第19話 潮騒の岩礁

 “潮騒の岩礁”は、海に隣接したダンジョンだ。


 大陸の端にあるため、馬車での移動が必要だった。

 海は普通の海なのだが、浅瀬の一部と岩礁がダンジョン化していて、結界で区切られているのだ。


 余談だが、Bランクには海中ダンジョンが存在するらしい。


「よし、町からは結構近いな!」


 ここの町は辺境にもかかわらず、海産物と塩の生産、さらにはダンジョン目当ての冒険者と商人で賑わい、発展してきた。

 そのため、町から出てすぐに海辺に出ることができたのだ。


 地平線まで広がる大海原を尻目に、岸に沿ってダンジョンへ向かった。“潮騒の岩礁”はU字状の断崖絶壁に囲まれており、町からは見えない。


『ここはEランクダンジョンです。侵入しますか?』

「はい」

『ご武運を』


 足元は岩場だ。

 ごつごつしていて歩きづらい。転んだらそれだけでケガしそうだな。


 満潮時は全て海に沈むらしいが、今はうっすらと水が張っている程度だ。これからゆっくりと潮が満ちていく。その前に出ないといけない。


 かなりの広さがあり、巨大な岩がいくつもあるので見通しは良くない。


「“健脚”、っと……。うーん、ここを走るのは難しそうだな」


 ぴょんぴょん跳ねて、感覚を確かめる。


 “湿原”のぬかるみ以上に戦いづらそうだ。

 いつも通りスキルを全部発動して、魔物に備える。苦労してレベルを上げた“ウェランドフロッグの水かき”も使い道があるといいな……。海に入る予定はないが。


「カチカチ」

「おっ、リーフクラブだったかな」


 今回も事前に資料を読み込んできたので、魔物の種類については把握している。


 リーフクラブは岩と同じ色をした、大型犬ほどのサイズの蟹だ。


「アンバランスな腕だな!」

「カチカチ」


 俺から見て右側のハサミだけ異様に大きい。主に大きいほうのハサミで戦う魔物らしい。


 リーフクラブの横歩きは意外にも俊敏で、足元の悪さをものともせずに接近した。

 巨大なハサミによる叩き付け。俺は両手の“鋭爪”をクロスさせ受け止める。


「くっ……! 硬いな! それに重い!」


 ハサミ部分だけで、クラブの胴体よりも大きい。重量だけで脅威だ。

 それに加え、ハサミの本来の機能もある。


「カチ」

「うぉっ!」


 “鋭爪”との拮抗状態に痺れを切らしたクラブが、ハサミをガッと開いた。慌てて飛びのくと、俺がいた場所をハサミが切り裂いた。巻き込まれた岩が、一瞬にして砕け散る。


「わお、挟まれたら即死だな」


 だが、ハサミだけ注意しておけば他の攻撃手段はない。


 リーフクラブはすぐさま二撃目を放ってきた。

 軽く跳躍して上空に回避し、着地と同時に“鋭爪”で切りつける。


「やっぱ甲羅に爪は通らないか。なら……」


 “刃尾”をリーフクラブの下に潜り込ませる。そのまま足を起点として、勢いよく持ち上げた。


「ひっくり返せばどうだ!」


 続いて“刃尾”による突きだ。

 “鋭爪”よりも大きく分厚い刃だ。その分鋭さは劣るが、リーフクラブのように堅牢な防御を強引に突破するならこっちのほうが良い。


「カチカチ」


 腹を向けたリーフクラブはじたばたと足を動かすが、手間取っている。

 “刃尾”をハサミの付け根に突き刺した。


「よしッ、効くみたいだな!」


 背中とハサミ以外は比較的柔らかいようだ。

 唯一の攻撃手段である巨大なハサミは、付け根が破壊されたことで動きを止めた。


「頭とか首とか挟まれたら怖いから、ちゃんと無力化しないと危険だな。さて、じゃあ……いただきマス」


 “大牙”を用いて、腹に噛みついた。

 表面の殻はぺっと吐き出して、中身を頂く。


「うまっ」


 あまりの美味しさに思考が止まった。

 足を引きちぎり、中身を吸い出す。白く甘みのある肉は、一度食べ始めると止まらないほど美味しい。


「魔物でこんな美味しいの初めてだ……」


 そういえば、宿場町ではリーフクラブの肉は普通に食用として消費されているのだとか。さもありなん、これだけ美味しいのなら魔物でも食べられるだろう。可食部も多い。


『スキル“リーフクラブの大鋏”を取得しました』


 おお、スキルはハサミか。

 スキルの取得とか関係なく、いくらでも食べたい。


「ふう、満足満足……。明日からもたくさん食べよう」


 もう時間も遅い。小手調べもできたので、今日のところは終了だ。

 いつの間にか絶命していたリーフクラブを置いて、ダンジョンを出る。

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