はもうダメかもしれないね」

「……なんのこと?」

「彼は君を目標に頑張っていたんだろう? そんな君に見捨てられたと知ったら、彼はもう立ち直れない。ああ、せいせいするね。可憐な君に、いつまでも薄汚い男が付きまとっているのは耐えられないよ。横恋慕することすら許せない」


 ウェルネスの言葉を聞いて、ポラリスは鼻で笑った。


「みくびらないで。エッセンはそんなに弱くない」

「どうだか」

「エッセンは誰よりも強いの。卑怯な手を使うことしかできないあなたより、よほどね。この程度のことで諦めたりはしないわ」


 たしかに、傷つけてしまったかもしれない。

 しかし、ポラリスとエッセンの間にある信頼は、そんな脆いものではないはずだ。元より、恋人関係ではない。もっと深く、そして強い絆だ。


 幼少期、弱くて泣き虫だったポラリスを引っ張ってくれたのは、いつだってエッセンだった。

 子どもの頃のエッセンは強くて、カッコよくて、みんなの、そしてポラリスのヒーローだった。


 今だって、ポラリスはエッセンに勝っているなんて思っていない。

 エッセンが本領を発揮すれば、誰にも負けない。そう信じているから。

 かつて、虐待を繰り返していた家族から、ポラリスを助けてくれたように。


『俺、絶対に強くなって、これからもお前を守るから』

『……私も強くなる。エッセンを守る』

『ああ、じゃあ二人で最強になろう! それならお互いに守れるな』


 幼き日の会話が脳裏に蘇る。


 二人が冒険者になったのは、逃避の側面もある。

 村長の娘だったポラリスを、村から連れ出すために。


 今でこそランキングの差はついてしまったが、ポラリスにとってのエッセンは、大きくて、強さの象徴だった。


「僕より強い? はっ、下級冒険者が? ありえないね」

「強さとは単純な武力のことではないのよ。あなたにはわからないでしょうけどね」

「武力、名声、実績、人脈……どれを取っても、僕のほうが優れているよ。わかっていないのは君のほうさ」

「そう思いたいなら好きにしなさい。でも……エッセンは必ず立ち上がる。そして、すぐにあなたを追い越すわ。私の隣にいるべきなのはあなたではなく、エッセンよ」


 いっそ盲目的なほどに、ポラリスはエッセンを信頼していた。


 ウェルネスは不機嫌な表情を露わにして、舌打ちする。


「ちっ。まあ、そう思いたいなら好きにすればいいよ。彼を失った時の、君の表情が楽しみだね」

「……もし強行手段に出ようとするなら、その前にあなたを殺すわよ。お仲間もろとも、ね」


 当然だが、冒険者同士の殺し合いは国の法、旅神教会の掟の双方で禁じられている。

 ポラリスとて人殺しをしたくはないが、いざとなればそれも厭わない。


「強がっていられるのも今のうちだよ。僕には力があるんだ。とある人が協力してくれてね」

「……力?」

「ククク。君のヒーローは、Aランクの魔物に太刀打ちできるかな? 見物だね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る