肆.最後だって変わらない

 不審者は少しずつ、私に近づいてきた。

 今までのように、不審者は姿を隠すことなく私に近づいてくるのだ。

「えっ……嘘でしょ⁇」

 私は不審者が近づいてくるのに合わせるように、後ずさっていた。

「……これって……ラスト⁇」

 私がそう発した瞬間、不審者は私の方に向かって勢いよく走り始めた。

 まるで、陸上選手のような走り方だ。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」

 その姿を見た瞬間、私は前を向いて全速力で走り始めた。


 不審者の走る速度と私の走る速度は、あまり変わらないようだ。

 たまに後ろを振り返るが、あまり距離が縮まっていない。

 この状況をどうすればよいのか悩んていると、タイミングよくスマホの着信音が聞こえてきた。

 私は急いでカバンから取り出して、電話を取ったのだ。

「もしもし!!!!」

 私が大きな声で電話に出ると、相手は無言だった。

 こんな時にイタ電かよと電話を切ろうとした時だった。

「……お疲れ様です。山田です」

 電話の主は山田だった。

「すみません、夜遅くに。締切の件でお電話したのですが……」

「今それどころじゃないのぉぉぉっっっ!!!!」

 私は走りながら大声を出した。

 こんな状況で、締切とかそんなん言っている場合ではない。

 山田は電話越しに小さくため息をついているようだ。

「わかりました。では、明日……」

「いやいや!!⁇それよりも助けてよ!!!!」

「……はぁ⁇」

 走りながら助けを求める私に対して、どうして山田がキレ口調なのかわからない。

 だが、山田ならこんな状況にいる私を助けられるはずだ。

「山田!!あんた、超能力者でしょ!!⁇今、こっちで大事件が起きているから、助けてちょうだい!!!!」

 私がそう言うと、次は大きなため息が聞こえてきた。

 あまり気にしないようにしていたが、少しずつ苛立ちが募ってきた。


 ――あああああっ!!!!


「うっそ!!⁇」

 突然、後ろから奇声が聞こえてきた。

 振り返ると不審者の走る速度が先ほどより速くなり、少しずつ私に近づいているのだ。

 私も追いつかれないよう、今よりも速く走ろうと必死に足を動かした。

「……超能力者ではありません。でも、悪い感じはしないんで大丈夫だと思いますよ」

「この状況で!!⁇」

 悪い感じはしないと言っているが、私を追いかけてきている時点で、ヤバい感じしかしない。

 それなのに、コイツは何を言っているんだと問いただしたい。

 やはり、コイツにはそんな能力無いのではないか。

「もう足が限界なのー!!!!何かこの呪いを終わらせる方法は無いの!!⁇」

 まだ走ることはできるが、足の速さには限界がある。

 これ以上、不審者が早く走ってきたら逃げ切れる気がしないのだ。

 だから、おはらいなりなんなりしてもらいたいと言うのに……


「もう少し頑張れば終わりますよ。では」

「えっ⁇ちょ!!」

 そう言って山田は電話を切ってしまった。

 危機的状況にいる私をこんなあっさり見捨てるやつが、私の担当でいて良い訳がない。

「ちょっとー!!!!やまだぁぁぁっ!!!!」


 ――ああああああああああああっっっ!!!!!!


 先ほどよりも大きな奇声が聞こえてきた。

 その声は、もう真後ろで発しているように聞こえた。

 もう追いつかれるのではないかと言う恐怖に、私は振り返ることができなくなっていた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」


 もう追いつかれる、そう諦めかけた瞬間だった。

 私の目の前に、突如とつじょとして両手を広げた人が現れた。

「ミノーリー!!!!!!」

「ぎゃぁぁぁっっっ!!!!⁇⁇」

 私は勢いよく、目の前の人にぶつかった。

 私がぶつかった瞬間、その人は私を抱きしめるようにギュッと抱いてくるくると回り始めた。

「はっ⁇えっ⁇あっ⁇」

 混乱する中、私は抱きしめてくる相手の顔を見た。

「えっ⁉お父さん!!!!」

「はっはー!!!!久しぶりだなー!!!!」

 そう言うと、父親は私をギュッと抱いて顔をすり寄せてきた。

「ちょっと⁉髭が痛いんですけど!!!!」

 大きな声で笑う父親に、私も釣られて笑ってしまった。

 私達が騒いでいると、玄関の電気が点いて扉が開いた。

 開けたのは勿論もちろん、母親だ。

「あんた達、近所迷惑だから早く家に入りなさい」

 いつもなら怒鳴り散らしそうな母親だが、今日は穏やかだ。

「はーい」

 そう言って、父親が私の手を掴んで家に入れようとしたのだが、私はふと思いだした。


「さっきの不審者!!⁇」

 先ほど走ってきた道を見ると、遠くの方で不審者がこちらをじっと見つめていた。

 そして、にこりと微笑んでスッと消えていったのだ。

「ミノリ⁇早くおいで」

「……はーい。あっ、お父さん」

 玄関に入る直前、私は立ち止まって父親に声をかけた。

「うん⁇どうした⁇」

 父親は不思議そうな顔で、私を見つめてきた。

 私が小さい頃から海外を飛び回るような父親だ。

 私が一人暮らしを始めてから、もう何年も会っていない。

 それでも、今までと変わらずにいる父親に安心している私がいた。

「お帰りなさい」

「⁇ただいま。でも、帰ってきたのはミノリだぞ⁇」

 そう言って笑いながら、私達は家の中に入って行った。

 久しぶりに家族全員がそろったのだ。今日はたくさん話をしよう。


 ……そう思ったのだが、リビングに入るなり私と父親は床に正座をさせられた。

 先ほどまで穏やかだった母親とは打って変わって、鬼のような形相をしている。

 どうやら、モリモリがいると思っていたようだ。

 いないとわかるやいなや変貌した。

 その日は結局、母親の長い説教を喰らって終わったのだった。


 ……


 それから数日が経ち、私はいつものように山田と打ち合わせをしていた。

 なんとか締切も間に合い、次回の話を終えた私は、出版社の前まで山田のお見送りを受けているところだ。

「……それで、呪いは終わったわけです」

「はぁ、よかったですね」

 まるで興味の無さそうな山田の反応に、少しだけ苛立ちを覚えた。

 あの時、父親が現れてくれなかったら私は不審者に掴まってしまっただろう。

 それすらも山田は分かっていたと言うことだろうか。

 そうじゃなければ、かなり適当なことを言うやつとしか言えない。


「まぁ⁇山田さんのおかげではありませんが、呪いは終わったのでもう大丈夫です。もう、こんな呪いなんてへっちゃらですよ!!」

「そうですね。その調子なら……次も余裕そうですね」

 そう言うと、山田は立ち止まった。

 どうやら入り口まで辿り着いてしまったのだ。

「えーっ、もう少し話をしたかったのになー。まだ話し足りないのになー」

 呪いの後の時間の方がとても長かった。

 やっと呪いの話が終わったので、ここからが本題だと言うのに、これで終わるのは楽しくない。

 そう思って私がぶーぶーと言っていると、山田はこちらに振り返った。

 振り返った山田は、いつもの仏教面と違って爽やかな笑みを浮かべていた。

「海藤さん……少し、目を閉じていてもらえますか⁇」

「えっ⁇」

 何、この展開。

 山田は何をしたいのだ。

 そんな気持ちで山田を見つめるが、何を考えているのかよくわからない。

 昔の私なら、ここから恋愛物語が始まると思ってしまう。

 だが、今の私はしっかりと山田を疑える女だ。

 コイツが何をするか予想を付けられるはず……だが、目を瞑るとは何なのか。

 何をするのかわからない。

 私は決意して、ギュッと目を閉じた。


 ……


 ……


 いつになっても、山田は何もしてこない。

 待てど暮らせど、何もない。

 どうしようかと困っていると、スマホの着信音が聞こえてきた。

「すみません、山田さん……電話、取ってもいいですか⁇」

 私は目を閉じたまま山田に問いかけたが、返答がない。

「……電話、出ますねー⁇」

 そう言って、私はスマホを手探りで探して電話に出た。

 こんな何か起きそうな状況で、誰が電話をしてくるのだ。


「もしもし⁇」

「お疲れ様です。山田です」

 その声に、私は目をかっぴらいた。

 辺りを見渡すと、周りの世界は歪んでいた。遠くから悲鳴や機械音が聞こえてくる。

「呪いがへっちゃらな海藤さんなら、今回も大丈夫だと思います。では」

 そう言うと、山田はさっさと電話を切った。

 茫然ぼうぜんとする私のところへ徐々に、機械音が近づいてきた。

 機械音がする方へ視線を向けると、ボロボロの子ブタが徐々にこちらに近づいてきているのだ。

 手にはチェーンソーを持っていた。

 どうやら、今回も私は異世界召喚されてしまったようだ。


 私はプルプルと震えながら、もう繋がっていないスマホに向かって気合を入れて叫んだ。

「山田のバッカヤロー!!!!!!!!」

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ホラー小説は如何なものかと 紗音。 @Shaon_Saboh

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