第15話 クエスト
『84832位 エッセン』
「さすがに、三体倒しただけじゃあまり上がらないか」
Eランクダンジョンに挑戦しているのは、初心者を卒業した冒険者たちだ。
中にはもう少しで中級に上がれる、という者たちまでひしめいている。簡単には上がれない。
「でも、着実に上がっている」
強くなっている実感とともに、その結果が数字として現れる。
楽しくて仕方ないな。
「そういえば昨日、エルルさんが何か言っていたような……。受付に行けばいいのかな?」
受付のカウンターにちらりと視線を向けると、エルルさんがテキパキと仕事をしていた。
制服姿の彼女はできる女、といった風貌で、隙のない完璧な笑顔とぴんと伸びた背筋が印象的だ。
昨日の私服姿は、同じ人なのにどこか柔らかい雰囲気だった。
年齢はたぶん二十歳くらい。きっとモテるんだろうなぁ。
「お待たせいたしました。エッセンさん」
順番待ちをすると、すぐに俺の番が回って来た。
「今日も順位が上がっていましたね。おめでとうございます」
「え、ありがとうございます。見てくれたんですね」
「最近はエッセンさんの順位を見るのが楽しみなんです」
心なしか、少し気安くなった気がする。
エルルさんはこほん、と小さく咳払いをして、
「ご足労いただきありがとうございます。お呼びした理由は二つありまして……。まずはこちらのお手紙をどうぞ」
「これは?」
「ユア様という方からお預かりしました」
ユアからの手紙か。
フォレストウルフに襲われていたところを助けた少女だ。流行り病に効く茸を取ってきてあげたんだよな。
それを持って実家に帰って行ったユアから、連絡が届いたようだ。
「ありがとうございます」
「いえ、業務の一環ですから」
淡々と言うエルルさん。カッコイイ。
手紙を開いてさっと目を通す。
お礼と、母の容態が安定したこと。豊神に改宗し直したので、農家に戻ることなどが書かれていた。
今は母の看病で手が離せないが、落ち着いたらきちんとお礼をさせてほしい、という言葉で締められている。
俺としては彼女のおかげで成長できたので、お礼は言葉だけで十分だ。
でも、それでは気が済まないというのなら、そのうち野菜でも貰おう。
余談だが、一度改宗して戻した場合、ギフトは以前と同じものになる。取得したスキルなども元通りだ。
「お付き合いされているんですか?」
エルルさんが口の横に手を当てて、小声で聞いてきた。
「違いますよ。ちょっとした縁で採取依頼を受けたんです。そのお礼ですね」
「そうだったんですね。てっきりギルドを通じて文通しているのかと」
「新しいですね……」
「そうでもないですよ?」
なんでも、冒険者は所在がわからなくなることも多いから、ギルドに預けるのが一番確実なのだとか。さもありなん。
ユアとは一度、いや二度かな? 会っただけだし、これからも関わることはほとんどないだろう。
今は恋愛なんてしている場合じゃないしな……。興味がないとは言わないが、冒険者ランキングを上げるので精一杯だ。他のことに現を抜かしている余裕はない。
「それで、もう一つの用事って」
「はい。エッセンさんに一つご提案がありまして」
「提案?」
「クエストを受けてみませんか?」
聞きなれない言葉だ。
いや、知識として聞いたことはある。しかし、四年間で縁がなかったために詳しくは知らない。
「えっと、たしかクエストって……」
「ご説明いたしますね。まず、ダンジョンは旅神が作ったものだということはご存じですよね」
「はい。魔物を閉じ込め、俺たち冒険者に倒させるのだとか」
「そうです。魔物……つまり魔神の眷属を封じ込めるためにダンジョンが存在します。ダンジョンができる前は、世界中のどこでも魔物が闊歩していたそうですから、旅神のおかげで平穏が保たれているわけです」
そういう伝承ってだけですけどね、とエルルさんは笑った。
「しかし、ダンジョンの結界は無敵ではありません。魔物が増えすぎると、結界が破られてしまう可能性があります。そうなれば、世界が危険に晒されるのです。そうならないために、旅神の加護を受けた冒険者が討伐しているのです」
魔神という、神々に反旗を翻した悪神に対抗するため、そういうシステムを作り上げたと言われている。
ダンジョン、そして迷宮都市と冒険者は、魔物から世界を守るために存在しているのだ。
「それで、ここからが本題なのですが……クエスト、あるいは神託や試練などと言われる、旅神からの討伐依頼があるんです。魔物が討伐されず増えすぎたダンジョンに、積極的に冒険者を動員するためにあると言われています」
「なるほど」
ダンジョンはいくつもあるが、どうしても冒険者は楽に稼げるダンジョンに集中する。
“地下道”のように人気のダンジョンもあれば、“湿原”のように不人気のダンジョンもあるわけだ。
不人気のダンジョンは魔物が増えすぎてしまう可能性がある。
「もちろん、人気のないダンジョンはそれなりの理由があるので、メリットがなければ冒険者は近づきません。そのため、クエストをクリアすると貢献度が多く獲得できるのです」
「おお! それはいいですね!」
「ランキングを上げているエッセンさんにはぴったりだと思いまして、ご紹介しようかと思ったのです」
「エルルさんには気を遣っていただいて、頭が上がりませんよ……」
魔物討伐以外でも貢献度が稼げるなんて、願ってもない情報だ。
わざわざ紹介してくれるなんてありがたい。教えてもらえなければ、気づきもしなかったことだ。
「冒険者のサポートは受付嬢の役目ですから」
いつものすまし顔で、エルルさんはそう言った。
少しどや顔で胸を張っている。
「“叢雨の湿原”のクエストもいくつかありますけど……」
「受けます!」
「かしこまりました」
昨日言わなかったのは、俺に無理をさせないためだろう。クエストを受けていると、引き際を誤っていた可能性もある。問題なく帰って来たのを確認してから紹介してくれたわけだ。
つくづく、完璧なサポートだ。
俺は魔物の討伐クエストを受け、ギルドを出た。
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