第26話 残りの三体

「ニック、ちょっとここで待っててくれ。動かなければ大丈夫だから」


 キースに広場のリーフクラブを任せ、ニックを抱えて脱出した。“健脚”で跳躍し、屋根の上に乗ってリックを下ろす。

 リーフクラブが屋根の上まで来るのは不可能だろう。ここなら安全だ。


「兄ちゃんは大丈夫かな……」


 この状況で自分のことではなくキースの心配をするとは、優しい子だ。案外、冒険者に向いているかもな。


 俺は口元を緩めて、ニックの頭を撫でる。


「あいつなら余裕だよ。言ってただろ、最強だって」

「うん、そうだよね……!」

「俺も最強だから、ちょっと魔物を倒して来るわ」


 ニックが膝を抱えて頷く。

 それを見て、俺は視線を地上に戻した。


 リーフクラブは見える範囲にはいない。


「屋根の上から探したほうがいいよな」


 脚力を生かして屋根の上を飛び移りながら移動する。


 この宿場町は行商が多いため、どの道も比較的広い。広場を中心として、蜘蛛の巣のように円形に町が形成されている。


「くそ……っ。どこにいるんだ」


 町に解き放たれたリーフクラブは、どこを目指すのだろうか?

 魔物は好戦的で、多くの魔物はダンジョンで出会った時、襲ってくる。リーフクラブも同様だ。

 ならば、近くの人間を襲うかもしれない。


 あるいは、海を目指すか?

 地上はリーフクラブにとって過ごしやすい環境ではない。なら、海やダンジョンを目指す可能性もある。


「三体もいるんじゃ、既に犠牲が出ているかもしれない」


 冒険者以外では、魔物に対抗するのは難しい。


 既に多くの人が避難したのか、往来に人の姿は見えない。だが、逃げ遅れた人がいないとは限らない。


 跳躍を繰り返し、屋根の上を移動する。どこにいるのか予想がつかないため、人が多そうな場所を中心に、広場から近い順に回っていく。


 そして、ようやく発見した。


「いた……!」


 しかも三体一緒にいる。

 リーフクラブは裏通りを横歩きしながら、家屋には目もくれず進んでいる。


「……っ、誰か追いかけられているじゃねえか!」


 リーフクラブが走る先には、背を向けて逃げる女性がいた。


 身を屈めて、全力で跳躍した。屋根が少しへこんだが、緊急事態だから許して欲しい。

 家を二軒飛び越して、リーフクラブの前に降り立った。


 “健脚”があってよかった。フォレストラビットは弱い魔物だが、一番助けられている気がする。


「止まれッ! “大鋏”」


 まず、一番前にいたリーフクラブを“大鋏”で殴りつける。ハサミで対抗しようとしてくるリーフクラブを、下から蹴り上げることでひっくり返した。


「はっ!」


 その隙に、脇を抜けてもう一体が前に出た。

 咄嗟に“刃尾”を伸ばし、ハサミの付け根に突き刺す。動きが鈍った。


「もう一体!」


 二体を相手している間に、最後の一体が俺の横を突破していった。俺を無視して女性を追いかけている。

 “刃尾”を引き抜き、踵を返す。高く跳躍してリーフクラブの背後から追った。空中で一回転し、“大鋏”を叩き付ける。


 よし、動きが止まった。

 三体だけでもかなりの強敵だ。七体同時に足止めしていたキースはすごいな。


「あんた、大丈夫か!?」


 少し先で足を止めている女性に、声をかける。


「ごめんなさい」


 しかし、彼女の口から出た言葉は予想外なものだった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 女性はへたりこんで、両手で顔を覆った。

 肩が少し震えている。


 魔物に追われれば、当然怖いに決まっている。だから恐怖から解放されたことで泣きだしたのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。

 とりあえず慰めようと近づいたことで、彼女の装備に身覚えがあることに気が付いた。


 冒険者の装備だ。

 しかも、朝見たのと同じ。


「あんた、もしかして……」

「ごめんなさいごめんなさい。私が失敗したせいで……こんなことになるなんて思ってなかったんです……ちゃんと眠らせていたはずなのに……」

「リーフクラブの生け捕りをしていた冒険者か!」


 キースからは逃げたと聞いていたが、彼女はリーフクラブに追われていたようだ。あるいは、引き留めていたのか。

 たしか四人パーティだったはず。残りの三人はどこにいったんだ。


「……懺悔は後にしてくれ。聞きたいんだが、今あいつらを眠らせることはできるか?」

「できません。一度目覚めると、耐性ができているみたいで……」

「そうか。捕まえたリーフクラブは十体で合ってるよな」

「はい……三体しか連れてこられなくて……」

「残りの七体は俺の……仲間が相手している。これで全部だ」


 キースのことは何と表現するべきかわからないけど、今は仲間で合っているはずだ。

 彼女を責めている時間はない。状況把握が最優先だ。リーフクラブはここにいる三体で終わりだと確認できたので、後は早く倒してキースの援護に向かいたい。


「そうですか……!」


 彼女の瞳に安堵の色が浮かぶ。


「最後にもう一つ。あいつらがあんたを狙っているのは、ギフトの力か?」

「は、はい。“催眠術師”というギフトで、今は敵意を私に向けています」

「そうか」


 この女性は逃げずに、己の命を懸けてリーフクラブを受け持ったということだ。

 キースと彼女、二人の活躍によって、おそらく被害は少ないに違いない。


 リーフクラブが暴れ出したのは彼女のミスに違いないけど、今はその勇気を称したい。


「なら、その魔法を解除してくれ。あとは俺がやる」

「……っ、でも、私が悪いんです!」

「戦えないんだろ? それとも、死ぬつもりか?」

「……そう、ですよね。死んで逃げるなんて許されないですよね……」


 そういうつもりで言ったわけではないのだが、女性はまた俯いてしまう。


 そうこうしているうちに、リーフクラブが起き上がってきた。


「早くッ!」

「は、はい! あの、ごめんなさい。よろしくお願いします」

「ああ、任せろ」


 彼女は魔法を解除して、離れていく。

 “催眠術師”がどういうギフトかは明らかでないが、Eランクとはいえ魔物を生け捕りにできるほど強力な魔法を操れるのだ。名前の通り催眠系に特化しているに違いない。

 冒険者のギフトは、一つに特化していると他の分野が苦手なことが多い。彼女は戦闘手段を持たないのだろう。


 彼女が逃げていく足音を聞きながら、俺はリーフクラブ三体と対峙する。

 完全に復活した三体が、ハサミをカチカチと鳴らした。“刃尾”を突き刺した一体だけは動きが鈍いが、残り二体は元気だ。


「来いよ。――三体とも喰らってやる」

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