第12話 秘密基地団とミーティング only Disney Princess

 体育祭で演歌を歌ってから、高木くんや翔之介を電話番にして、斎藤宏介さんが私に対してスピーカフォンを展開することが増えた。特進クラスなのでさすがに授業中は遠慮してくれたが、それでも頻繁に声を掛けてくれるようになった。全校生徒の前で演歌を歌ってのけた私の存在を、藤原さんが気にしているらしかった。

 藤原さんは音楽の甲子園で日本一になった人、と聞かされていた。私は彼らの音楽を耳にしたことがなく、接し方すらわからず恐縮した。休み時間の度に展開され、疲れてしまった私を見兼ねて翔之介が、もう遠慮して欲しいと訴えたが、今度は学校では遠慮する代わりに、一回だけという約束で、自宅で電話を受けることになった。電話番は翔之介にお願いした。


 夜八時。自室で英語の課題に取り組んでいた。電話のベルが鳴る。私はとても緊張していた。

「はい、こんばんは」

『弥生、今大丈夫?』

 翔之介の声がした。私は途端にほっとして、声を出さずに頷いた。

『弥生、頷いている場合じゃないよ』

 翔之介が安心させようと優しい声で言った。

「ごめんね」

『謝らなくていいからね。話したいのはこっちだから』

 いつもの斎藤宏介さんの声だった。

「はい」

 私はやっとのことで返事をした。

『今日はね、ディズニーについて話そうか。弥生ちゃんもディズニー好きって聞いたから』

 斎藤宏介さんが話しを切り出した。今日は斎藤宏介さんが仕切ってくれるようだ。私は聞き慣れた優しい声にわずかばかり安堵した。

「わかりました。ディズニーなら私も話せそうです」

『弥生はディズニーと言えば、で思い入れのあるものある?』

「思い入れあるものと言えば、『美女と野獣』ですね」

『映像作品の方に行くんだね』

「そうですね。ウォルトさんの魔法は映像作品にあるって思っています」

『ディズニーランドの乗りものだったら何かな?』

「ピーターパン!」

『あ、美沙子と一緒だ』

『今の増川弘明の声ね。藤くんのバンドのギタリスト。今日は俺のバンドのメンバーと藤くんのバンドのメンバーがいるから。怖がらないでね。ちなみに美沙子ちゃんって言うのは増川の妹。今日は一緒なの。ここは、臼井のとある場所、と言っておこうか』

 斎藤宏介さんが気を遣って電話口のメンバーを紹介してくれた。

『俺もちゃんと聞いているから』

 翔之介が優しい声でいった。

『ピーターパンいいですよね』

 これが美沙子ちゃんの声。

「空飛んでる感じがいいですよね」

『ディズニーランド、行きたくなる』

 美沙子ちゃんが楽しそうな声を出した。私は女の子の声にほっとしていた。野球部のミーティングみたいに安心して話しても大丈夫そうだ。私は話しを受けて続けた。

「で、『美女と野獣』。どうして思い入れがあるかというと、たぶん、まともに見たディズニー映画の作品で、はじめてのものだったからです。おばあちゃんのうちで、レーザーディスクで見ました」

『レーザーディスクって古いね』

 増川先輩は親し気な声をだした。

「そうなんですよ。おばあちゃんがカラオケ好きで」

『あー、カラオケでレーザーディスクってあった』

 増川先輩が言った。

『ここで演歌に繋がってくるとは思わなかった』

 斎藤宏介さんは私が全校生徒の前で演歌を歌ったことにとても驚いたようだった。

「確かに、演歌聞いたのはおばあちゃんの家ですね」

『やっぱり』

『「美女と野獣」はどんなところが好きなの?』

「好きと言うか、魔法の使われ方が秀逸で」

『秀逸?!』

「そして、ベルが本を読むのが好きで、野獣のお城の中で、図書室に案内されて喜んでたシーンが共感持てますね」

『あー、私もそのシーン好き』

 美沙子ちゃんが気兼ねせず喋ってくれて、私も話しやすくなってきた。

「ですよね」

『さすが本好き』

『本好きっていうか、いつも図書館にいるイメージ』

「詩や短歌が好きですね」

『おっぱい思い出す』

 斎藤宏介さんが可笑しそうな声をだした。

『ディズニーに挟まないで』

 美沙子ちゃんが諫めた。

『なんだよいいだろお』

『魔法が秀逸って何?』

 美沙子ちゃんはディズニーの話しが気に入っているみたいだった。

「私が秀逸だと思う理由は、普通、ディズニーの魔法って、キスにかかるんですよ。王子様の」

『また、キスの話題かあ』

『大事です』

『今の声誰?』

『美沙子』

『弥生かと思った』

『続けて』

美沙子ちゃんが言った。

「シンデレラは置いておいて」

『いきなり置いとく例か』

「白雪姫は」

『毒リンゴの呪いを王子様のキスが解く』

「そう」

『シンデレラは?』

『魔女の魔法』

『魔法使いの魔法って言って欲しかった』

『置いとくんじゃないの?』

『いや、ストーリ確認しときたくて』

『12時になると魔法が解ける』

『皆さん、12時には帰りましょう』

『帰宅しとけ』

『帰宅しとけってもう一回斎藤さん言って』

『寝る時間にしろだって』

『斎藤は魔法使いなの?』

『童貞の話しすんの?』

『だからディズニーに下ネタ挟むなって』

「話し戻しましょう。『美女と野獣の魔法』は」

『「シンデレラ」と似てる!』

『タイムリミットがある!』

『「リトル・マーメイド」も時間制限ない?』

『白雪姫もオーロラ姫も寝てるだけだもんな』

『「美女と野獣」は呪いだろ』

「呪いは呪いなんですけど」

『魔女の魔法なんじゃないの?誰も死なないし』

『かませ犬死ぬだろ』

『それ、私の中では登場人物じゃない』

『ひでえ』

『なんだっけ名前?』

『ストロガノフ?』

『それ、ロシアの』

『ガストン!』

『野獣の名前は?』

『ないんだって』

『白雪姫みたい』

『魔法の話しは?』

『その前にさ、呪いは呪いなんですけど、の続きが聞きたい』

「呪いは呪いなんですけれど、それぞれ各々、不自由ながらも明るく暮らしているんですよ。その証拠に、ベルが来たあと、ディナーの準備をするんですけれど、燭台の給仕係が」

『ああ、あれね』

「キッチン中が魔法に彩られて、ダイニングで魔法が繰り広げられるんですよ。それが、『ミッキーの魔法使いの弟子』という作品の、魔法でしっちゃかめっちゃかになるシーンにオマージュされているようで、楽しげで、ノリが良くって」

『まるで魔法みたい』

「そう、呪いをかけられているからこその魔法のおもてなしタイム!」

『恋もある!』

「そう!」

『素敵!』

『恋って何?』

『給仕係と掃除のメイドさんとか、ピアノ弾きと衣裳係とか』

『詳しいねえ。私、もう一回見たくなってきた』

「で、魔法。魔法は3つある。“野獣を野獣にしておく魔法”」

『呪い!』

『私、野獣の姿も結構好き!』

『それ、ディズニーの魔法!』

「願ったところの様子を覗ける“手鏡”!」

『そんなのあったっけ?』

『けっこう重要なシーンであるよ』

「そして、魔法が呪いになる瞬間の時を告げる、“魔法のバラ”」

『“魔法のバラ”って響きがもういい』

『あれ、いいよね、綺麗で』

『魔法が呪いになる瞬間の時を告げるっていい!』

『なるほど、これから呪いになるのね』

『一生、野獣!』

『ガストンにしとけ』

「バラにガラスケースというモチーフが、ちょっと『星の王子さま』っぽくていい!」

『確かに!』

「“キス”っていう、いわゆる単純なディズニープリンセス物語の魔法とはちょっと違って、物語を盛り上げてくれていい!それに、ふたりでホールでダンスを踊るシーンが、ふたりの心を近づける重要なファクターになっていて、まるで、『アラジン』で魔法の絨毯に乗るシーンみたいで素敵!」

『あの、シーン、とっても素敵だよね。ドレスがふわってなるところが好き』

「で、『アラジン』」

『「アラジン」に行くんだ』

「『アラジン』は2番目に好き」

『2番目?!』

「『アラジン』のいいところは、ジャスミンの帝王学の在り方と、アラジンとジーニーの友情にある」

『「アラジン」で帝王学って言う言葉が出てくると思わなかった』

『そうだ、あの魔法使いは“ジーニー”っていうんだった』

『“アラジン”って勘違いしちゃうよね』

『帝王学ってどういうこと?』

「ジャスミンはしっかりした帝王学の教育を受けていて、自分は将来、父親の跡を継いで、自分の国を治めていこうっていう、気概がある。真実の信頼と愛情で結ばれるわけではない縁談には見向きもしない」

『確かに』

「でも、城下の実態を肌で感じたことはない。まず、例の絨毯の前に、城下でアラジンと出会い、町を逃げ回る。そして、自分の住むお城を、アラジンの秘密の隠れ家から眺める。これは例の絨毯の、大切な前振り。魔法を使わず、普通に城下を見ることね」

『そうだね』

『手を取り合って逃げるのも楽しそう』

「で、大切なのは」

『絨毯?』

「違うんだな、これが」

『何?』

「『アラジン』でいちばん大切なのは、ジャスミンとアラジンの恋、じゃあない」

『違うの?』

「『アラジン』の中で、ジーニーは、自由になりたいと願って、アラジンは、ジーニーの友人として、最後のひとつの願いで叶えてあげるって約束する。そして、実際に最後のひとつの願いを目の当たりにしたとき、魔法で王子様になって、ジャスミンに求婚するか、ジーニーを自由にするという願いを叶えて、友情を守るか、考える。そこで選んだのは、友情。最後のひとつの願いで叶えたのは、ジーニーの自由。ここが大切」

『そうなんだ』

『話術に飲み込まれるぞ』

『面白い』

「ジーニーは自由!ランプの呪いから!」

『繰り返すね』

「ジャスミンは自由じゃない!自由になれるのは、絨毯に乗った時だけ!なぜなら帝王学が身についているから!」

『魔法でも自由になれないジャスミン』

『キスしたら?』

『いちおう、仮初でも自由を味わっただろ』

「ジャスミン、とアラジン、二人は心を通い合わせるのに魔法の力を借りたけれど、結ばれるのに必要だったものは、愛情と信頼、そして勇気。ジーニーを自由にして友情を選んだからこそ、確かな信頼関係で結ばれるふたり!そして、魔法の絨毯のように浮ついたふたりではなく、街を逃げ回ったときみたいに、手に手を取り合って、生きていく。おしまい」

『おしまいなの?!』

『「アラジン」の話題で“A whole new world”出て来なかった』

「それはね、これからなの」

『これから?』

「実はね」

『その前に、ジャスミンとジーニーってキスしたの?』

『アラジンだろって』

『ジャスミンとアラジン』

「手を取り合っただけ」

『プラトニックラブか』

『プラトニックラブは、キスしていいことにして!』

「私もそうして欲しい」

『斎藤!』

『斎藤呼ぶな!』

『実はねの続き』

『寝かしつけの絵本読んでもらってるみたい』

『藤くん、大丈夫?ちょっと居眠りしてたよ』

『大丈夫、覚えてるって』

「で、実はね、私が魔法の絨毯に乗せて欲しいのは、ジャスミンもいいんだけれど、アリエル!」

『アリエルって「リトル・マーメイド」の?』

「そう。アリエルはね、王子様に会うために、歌を歌うことが大好きなのに、自分の声と引き換えに“足”を手に入れるという、大冒険をするの。王子様に出会ても、話すことができない。このね、自ら自分の領域を出ていくってところがいいの。勇気と度胸で“足”を手に入れて、自分で王子様の領域まで、いわゆる家出!反抗期!」

『アリエルが目指すのは“下北沢”なの?』

「それもいいね。でね、歌もいい。歌っていうか、曲っていうか」

『ミュージカルだから、歌でいいんじゃないかって、藤くんが言ってるよ』

「そっか、ありがとう。歌はね、“ Part of the wold”、“Under the sea”、“Kiss the girl”と粒ぞろい」

『“Kiss the girl”なんて歌あったっけ?』

「アリエルもね、声を取り戻して、足を固定させるためには、王子様のキスが必要なの。キスしてもらえないと、呪いで海の底の泥の妖精になっちゃう。それを防ぐためにね、三日後の日没までかな?キスしてっていう歌」

『時間制限キター!』

『アリエルの王子様は名前あるの?』

「エリック王子ね」

『エリックとフィリップって似てるね』

『弥生さんが一番好きなプリンセスはアリエルなの?』

「どうかな?ベルの方が好きかな?」

『そうなんだ』

『アリエルが魔法の絨毯に乗りたいって可愛い』

「ね、いいでしょ」

『証拠を示せだって』

「ねえ、これなにかしら?あなた知ってる?」

『急に何が始まったの?』

『あれだろ、アリエルがアジトで歌う歌だろ』

『アジトって』

「これは何に使うのかしら?なんて名前なのかしら?とっても、不思議ね。人間はどうしたら、こんな不思議なものを発明できるのかしら?」

『なにが不思議なんだろうね』

「あら?これは音が出るみたい。楽器かしら?」

『楽器のことなら任せろ』

「ねえ、あなた知ってる?」

『下北のことなら任せろ』

「♪おしえてー。歩いて、走って、日の光浴びながら。行きたい、人間の世界へ」

『いいね』

「私、アリエル。魔法の絨毯に乗せて!大空を飛び回ってみたいわ!さあ、お嬢さん、手を取って。Trust me!」

『アラジンか』

「♪みせてあげよう。輝く世界を。お城を抜け出して、大空へ。♪楽しみだわ。少し怖いけれど、あなたと一緒なら、どこまでも。大空、目が眩むけれど、まるで流れ星みたい。この空を駆けてゆく」

『“A whole new world”が、アラジンのパートから始まるのいいね』

『こんな歌だったけ?だって』

「歌詞はね、適当だけれど、だいたい意味は合ってると思うよ」

『最初に歌ったアリエルの歌は何なの?』

「“Part of the wold”」

『なんか、弥生さんみたいだね』

「私も皆の仲間に入りたいなあ。この時間に会える皆さんが羨ましい」

『下北は無理でも、この集まりに来てみたら?案外近いなって思って驚くかもよ』

「うーん、私はこの時間に外出は無理かなあ」

『なんか理由があればいいんじゃないの?』

『俺たちとしたいことある?』

「うーん。天体観測かなあ」

『天体観測?!』

『また、乙女チックだなあ』

「弟の部屋にね、天体望遠鏡があってね」

『凄いね』

「うん、入学祝いかなんかでもらったやつ。けっこういいものだんだけれど、使ってなくってもったいなくて。皆と天体観測でもできたらいいなあ」

『夜じゃなくて、朝方ならどうかって4時とか。早起きして』

『朝方って天体観測できんの?』

『この時間に話すからいいんじゃないの?』

『でも、夜遅いの無理だろ』

「私の感覚だと、4時は早起きじゃないなあ。明け方だと、こっそり家出ようとしたらバレそう。それより、丑三つ時がいいかも。深夜2時とか」

『逆にいいかもね』

「それなら、家族はぐっすり眠っていて、そーっとだったら家出れるかも」

『家出』

『大袈裟だろ』

『アリエルみたい』

『足はチャリ』

『どこで待ち合わせする?』

「踏切はどう?ユーカリが丘で唯一の踏切。ユーカリが丘じゃなくて、あそこは上座かなあ」

『ああ、あそこね。近くにジャングルジムのある公園があるよね』

『踏切で待ち合わせってなんかいいね』

『丑三つ時って深夜2時をいうのかあ』

「天体観測をするには、厚手のレジャーシートを持って、天体望遠鏡もいるでしょ。水筒も持参して」

『随分大荷物だな』

「実行できなくなくても、待ち合わせの準備するの楽しい」

『本当に準備しちゃうの?』

「ほんとに準備したい」

『俺たち、本当に待ち合わせ場所に行こうか?』

『深夜2時に?』

『自転車でさ、面白くねえ?』

『いや、危ないから。おまえ、本当に実行しそうで、俺、怖い』

『俺らは大丈夫じゃね?』

『そんなこと言って、本当に来てるか見に来ちゃったら、危ないだろ。プリンセスは夜はちゃんとベッドで寝て。ベッドでも布団でもいいけれど』

『でも、夜の散歩ってなんかいいよね』

『そうだね』

「私、ちょっとわくわくしちゃった」

『なんか藤くんにして欲しいことあるかって。今日のディズニープリンセスの話し面白かったって。なんか、ディズニープリンセスにエールを送る唄を作ってみたくなったって』

「それは良かった。緊張していたけれど、楽しくお話しできてうれしかったです。美沙子ちゃんのお陰かな」

『藤くんも演歌の子と話せて嬉しかったて。何かお礼したいって言っているよ。藤くんにして欲しいことある?』

「“Part of the wold”を“A whole new word”して!」

『面白いおねだりだね。チケットくれって言われるのかと思ったって』

「だって、楽しみ。アリエルを魔法の絨毯に乗せる歌、唄って欲しい」

『藤くん、頑張ってみたいって。今日は、音楽瞑想モードに入っちゃったみたいだから。これでお開きにしようか?ベランダ出ちゃったの?』

「はい。少し、夜空を見たくて」

『俺たちも外の空気吸いに行こうか。弥生ちゃん、今日はありがとうね』

「はい、おやすみなさい。ごきげんよう」

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