海の呪い
壱.ご褒美は取材で
「うーみーはーひっろいーなーおおっきーいなー」
夏の太陽は、私を燃やすかのようにかんかん照りつけている。
いつもなら、魂を抜かれるかと思うくらい苦手な太陽も、今日だけは私・
そう、まるでスポットライトのように。
「みのみのー。不審者にしか見えないっすけど大丈夫っすか⁇」
スポットライトを隠すように、私の前に影を作りながら心配する男、彼は
どうやら気分よく歌っていたのが、モリモリに聞こえてしまったようだ。
自重せねばならない。
「ってか、よくそんな水着見つけましたねー⁇浮き輪も独特だから、異種族にしか見えないっすよ!!」
モリモリに言われて、私は自分の姿をチラリと見た。
足先から頭までを覆う緑色のスーツ、眉毛から顎の上辺りまでしか出ないこの水着は、日焼けしないから良いと思ったが、どうやら珍しいようだ。
浮き輪は沼の葉をイメージしたと聞いていたが、いざ浮き輪を膨らませると大量のわかめが貼りついているようにしか見えない。
この浮き輪に乗ってぷかぷかと浅瀬を浮いているが、近くに人はいない。
私のいる場所は海水浴できるところの一番端なのだ。
だから人がいないのだと思う。
中央辺りには人が結構いるのだ。
きっと人間は同じ場所に集まって、ぶつかり合いながら遊ぶのを好むのだろう。
私には到底理解できない。
この水着と浮き輪を買ったのは、河童展と言う謎の展示会に招待された時だった。
モリモリと海に行くので、水着を買わねばと思っていた時に出会った商品で、お店の人に人気商品だと進められて購入したのだ。
本当はくちばしと皿もセットで付いていたが、そんな恥ずかしい格好をできるわけがないと家に置いてきた。
「でも、これなら日焼けしなくていいでしょ⁇」
そう言うと、私はサングラスをくいっと眉間に近寄らせた。
日焼けは天敵だ。
綺麗に焼けるなら良いが、焼けたところに汗が溜まり、虫の卵かと思うくらいぷつぷつができたことがある。
あれは思いだすだけで、恐怖だ。
「ってかモリモリ、良いの⁇お仕事中なんでしょ⁇」
「あーっ!!!!ヤバいヤバい、行ってきまーす」
そう言うと、モリモリは中央のほうへ戻って行った。
なぜ、私がモリモリと海にいるのかと言うと、
私が所属している出版社、確か……サンコウ
そこで行われた新人小説大賞で、私は特別賞を取ったのだ。
タイトルはズバリ『コブタの人生選択』と言うメルヘンホラーだ。
担当の山田に恋愛系作品を封印させられた私は、何かしら別の形を取って山田をぎゃふんと言わせるべく書き上げたのがこの作品だ。
最初はタイトルで門前払いをくらったが、せめて中身を見ろとその日一日粘着して読ましたのだ。
そうしたら、思ったよりも山田に好評だった。
ただ、タイトルは許されず、決まるまでに三週間かかった。
最初は『ブッヒー運命のドキドキ分かれ道』だったが、徐々に変わって今のタイトルになったのだ。
登場人物はタイトル通り、豚だ。
メルヘンチックな見た目の二足歩行の豚が主人公で、事故で死んでしまうところから始まるのだ。
真っ暗な空間で困惑する豚の前に、一筋の光が差し込んでくるのだ。
その光は、この世界の神様・
主人公は清い心の持ち主で、事故で死んでしまうには惜しいと思った豚神が主人公に大きな瓶を渡すのだ。
これから、主人公にいくつもの選択肢を与えてるので、選択した内容を必ず主人公自身で実施するようにと言ってきたのだ。
成功すると瓶の中に液体が溜まり、失敗すると液体は増えない。
この瓶が満タンになったら、主人公を生き返らせると言うのだ。
主人公はその言葉を信じて、いくつもの選択をしていくのだ。
簡単なものから苦しい選択、心が抉られる選択もあった。
大きな瓶が満タンになり、豚神は約束通り主人公を生き返らせたのだ。
そして、主人公は
何がホラーかって言うと、死ぬまでは虫も殺せないほどの善人が、選択肢によって心が壊れていき、最後には殺豚鬼となって蘇るのだから怖いだろう。
「ふっふっふっ。これで、徐々にホラーからメルヘンへ。メルヘンから恋愛ものへと進化していくのよ!!!!」
大きな声で笑うが、笑いを止めると辺りはしーんと静まり返った。
どうして、中央辺りではわいわいと楽しそうなのに、ここはこんなに静かなのだろうか。
私は人混みの中にいるモリモリをじっと見つめた。
可愛い子や厳つい人、子どもにまで声をかけている。
そう。私が特別賞を取ったご褒美として、山田には飯に連れて行けと言い、モリモリにはどこかに連れて行ってとお願いしたのだ。
モリモリならばデートみたいな雰囲気か、わいわい遊びに連れて行ってくれると勝手な想像でお願いしたのだ。
まさか山田と同じく、取材に同行させるとは夢にも思わなかった。
今回の取材のテーマは『海で起きた不思議なこと』だ。
不思議に思えるならば、どんな内容でも良いのだ。
その話を聞くために、モリモリは老若男女問わず声をかけまくっているのだ。
女の人に声をかけているときはナンパにしか見えないが、老婆に声をかけている姿を見ると本当に取材しているのだとわかる。
稀に誰もいないところに声をかけているが、モリモリも疲れているのだろう。
「はぁ……暇だ」
モリモリの取材が終わるまで、私はずっと浮いているしかない。
こういう時、ひと夏の恋のような出会いがあると楽しいだろうに……誰も傍に寄ってこないのだ。
泳げれば楽しいだろうが、私は泳げないのだ。
カナヅチではないが、浮き輪なくしては泳げないのだ。
目を閉じて、ぷかぷかと浮いている。
陽に温められた海水はとても生温くて、眠りを誘ってくるのだ。
「ふっ……うっ……」
新人賞を取ったからと言って、これで終わりではない。
その波に乗って次も行きましょうと山田に言われたので、新たなメルヘンホラーを考えねばならない。
「あぁ……っふぐっ!!!!⁇⁇」
突然浮き輪から身体が落ち、海水の中に私は沈んだ。驚いて水中で目を開けた。
「ぶぐぐぐぐぐぐぐぐぐっっっ!!!!⁇⁇」
目が……目が痛いのだ。
じたばたと暴れながら、立ち上がろうと姿勢を正そうとした瞬間、腕を掴まれたのだ。
そして、ぐいっと勢いよく身体を引き上げられたのだ。
「ばぁぁっ!!⁇……はぁ……はぁっ。いだい……」
目に海水が入ったせいで、目が痛いのだ。痛みのあまり、目から涙が零れてしまった。
視界がぼやけてよく見えないのだ。
「うっうっ……モリモリ⁇ありがとう……目が痛い……」
少しずつ視界が開けてきて、目の前のモリモリが見えてきた。
真っ黒な肌に、金髪……確かモリモリは下は水着だったが、上はラッシュガードとか言う上着を着ていたはずだ。
こんな丸出しの真っ黒こげではなかった気がする。
じっと顔を見つめて焦点を合わせると、そこにはモリモリではない男が立っていたのだ。
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