二章 海辺の町

第18話 乗合馬車

『76392位 エッセン』


 “叢雨の湿原”に数日間通い続けた結果、三種のスキルはレベルが最大になり、ランキングが大幅に上昇した。


「ついに七万台……! クエストのおかげだな。エルルさんに感謝だ」


 環境の悪さと毒中心という戦いづらさから不人気の“湿原”。逆に言えば、クエストを受けるには穴場だった。人気ダンジョンはクエストがないからな。


 不人気な分、金額的にはそれほど効率はよくなかったが、俺の目的はランキングなので問題ない。


「さて、次のダンジョンに向かうか」


 次に向かうダンジョンは、既に当たりを付けている。


 先日エルルさんから候補として出された“地下道”と“墓地”は、俺の戦い方には合わない。アンデッドはさすがに喰いたくないし、地下道は狭く人が多いので戦いづらいのだ。


 Eランクダンジョンは三つしかないわけではない。この三つは比較的近くにあるので、通いやすいだけだ。


 少し遠出すれば、他にもあるのだ。


「すみません、馬車を使いたいんですが」

「おう、冒険者か?」

「はい」

「定期便だから中で少し待ってくれ。もう少しで出発だ」


 冒険者用の馬車は毎日運行されていて、一定の料金で利用できる。


 ダンジョンは冒険者だけでなく、色々な人が利益を享受できるわけだ。

 馬車で向かう先も、郊外ダンジョンの宿場として栄えた町だ。


「あ、ども」

「……万年最下位か」

「もう最下位じゃないんで」


 先に乗っていた男性が、俺の顔をちらりと見て吐き捨てた。

 見たことのある顔だ。オールバックにした錆び色の髪に、フード付きのローブを着ている。


 下級冒険者ギルドで、俺を馬鹿にしていた奴だ。


 別に、そのことに思うことはない。

 馬鹿にすると言っても揶揄されるくらいで、特に危害を加えてきたわけでもないし。俺が最下位から上がれず四年もの時を過ごしたのは事実だ。


「ふん、ちょっと強くなったくらいで調子に乗るな」


 自分も下級冒険者じゃないか……とは思ったけど、余計に争いたくないので口をつぐんだ。

 代わりに軽く肩を竦めて、なるべく離れて座る。藁を敷いただけの屋根のない馬車だ。


「いいか、Eランクは強いぞ。Fとは比べものにならない。万年最下位は大人しく帰れ」

「……もしかして心配してくれてる?」

「そんなわけあるか。万年最下位ごときが俺と同じダンジョンに行くのが嫌なだけだ」


 男はやせ型で、お世辞にも強そうには見えない。

 まあ冒険者の実力はギフトによって大きく左右されるから、見た目だけじゃわからないか。とはいえ、俺と同じ下級冒険者だ。


 ちょっとイケメンなのが腹立つな。小ばかにしたような態度で相殺されているが。


「その万年最下位って呼び方はやめてくれよ。エッセンって名前があるんだ」

「弱者の名前なんて覚えるに値しないな。俺はお前と違って上に行く男だ」

「奇遇だな、俺も上に行く予定なんだよ。ところで、そっちの名前は?」

「ふん……キースだ」


 無駄に尊大な態度で、男が腕を組んだ。

 年齢は俺と同じくらいだろうか。すごい自信だ。これは俺もか。


 結局、俺たち二人以外の乗客はいないまま、馬車が出発した。

 宿場町までは馬車で半日ほどの距離だ。“健脚”で走るには少々距離が遠い。


 移動時間が長いため、数日は町に滞在する予定だ。近くにEランクダンジョンが一つある他、塩の生産地として有名な場所らしい。


「おい、万年最下位」

「エッセンな。キース君」

「気安く呼ぶな。弱い奴に興味はない」

「じゃあなんで話しかけてきたんだよ」


 たぶん移動時間が暇だったんだろうな。


 キースが気まずそうに目を逸らしたことで、また会話が止まった。

 しかし、移動しながらちらちら見てくる。


 ちなみに、俺もめっちゃ暇だ。こっそり外套の下で“刃尾”を出して、操作の練習をしている。


「おい、お前のギフトはなんだ?」


 万年最下位からお前に変わった。


「教えるつもりはないよ」


 冒険者は、あまり人にギフトを教えたがらない。

 秘匿体質なのだ。場合によっては冒険者同士の争いが発生することもあるし、それでなくても競争社会。情報はなによりも大事なのである。


 ギルド職員が尋ねてくることもない。


「そうか。俺のギフトを知りたいか?」

「いや、別に」

「俺は“炎天下”というギフトだ」

「聞いてねぇ……」


 喋りたいだけじゃないか!


 なにやらどや顔しているところ悪いが、名前からはよくわからない。

 旅神のギフトは多種多様で、情報も出回らないのでギフトについてはわかっていないことも多い。


「なんだかそうだな」

「ああ、いぞ」


 適当に返事をしたら満足そうに頷いた。うん、それでいいならいいや……。


 “刃尾”の練習をしたり、目を閉じてうとうとしたりしていると、昼過ぎに到着した。思ったより早かったな。


 この時間なら、ダンジョンの下見くらいはできそうだ。


「おい、行くのか?」

「行くけど、俺もお前もソロだろ? なるべく離れて戦おう」

「え、あ、ああ。そうだな。足を引っ張られては敵わん」

「じゃあそういうことで」


 キースとちゃんと話したのは初めてだけど、威圧的な態度の割に愉快な奴だったな。


 俺はEランクダンジョン“潮騒の岩礁”に向けて歩き出した。

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