第14話 エルル

 剥きだしの尻を外套で隠しながら、迷宮都市に帰った。


 “ウェランドリザードの刃尾”を使おうと思ったらズボンの犠牲とセットなの……?

 最初から穴が空いているものを履いておくべきかもしれない。


「宿に帰る前にギルドで素材を売らないといけないのに……丸出しなんて……」


 くっ、思わぬ弊害だ。


 “刃尾”は非常に強いスキルだが、こんな問題があったとは。


 両手と口に加えて、尾まで武器として使えるようになれば戦略の幅が広がる。

 ……のはいいけど、ほんとどうしよう。


「服屋に寄っていくか?」


 俺の下宿先は、迷宮都市の下級地区の外れにある、とびきり安い宿だ。

 その分、ギルドからは少し距離がある。


「いやいや、服なんてそんな頻繁に買うものじゃないし……」


 下級冒険者の生活はギリギリなのである。


「仕方ない。誰にも見られないことを祈ろう」


 迷宮都市の門を通り抜け、その足でギルドに向かった。


 もし誰かに見られれば、万年最下位から露出魔にクラスチェンジだ。

 万年最下位のほうがまだマシかもしれない。不名誉すぎる。


「嫌だぞ、上に上がった時に露出魔なんて二つ名を付けられるのは」


 俺もポラリスの“氷姫”みたいにカッコイイやつがいい。

 二つ名は、上級冒険者に上がり目立った功績を打ち立てた時に旅神から与えられる。冒険者としての一つの到達点であり、非常に名誉なことだ。


 いつか二つ名が欲しい。そういう思いで冒険者になる者も多い。俺もその一人だ。


「あっ、エッセンさん」


 ギルド前に到着すると、ちょうど出て来た受付嬢のエルルさんと鉢合わせた。

 いつもの制服姿ではなく、えんじ色のロングワンピースを着ている。赤い髪ともよく似合う。


「エルルさん!」

「お疲れ様です。ダンジョン帰りでしょうか?」

「はい。エルルさんのおかげで、無事に帰って来られました」

「いえ、私は資料を渡しただけですので。でも、無事でよかったです」


 彼女からしたら、受付嬢として当たり前の業務をしただけだろう。

 だが、彼女の忠告がなかったらもっと調子に乗っていたと思う。だから、エルルさんのおかげだ。


「エルルさんは仕事終わりですか?」

「はい。今日は早番ですので。あ、申し訳ございません。このようなお見苦しい格好……」

「そんな、お似合いです」

「ふふ、ありがとうございます」


 エルルさんは少し照れたように前髪をいじった。


 受付嬢の制服を着たエルルさんは、完璧な大人、といった印象だ。所作が綺麗で洗練されている。

 しかし私服姿は、当たり前だけど普通の女性だ。


「ギルドには素材を売りに?」

「ええ、毒草がたくさん採れました。それと、ヘビ皮も」

「そうなんですね」


 オフの受付嬢と楽しく会話。冒険者なら憧れるワンシーンだ。

 だが、思い出してほしい。


 俺は今、ズボンに大きな穴が空いているのだ。


 まずい……。露出魔どころの騒ぎではなく、ほぼ痴漢だ。

 エルルさんを前に尻をむき出しにしているなど、絶対気づかれるわけにはいかない。


「? どうかしましたか?」

「ぜんぜん、なにもないです。別に俺は変態じゃないです」

「変態だとは思っていませんけど……」


 エルルさんが胡乱げに眉を寄せる。


 その時、救世主が現れた。


「エルルー、お待たせ……って、あら?」


 受付嬢の同僚だろうか。

 ギルドから出て来た女性が、俺とエルルさんの顔を交互に見て首を傾げた。


「あらあら、あなたはたしかエルルの推しの……」

「おし?」

「ちょっと、なに言ってるんですか!!」


 からかうように言った女性を、エルルさんが慌てて止める。

 何の話だろうか。


 まさか、ギルド職員の間でバカにされてるんじゃ……。まあ、それも仕方ないか。四年間も最下位だったのだから、数日調子いいくらいじゃ評価は変わらないだろう。

 今後の活躍で見返すしかないな。


「えーいいじゃん。エルルいっつもその話してるんだし。腐らずに頑張ってるのが可愛いって」

「ほ、本人の前では言いませんよ」

「そんなこと言って、ちゃっかり距離詰めようとしてるし」

「たまたま会っただけですっ!」


 密かに決意を固める俺をよそに、二人は小声で何か話している。


 あの、もう行っていいですかね?


「そっかそっか。まあそういうことにしといてあげよう。じゃ、ごゆっくり~」

「え」

「あ、そこの君。エルルは冒険者のサポートするのが生き甲斐みたいな子だから、困ったことがあったら聞くといいよ」


 そう早口で俺に言って、彼女は去っていった。

 なんだったんだ……。


「ごめんなさい。良い先輩なのですが、少々思い込みが激しいところがありまして。あまり気にしないでくださいね」

「そうなんですね。でも、エルルさんが頼りになるのは間違いないです」

「ギルドの受付嬢ですから」

「はは、さすがです」


 受付嬢の姿とはまた違った一面を見せるエルルさんと、こういう状況じゃなかったらもっと話したかった。

 しかし、身体を覆う外套が万が一めくれたりしないように押さえるので必死である。会話に集中できない。


「じゃ、じゃあ俺はこれで」

「はい。引き止めて申し訳ございません。あっ、そうだ」

「はい?」

「明日の朝も、お時間があれば受付によってくださいね」

「? ええ、ギルドには行く予定です」

「かしこまりました」


 最後まで丁寧なエルルさんと別れて、ギルドに入る。

 ふう、なんとか持ちこたえたぞ……。


 素材を売って、いつもより暖かい財布と寒い尻を抱えながら、宿に帰った。

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