第36話 修羅場?
リュウカの工房にいたら、突然ポラリスがやってきた。
「エッセン、なにしているの?」
「あ、いや。ちょっと用事があって」
「そう」
ポラリスは無表情のままそう言って、工房に足を踏み入れた。
思わず、その姿を目で追う。
彼女をまじまじと見たのは久しぶりだ。冒険者になってから四年。最初の一年は何度かパーティを組んだり、解消してからも何度か会っていた。しかし、それからは遠目に姿を見かけるくらいで、ほとんど会っていない。
先日、背中越しに「待っててくれ」なんて言った手前、少し気まずい。
久しぶりの彼女は、驚くほど綺麗になっていた。身長も伸びて、顔付きも大人っぽい。
それでも、曇りのない澄んだ瞳は昔のままだった。
ポラリスは目を細めて、俺を見る。
「お邪魔だったかしら?」
「え?」
「いえ、そんな格好でリュウカと何をしていたのかと思っただけよ」
言われて、自分の身体を見下ろす。
スキルに合わせた装備を作るために、下着一枚になったのだった。
「こ、これは寸法を測ったりしていただけで……」
「別に、誤魔化さなくていいわよ。私はただの幼馴染だもの」
「怒ってらっしゃる……?」
「怒ってないわ」
【氷姫】の二つ名通り、氷のような視線が痛い。彼女から漏れ出た冷気が室温を下げる。
俺は慌てて外套を纏った。工房が散らかりすぎて、服が見つからない。
料理を持ってきたリュウカが、ポラリスの姿を見ておやと首を傾げた。
「お待たせ~。あれ、二人、知り合い?」
「……同郷よ」
「おお~、面白い偶然だね。ポラリスも食べる? バレーホークのお肉」
「遠慮しておくわ」
あくまで冷静なポラリスが怖い。
ポラリスとの関係は彼女の言う通りただの幼馴染で、ともに冒険者のトップを目指そうと誓いあった仲だ。
しかし、別に恋人関係というわけではない。
だから、後ろめたく思う必要はないのだが……いや、そもそもリュウカとは何もないし。
ダンジョン攻略を休んで女性と一緒にいることを怒っているのかもしれない。ポラリスとの差を思えば、休んでいる暇はないというのに。
「リュウカ、剣のメンテナンスをお願い」
「ほいほい」
ポラリスは腰に下げていたレイピアのような剣を、リュウカに手渡した。
さすが上級冒険者と言うべきか、素人目にも質の良さそうな剣だ。
「ポラリス」
「なに?」
まだ怒ってる……?
冷たい声音だ。冒険者になってからはあまり感情を表に出さなくなった彼女だけど、代わりに淡々としすぎていて怖い。
これが“十傑”のオーラか、などとアホなことを考えながら、なんとか言葉を探す。
「えっと、リュウカと知り合いなのか?」
「そうね。むしろエッセンがリュウカの工房にいることのほうが驚きよ。リュウカは迷宮都市でもトップクラスの上級職人だもの」
「え、そうなのか?」
「知らなかったの? 武器や防具の作成……特に魔物の素材を使い、魔法効果を付与することにかけて、リュウカの右に出る職人はいないわ」
そんなすごい人だったとは、人は見かけによらないな。
第一印象がホークに連れ去られている時だったから、変人のイメージしかない。
というか、上級職人にまで上り詰めたのに旅神に改宗したのか……。やっぱり変人で間違いなさそう。
「にひひ、照れるなぁ」
「事実を言っただけよ」
「そうそう、天才魔導技師だから、ぜひポラリスの強さの理由を調べたいなぁ。その細くしなやかな身体を、隅々まで……」
じゅるり、とリュウカが舌なめずりをする。
「はぁ……。見ての通り、変人よ」
「俺もそれを再認識したところだ」
「上級職人にまともな人間性は期待できないわ。みんな変人ね」
辛辣である。
変人でなければ上級になることはできないのかもしれない。
「えー、いいじゃん。エッセンは調べさせてくれたよ?」
「おい、誤解を招く言い方をするな」
「触ったりー、嗅いだりー、あとは舐めたり?」
全て本当のことだからタチが悪い。
だが、それは魔物のスキルに対してだ。俺の身体には違いないけど、変な意味ではない。
「へえ」
恐る恐るポラリスのほうを見ると、表情が完全に消えていた。身体の周りに雪の結晶が待っている。
俺の手足が震えているのは、寒さか、あるいは恐怖か。
「ポラリス、本当に違うんだ。俺は、その……」
「言えないような関係なのね」
「そんなことはないぞ。普通に冒険者と職人の関係だ」
「いいのよ、そんなに必死にならなくて」
俺の歯切れが悪いのは、“魔物喰らい”の効果について話すべきか悩んでいるからだ。
ポラリスは俺のギフトを知っているし、そしてそれが役立たずだと思っている。
真実を話したとしても、ポラリスが軽蔑するとは思えない。そこはもちろん信頼している。
でも、魔物の姿は醜悪で、気軽に話せるような内容ではなかった。
「冗談よ。どうせリュウカが一方的に興味を持ったんでしょう」
「さすが私の相棒だね! よくわかってるじゃん!」
「相棒になった覚えはないわ」
「そんなに心配しなくても、ポラリスの大事な幼馴染をとったりしないから大丈夫だよ」
「……そんな心配はしていないけれど」
「ふふふ。でも、そっか。前にポラリスが言ってた幼馴染君が、まさかエッセンだったなんてね~。迷宮都市も狭いね」
リュウカは剣のメンテナンスをしながら、楽しそうに笑う。
工房に備えらえた謎の器具を使っている。魔法的ななにかが起動しているのはわかるが、それ以上のことはわからない。
しかし、作業が進むにつれ剣の輝きが増している。
「あなたほどの職人が、エッセンに装備を作るの?」
「うん。ちょっとした縁でね。ほんのお礼だよ」
「そう」
リュウカはちらりと俺を見る。
一応、誰にも言わないという約束だったからな。魔物のスキルについては避けて説明しているようだ。
二人して隠し事をしている俺たちに、ポラリスの目はさらに怪訝になる。
「私が作るんだもん。エッセンはさらに強くなるよ」
「……それは、楽しみね」
しかし、リュウカの続く言葉で、ポラリスは口元を綻ばせた。
「それでなくては困るわ」
「ああ。絶対追いつく」
「負けないわよ」
順位の差は歴然なのに、ポラリスは俺を対等に見てくれる。
それが嬉しくて、早く強くならなければ、という思いが一層強くなる。
「はい、終わったよ」
「ありがとう。また来るわ」
ポラリスは剣を受け取り、満足そうに眺めてから腰に戻した。
そして、背を向けて工房を出ようとする。
しかし、外から扉が開いたことで足を止める。
「ポラリス、いつもより遅いじゃないか。どうしたんだい? ……おや」
「ウェルネス……」
新しく入ってきたのは、金色の軽装鎧と金髪が特徴的な、キラキラした男性だった。
ウェルネスと呼ばれた彼は、白い歯を見せて笑った。
「どうしてここに下級冒険者がいるんだい? この工房は、君のようなみすぼらしい男が来るところではないよ」
「やめなさい、ウェルネス」
意地の悪い笑みで、俺に言い放つ。
ポラリスの静止にもどこ吹く風だ。
「はぁ。ポラリス、君もこのような男と同じ空間にいてはいけない。君の美しさが汚れてしまうだろう?」
「……おい、なんだその言い草は」
「やれやれ、これだから下級は、口の利き方もなっていないようだね? 僕は上級冒険者だよ。君と違って、上級地区に住むことができる高貴な身だ。ポラリスと同じくね。薄汚い下級冒険者とは住む世界が違うんだよ」
上級冒険者。ランキング上位一万人のみが名乗ることができる、最高位のランクだ。
一万人という数字は、冒険者全体の上位約十パーセントに当たる。
圧倒的に格上だ。
「リュウカさん、君だって、こんな冒険者を迎え入れるなんて格が落ちるよ? 顧客はちゃんと選ばないと」
「んー? 選んでるよ。知っての通り、私は気に入った相手にしか装備を作らないからね」
「彼に装備を作るのかい? それなら僕にも……」
「前に言ったじゃん。あなたには作らない」
「ちっ。まあいい」
リュウカの毅然とした態度に、ウェルネスは不快感を露わにする。
改めて俺に向き直り、見下すように笑った。
「そうだ、名乗ってなかったね。僕はウェルネス。君と違って、旅神から強力なギフトを授かった天才さ。そして……。ああ、これはポラリスの口から言ってもらおうかな」
「なにをだ」
「僕とポラリスの関係だよ」
ウェルネスは、ポラリスの耳元に顔を寄せて、なにかを囁いた。
「…………わかってるな?」
「……っ」
その瞬間、ポラリスはきっと口を結んで青ざめる。そして、ウェルネスを睨みつけた。なにを言われたんだ?
「さあ、君の口から言ってあげて」
「ウェルネスは私とパーティを組んでいるの。それと……恋人よ」
その言葉は、俺の脳を大きく揺さぶった。
喉が詰まって言葉が出ない。
ポラリスの顔は、悔しそうに歪んでいる。
これはいったい、どういう表情なのだろう。なにを意味しているのかわからなくて、ただじっと見つめる。ポラリスは目を合わせない。
「はははははっ! そうだ。わかったかい? ポラリスはもう僕のものだから、これ以上付き纏わないでくれよ。さあ、ポラリス。帰ろう」
ウェルネスとポラリスは、連れたって工房を出て行った。
作者コメント
※NTR展開にはなりません。安心してください。
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