その16
おれの心配をよそに、「この屋敷のどこかに殺人犯がいるんですよ!?」と言いたくなるような飲み会は続いていた。
「しかしねぇ二郎さん、部外者の私がこういうこと言うのも何なんですけどね……」と先生は質問の切り口を変えていく。
「生前そういうやりとりがあったのであれば、太郎さんはともかく一郎さんは、やっぱりあなたに山中グループを継いでほしいと思っておられるんじゃないですかねぇ」
先生がそう言うと、二郎は「いやいや、あれはねぇ」と言いながらグラスを傾けた。
「……確かに一郎はそう言ってましたし、そもそもあのひと人の上に立ったりしたくないタイプですからねぇ……でもあれだ……俺なんか本当はそういう立場じゃないですからねぇ……」
「ほう……?」
先生はわざとらしいくらいに、二郎氏の背後を――何もない空間に視線を送る。これをやられると、おれなんかてきめんに不安になってしまう。たとえそれが芝居だと知っていても、誰かがすぐ後ろにいるような気分になってしまうのだ。演技力のたまものである。
「何ですかぁ先生。兄ちゃんですかぁ」
だいぶいい感じになった二郎氏が、自分の背後を指さして言った。
「ええ、実はそうなんですよ。いやぁ、二郎さんは察しがよくて助かるなぁ」
先生は二郎氏のグラスに氷と酒を足しながら、なおもインチキ霊視を続ける。
「一郎さんですが、何だろうなぁ……なにか非常に気がかりなことがあるようなんですね。さっきから、うーん、あのデスクの方をチラチラ見ておられるんですが……」
そう言って、部屋の奥にある大きめのデスクを指さす。二郎氏はここでも仕事をしているのだろう。デスクトップパソコンとプリンターが備え付けられ、バインダーや筆記用具などがきちんと整頓されて置かれている。
「えっ、わかりますか!?」
「わかりますわかります。もしかして、うーん……お兄さんからなにか預かっていたりとか……」
「いやー! 先生はすごいなー!」
二郎氏はそう言うと、突然テーブルの上にバンと音を立てて突っ伏してしまった。
「……センセ、俺はね……一郎が死んだ理由がね……あれですよ……」
「えっ」
おれが驚いて声を上げたときにはもう、二郎氏は眠っていた。
「しまった、飲ませ過ぎた」
「やっぱり! しかしよくまぁ短時間でこんなぐでんぐでんになりましたね……」
「肉親を亡くした上に多忙続きだったなら、そろそろ崩し時だと思ったんだよ。どんな人間でも、ずっと気を張っていられるわけがないからな」
「はー……よくわかりますね、そういうの」
「それにファルコンは『一郎と二郎は仲が悪かった』とは言わなかっただろ。そういうことがあれば嬉々として話すタイプの子だよ。だから実のところ、二人はそんなに険悪じゃなかっただろうとアタリをつけたんだが、大当たりだったな」
先生はさっと立ち上がり、二郎氏のデスクを物色し始めた。鍵のかかった引き出しを見つけると、懐から何やら道具を取り出して鍵穴に入れる。
「あのぉ先生、何でそこに大事なものがあるってわかったんですか?」
「承継の話になると二郎氏の視線がこっちを向くんでな。いかにも大事なものを置きそうな場所だし、試しに適当言ってみたら当たった」
当てずっぽうがすごいな……おれが呆れている間に、先生は引き出しの鍵をカチャカチャといじった。
「よし、開いた」
「は!? 何すかその鍵開け技能!?」
「しっ、絶対秘密にしとけよ」
先生は引き出しを開け、中から一通の封筒を取り出した。表書きと中身を検めると、
「一郎氏から預かったっていうのは、これのことだろうな」
と言ってニヤッと笑った。
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