参.昼ドラはアツい

 この物語ができたのは、私が高校生の頃だ。

 母親が家で昼ドラの録画を見ている時に、横で私も見ていた。

 ドロドロの恋愛劇に、私は驚愕していた。

 主人公と婚約者の相手が相思相愛かと思えば、婚約者には心に決めた相手がいたのだ。

 裏で逢引きをしていて、十八禁の世界が広がることもあった。

「お母さん……こんなん観て、楽しいの⁇」

 主人公は頭がお花畑で、裏で悲惨なことが起きているのに気づかない。

 そんな状況をはたから見て何が楽しいのだろうか。

「いや、他人の不幸は蜜の味って言うでしょ。そう言う気分で観るもんなんじゃない⁇」

 母親は煎餅をバリボリと食べながら、テレビに釘付けになっていた。

 テレビに夢中になっているので、そっと煎餅に手を伸ばすが、ギリギリで気づかれて叩かれるのだ。


「これ、現実にあったらどうする⁇」

「なるようになれとしかいえないわね」

 テレビでは怒涛な展開が繰り広げられており、登場人物それぞれの表情がくるくると変わる中、私と母親は終始無表情で見ているのだ。

「ねぇ、お母さんはお父さんとは昼ドラ的な恋愛したの⁇」

「さぁ⁇気づいたら居たわね」

 照れ隠しなのか、それともその言葉通りなのかはわからないが、母親は父親との恋愛については教えてくれなかった。

 二人がそろって話している時も、母親はこんな感じなのだ。

 だから、結婚と言うのはこう言うものなのかもしれない。

 こう言う昼ドラのような情熱的な恋愛を求めた輩が、結婚は墓場だと言うのだろう。

 理想と現実はこんなにも違うとショックを受けるのはいいが、こんな人生だったら大変だろうに。

 夢は起きてみるもんじゃないと言う言葉が、胸に沁みる。


「たっだーいまー!!」

 玄関から父親の声が聞こえてきた。

 どうやら、帰国したようだ。

「お母さん、お父さん帰ってきたよ」

「んーっ、後でね」

 そう言いながら、母親はまた煎餅を取り出してぼりぼりと食べていた。

 誰も出てこないことに気付いた父親は、ドタバタと廊下を走って居間にやってきた。

「ただいまー!!ただいまただいっまー!!ハーイ、ハニー!!ハーイ、ミノーリー!!愛しのパッパーが帰ったよぉー!!!!」

 帰宅して早々賑やかな父親だ。

 私達の背後でわーわーと騒いでいるが、誰一人父親の方に振り返ることはなかった。

「おかえりー」

 私は後ろ向きで挨拶をした。

 ちょうど良いところになってきたのだ。

 婚約者が浮気相手とホテルにいるところを突き止めた婚約者の母親が突撃に来たのだ。

 この後どうなるのかと緊張が走っている時だった。

 突然後ろからギュッと抱きしめられたのだ。

「ぐぇっ!!ちょっ、くるしぃー」

「美乃利ーパパは寂しいぞー!!パパの相手をしてくれー」

 小さい頃から子どものような父親だったが、私が大きくなってもそれは健在だ。

 海外から帰ってきたら、より子ども化している気がする。

「ちょっおとーさーん!!髭剃ってないでしょーじょりじょり痛いから剃ってきてー!!」

「じょりパパは今だけだぞー⁇しっかり堪能してくれー」

 ケラケラと笑いながら、私の横顔に髭を擦り付ける父親にバタバタと暴れながらも楽しんでいた私は、次に何が起きるかなんて想像していなかった。


 バンッッッ――


 大きな音がして、私と父親はじゃれるのを止めて音がした方を見た。

 母親がテーブルにリモコンを置いたのだ。

 母親の顔を見ると、鬼の形相になっていた。

「あんた……帰ってきて早々うるさいんだけど、私がテレビ見てるってわかってる⁇」

 録画なんだから止めればいいだろうと思うが、そんなことを言えるわけがない。

 急いで母親の方に近づいて、ごますりを始める父親だが、母親の怒りは収まらなかった。

 ワーワーと騒ぐ二人を、私は母親の煎餅を食べながら見ていた。

 もしもあの二人が大恋愛の末に結婚したとして、こんな現状となったらどうなるのだろうと考えていた。

 怒り終わった母親がこちらを見た時には、私は母親の煎餅を食べ尽くした後だった。

 私も父親と同様に激怒され、二人仲良く母親の後ろに正座させられたのだ。

 そのままドラマの続きが始まった。


「なぁ、美乃利。このドラマってなんなんだ⁇」

 父親は小さな声で私に聞いてきた。

「わかんないけど、昼ドラだよ。そろそろクライマックスかと思ってんだけど……」

 その時だった。

 主人公が婚約者の浮気を知ってしまったのだ。

「あわわっ、可哀想に……最低な男だな!!」

 小さいながらに怒りのこもった声を父親が出した。

「そりゃあ昼ドラですから……」

 そう言いながら、私達はテレビに釘付けとなっていた。

 主人公は泣き喚き、婚約者にすがりつきながら別れたくないと懇願していたのだ。

 小さい頃からの幼馴染らしく、回想シーンなんかも出てきた。

 当たり障りのない内容を私はぼーっと見ていたが、父親は号泣していた。

「うっ……ううっ……愛が……愛が無いなんて……こんなに健気な子に……」

 ティッシュで鼻を噛みながら、父親は主人公に感情移入をしていた。

 確かに昔からの仲で、結婚まで目前だと言うのにこんなのは酷い気がする。

「……そんな男忘れて、新しい愛を探しに行こう!!!!」

 父親は大きな声を出してしまい、母親にギロリと睨まれた。

 小さくなる父親を見て、私も思うのだ。


(ここにも愛はあるのだろうか)


 そして、婚約者が思い出の数々や主人公の想いに心打たれ、改心して抱き合うのだ。

 父親は号泣しながら、拍手をしていた。

 その時、主人公の携帯のバイブが鳴ったのだ。

 スッとカバンが映り、カバンの中の画面が見えたのだ。


『今日は何時に部屋に来れる⁇』


 そう、主人公も浮気をしていたのだった。

 父親は驚愕してしまい、開いた口が塞がらなくなっていた。

 昼ドラらしい展開だが、永遠の愛なんて存在しないのだろうと理解させてくれる作品だと私は感心したのだ。

 だが一番の衝撃は、ホテルに直撃した婚約者の母親が殺されてしまっている事だ。

 そして、その後は幽霊のように夢の中に現れて、『本当に愛しているのか⁇』と主人公と婚約者を困惑させていたのだ。


 B級映画のような昼ドラだったが面白かったので、そこら辺の設定を真似してこの作品を書いたのだ。

 つまり、都市伝説級のお化けの前で二人の愛を見せつければ、この物語は終わるのだ。

 それが恋人ならできただろう。

 だが、書いた作品も今の私も、見知らぬ相手なのだ。

「お姉さん、大丈夫っすか⁇」

 心配そうに私を見つめるガングロ男子を、私はじっと見つめた。

 腹を括るしかないと決めて、彼の手を掴んだ。

「私とひと夏の愛を始めましょう!!!!」

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