三章 飛翔

第31話 久々の迷宮都市!

「冒険者さん、迷宮都市に着きましたぜ」


 ふわりとまどろむ意識の中で、不意に声が聞こえた。


「……んっ、あれ、キース?」

「寝ぼけてるんですかい? せっかく寝言を言うなら女性の名前でしょうよ、そこは」

「あっ、す、すみません! すぐ降ります!」


 そうだ、馬車に乗って迷宮都市に帰ってきたんだ。

 慌てて頭を下げて、荷車から降りる。御者の高笑いに送り出され、およそ七日ぶりに迷宮都市を歩く。


 ちくしょう、無意識に呼んだのがあの自信過剰残念イケメンの名前だなんて……。

 キースはニックにスキルを見せる約束をしているとかで、町に残ったというのに。


 元々、俺たちはソロだ。

 パーティを組む選択肢もなくはなかったが、馴れあうような間柄じゃない。

 これまで通り、別で活動して上を目指すことになった。


「まあ、負けるつもりはないけどな」


 今は夕方だ。少し赤く染まってきた空を見上げて、目を細めた。


「そうだ、ギルドに寄っていくか」


 久々にランキングボードを確認したいしな!


 ずらりと並ぶ大量のボードの中のどの位置にいるのか。それを確かめるのが楽しみなのだ。


 下級冒険者ギルドに入り、足早にでランキングボードの前まで向かう。


『68244位 エッセン』


 着実に上昇している順位を確認して、小さく「よしっ」と呟く。


 旅神教会の神官フェルシーが、町中での討伐をクエスト扱いにすることで貢献度を増やすと言っていた。それに、今回はボスを倒した。

 正直もっと上昇しているかと思ったけど、やはり上位になるとベテランも多く、なかなか上がらないな。

 中級になれる五万位のボーダーはまだ遠い。


「エッセンさん!」

「あ、エルルさん。お久しぶりです」

「あ、はい。お久しぶりです……じゃなくて! ……こほん。報告書、読ませていただきました。大丈夫でしたか?」


 カウンターから飛び出してきたエルルが、俺に詰め寄る。ち、近い……。

 息がかかる距離まで顔を寄せる彼女から数歩離れて、手のひらをひらひら振った。


「はい、大丈夫でした。俺はたまたま居合わせただけで、倒したのは他の冒険者なので」

「嘘です。エッセンさんも三体討伐したと書かれていましたよ」

「け、結構読み込んだんですね……」

「当然です。そ、その、担当している冒険者がトラブルに巻き込まれたんですから」


 冒険者ギルドに担当というシステムはないが、たしかにエルルさんには色々とお世話になっている。

 心配をかけてしまったようだ。


「ダンジョンの氾濫以外で市街地に魔物が出現するなんて、他国でもほとんど例がありません。ダンジョンの結界は生きた魔物を通しませんから。なのに、いったいどうやって……」


 いつもは理性的なエルルさんが、早口でまくしたてる。


「エルルさん、落ち着いてください」

「奇跡的に被害がなかったとはいえ、楽観できるような事態ではありませんよ」

「いえ、そうではなく、その……」


 ちらり、と周囲に視線を向ける。

 エルルさんはそんな俺の視線を辿って、ぽかんと口を開いた。


「……あ」


 夕方のギルドはダンジョン帰りの冒険者で混雑している。

 そんな彼らは手や足を止めて、こちらをじっと見ていた。


 クールビューティのエルルさんが取り乱して、俺のような冴えない冒険者に詰め寄っているのが珍しいのだ。みんな、好奇心を隠そうともしない。


 エルルさんの顔がみるみる赤くなる。


「と、ともかく、エッセンさんが無事でよかったです。私はこれで!」

「あ、はい。ありがとうございます」


 がばっと髪が浮くくらい勢いよく頭を下げて、エルルさんはカウンターの向こうに戻っていった。

 そのまま脇目も振れず控室に入っていく。「うう~」といううめき声が聞こえるのは気のせいだろうか。


「それにしても、言われてみればそうだな……。なんであのパーティは、ダンジョンの外にリーフクラブを出せたんだ?」


 魔物を生け捕りにした方法にばかり気を取られて、結界を突破できた理由にまで気が回らなかった。

 リーフクラブを眠らせたのは“催眠術師”の少女の力だ。他にも魔物の注意を惹きつけるスキルも使用していたようだから、魔物の精神に作用するギフトなのだろう。魔法系の中でも珍しいタイプだな。


 でも、それはあくまで眠らせただけ。生きている魔物は、ダンジョンの結界を通り抜けることができない。

 例外は、魔物が増えすぎて結界が絶えられなくなった時……いわゆる、氾濫と呼ばれる大災害だ。

 だが、“潮騒の岩礁”は定期的に冒険者が訪れているから、氾濫の危険は少ない。


「結界は正常に働いていたのに、ダンジョンの外に魔物を出すことができた。なぜだ?」


 旅神のギフトである“催眠術師”に、そのような効果があるとは思えない。それは旅神が自らの首を絞めることになるからだ。


「……俺が考えても仕方ないか」


 旅神教会も動いているのだし、“催眠術師”の少女以外の三人もすぐに捕まるだろう。

 そうすれば、真実は明らかになる。


 ……最後まで残ってリーフクラブを食い止めた少女はなんとか助かって欲しい気持ちもある。男たちの指示でやっていたようだし。

 でも、それ含めて俺にできることはない。


「気持ちを切り替えて、明日からもダンジョン攻略、頑張りますか!」


 より高いランキングを目指して!






 エッセンがギルドを訪れている頃。


 迷宮都市の外れ。とある廃教会で、二人の男が立っていた。

 一人は漆黒の法衣を身にまとい、フードに隠れて顔は見えない。もう一人も同じく黒づくめだが、身体に張り付く動きやすい装束だった。


 その前で頭を地面に擦り付けるのは、三人の冒険者だ。


「お、俺たちのせいじゃないんだ! 俺たちは言われた通りにやった!」

「そ、そうだ。あの女が悪いんだ!」

「軽く金を稼いだら、あんたたちの言う事を聞くつもりだったんだ! ほ、ほら、生きた魔物が必要なんだろ?」


 法衣の男は、冷ややかに彼らを見下ろす。


「やれ」

「はっ」


 そして、黒装束の男に短く指示した。


 装束の男が腰の剣……刀と呼ばれる片刃の直剣に手を当てた。

 カチリと音がした、次の瞬間、三人の冒険者の首が一斉に切り落とされた。


「わざわざ頭を垂れるとは、殺してくれと言っているようなものではないか。のう?」

「……お言葉ですが、どのような体勢だろうと手間は変わりません。同じように切るだけです」

「それもそうじゃな」


 三人の命が失われた直後だとは思えないほど、穏やかな口調だ。


 地面には血が広がり、滲んでいる。


「ふむ、汚れてしまったな。武者よ。喰ってよいぞ」

「ありがたき幸せ」


 装束の男……武者が手を伸ばした。

 手のひらから、黒い液体のような影がゆっくりと垂れる。それは次第に大きくなっていき、ある程度の大きさになると二つに割れた。

 狼の口のような形になると、冒険者の死体を血一滴すら残らず呑み込んだ。


「……大したギフトは持っておりませんでした」

「下級冒険者など、その程度であろう」

「しかし、老師もお人が悪い。リーフクラブを解き放ったのは他でもない老師ですのに」

「ほっほっ。奴らはどうせ実験体よ。結界を突破する術式を試せれば十分」

「“催眠術師”の女は少々もったいなかったのでは?」

「なに、代わりならいくらでもおる。あの小娘はなにも知らぬしの」


 老師と呼ばれた男は、長く伸びた顎髭を手でさすった。


「さて、では次の手を打とうかの。ちょうど良い冒険者がおったのだ。“聖光術師”のウェルネス君と言ったかの」

「上級冒険者ですか? まだ早いのでは」

「なに、彼は少々悩み事・・・があるらしいからのう」

「なるほど。御しやすいというわけですか」

「左様」


 老師と武者は、目を合わせて頷いた。


「ククク、迷宮都市に知らしめるとしよう。我ら“魔神教会”にかかれば、いつでも魔物を町中に解き放てるのだと」

「はっ」


 そして、二人は音もなく消えた。

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