第27話 裏路地のリーフクラブ

「カチカチ」


 リーフクラブは三体。

 それらを逃さず狩り尽くさないといけない。


 俺の攻撃手段の中で、最も殺傷力が高いのは牙だ。"大牙"はリーフクラブの腹なら食い破れるし、"毒牙"による麻痺毒も強力だ。


 しかし、首を突き出して食らいつくのは大きな隙を見せる。攻撃中は周囲があまり見えないので、残りの二体からしたら恰好の的だ。


「まずは動きを止めないとな……」


 牙を使うのは最後だけだ。


 俺は"健脚"に力を入れて、ぐっと身を屈める。

 リーフクラブも完全に臨戦体制だ。大きな左側のハサミを前に突き出し、カチカチと威嚇している。


 "大鋏"は消し、足に意識を集中させる。


「行くぞ……はッ」


 足元から土煙が上がる。

 "健脚"は現在レベル十だが、普段はレベル五程度の力しか出さない。速すぎて扱いづらく、疲れるからだ。


 しかし、もしレベル十の力を全て解放すれば……目にも止まらぬ速度で移動することができる。


「"刃尾"」


 全速力で直進し、瞬く間にリーフクラブの間を駆け抜ける。


 同時に、"刃尾"をぐるぐると回転させ、俺の背後に円を描く。まるで周囲を無差別に切り刻む弾丸だ。


 すれ違い様に、鋭い刃がリーフクラブの横っ腹を切り裂いた。


「小回りが効かないのは不便だな……だが、結構効くだろ?」

「カチ……」


 致命傷には至らない。

 リーフクラブの外殻は硬く、浅く斬っただけだ。


 しかし三体同時に被害を与えることができた。


「カチカチ」


 三体のリーフクラブが俺を取り囲む。

 短距離なら意外と俊敏だな。


「ハサミなら俺にもあるんだ。"大鋏"」


 リーフクラブよりも一回り小さいそれを構える。


「上がガラ空きだ」


 一斉に攻撃しようとしてきたリーフクラブのハサミを掻い潜り、上空へ高く跳躍する。

 "大鋏"は切断する力も強いが、硬い殻と重量は叩きつけるだけで武器になる。


 着地と同時に一体の脳天を殴りつける。


「まず一体ッ」


 膝を曲げ腰を落とし、"刃尾"を鞭のように振るう。そして、リーフクラブの足を全て切り落とした。

 これで移動できない。


「次!」


 今度は横に跳躍。

 最初に付け根を負傷させた個体のハサミを、俺の左腕の"大鋏"で掴む。"鋭爪"を伸ばし、ハサミを切り落とした。

 これでもう攻撃できない。


「最後!」


 ようやく牙の出番だ。


 思い切り蹴り上げることでひっくり返し、"大牙"と"毒牙"を発動する。

 比較的柔らかい腹の部分に牙を突き立てた。


「いただきマス!」


 麻痺毒を注入し、動きを止める。


 抵抗をやめたリーフクラブの腹を、"大牙"によって食い破った。


「よし! 勝った!」


 残りの二体にもトドメを刺す。


 この三体で広場から逃げ出したリーフクラブは全てのはずだ。

 あとは、キースが受け持っているはずの七体。いや、俺が行った時には二体倒していたから、五体か。


「案外、もう終わってるかもしれないが……万が一もある」


 キースの爆炎は、目を見張る攻撃力だ。

 だが、さっき別れた時点でかなり負傷していた。ほとんどが自らの爆炎によるダメージだが。


「今行くからな!」


 跳躍し、屋根の上に上がる。


 真っ直ぐ進めば広場はすぐそこだ。


 額に流れる汗を拭う。

 軽く息を整え、走り出した。


「あれは……!」


 遠目に広場が見えた。


 近づくに連れて、状況が鮮明になっていく。


 倒れ伏すリーフクラブ。おそらく六体。

 焼け焦げ、ところどころクレーターがある地面。

 唯一生き残り、ハサミを高く掲げているリーフクラブ一体。


 そして……。


「キースッ!!」


 炎に包まれる人影。


 俺は慌てて広場に突入する。


「カチ」

「やらせるかよ!」


 残ったリーフクラブは満身創痍だったので、"大鋏"の一撃で沈める。


 そのまま目を走らせ、間違いなくリーフクラブが七体倒れ伏していることを確認した。


「キース、スキルを止めろ! もう終わったぞ!」


 キースの身体は炎に囲まれている。

 よく見るとキース自体が燃えているわけではない。自分の周囲に炎を展開しているのだ。


 防御のためか、暴走しているのか。


「くそっ、炎のせいで聞こえてないのか!?」


 円柱状に天へ登る炎の柱は、轟々と音を立てている。

 中にいるキースの姿は炎に遮られ定かではない。俺にも気づいていないようだ。


「……っ、痛いかもしれないけど我慢しろよ」


 "大鋏"を炎柱の中に入れる。

 ハサミの上からでも、気絶しそうなほど熱い。キースはこの炎に焼かれながら、リーフクラブと戦い、そして町を守ったのだ。


「よし……!」


 キースを軽く小突いて、炎の中から弾き飛ばす。

 彼がいなくなると、炎は立ち昇って消滅した。


 スキルを解除して、仰向けに倒れるキースに駆け寄る。


「キース! 生きてるか!?」


 ローブの袖は焼け落ち、右腕は真っ黒になっている。皮膚は爛れ、痛々しい。

 全身で無事な部分を探すほうが難しい。


 だが、リーフクラブのハサミを受けた形跡はない。


「……たり、まえだ」


 キースの口から掠れた声が漏れた。


「キース!」

「喚くな。……俺は最強、だぞ」

「ああ、最強だよキースは」

「ふっ……お前もな」


 薄らと目を開けて、口元を緩めた。

 指先すら動かせまい。けど、生きてる。


「リーフクラブは全部倒したよ。俺たちの勝ちだ」

「余裕だった」

「よく言うよ」


 思わず笑みが溢れる。


 町中で魔物十体が突然暴れ出すという大事件は、無事終息した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る