肆.芸術は爆発だ

「とりあえず、黒いゴリラがいなくなるまで待ちましょう」

 私はそう言うと、先生の方を見た。

 先生はこくりと頷き立ち上がった。

「はっ!!そう言って私を取って喰おうとしてるのね!!そうはいかないんだから!!!!看護師さんに対してそんな言い方するなんて、あなたは昔から何も変わっていないわ!!」

 そう言うと、先生は扉を開けて黒いゴリラの方へドスドスと歩いて行った。

 黒いゴリラも足音に気付いたのだろう。

 振り返って先生を確認したようだ。

 話しかける先生を前に黒いゴリラは形態を変え、四つん這いになった。

 それに驚いた先生は黒いゴリラの反対を走っていった。

 それを追うように黒いゴリラも走っていった。

「……先生、あなたも変わっていませんね」

 ふっと笑い、私は立ち上がった。

 とりあえず、先生の尊い犠牲を胸に、私は自室に戻って眠りにつこう。

 捻挫とはいえ、足が痛いのだ。

 走って悪化したら最悪だ。

 ひょこひょこと私は病室を目指して歩いていた。

「………ぁぁぁっ」

 遠くから先生の奇声が聞こえる。

 もうやられたのだろうか。

 早く戻らねば、黒いゴリラが戻ってきてしまう。

 私はひょこひょこと飛び跳ねながら、急いで歩く。

「……あああぁぁぁっ」

 気のせいだろうか……先ほどよりも声が近くなってきている気がする。

 嫌な予感が過る。

 だが、もう病室は目の前だ。入って隠れてしまおう。

「ああああああっ!!!!みづげだぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 ドアハンドルを掴もうとする手側の腕をガッと掴まれた。

 あろうことかその勢いのまま引っ張られたのだ。

「いだだだだだだっ!!⁇ちょっ、先生……生きてたの!!⁇」

「なんなのよぉぉぉっ!!なんなのよぉぉぉ!!!!」

 私の言葉を無視して先生は走り続ける。

 後ろには黒いゴリラが一定の距離を保って追いかけてくる。

 思ったより、黒いゴリラの体系は細くなっていた。

 もしかしたら、私が国語のノートに黒いゴリラの絵を描いたのかもしれない。

 そうでなければこんなに細くなるはずが無いからだ。

「……ってマジで足が痛いから手を放してぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」

 私の言葉も虚しく、先生は手を放す事は無かった。


「ここよっ!!!!」

 先生はバンッと大きな音を立てて扉を開けた。

 そして勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。

 お互い走り疲れて息切れを起こしていた。

 私の場合、腕を掴まれた状態で後ろ向きに引っ張られたので、いつもと違う筋肉を使ってしまい死にそうだった。

 走りすぎて足がパンパンなので、もうどちらの足を捻挫したかわからない。

「……はぁっここどこですか」

「はぁはぁっ多目的ホールよ!!!!」

 何もないだだっ広い部屋、ここが多目的ホールか。

「……終わった」

「はぁっ⁉鍵かけたから大丈夫に決まってるでしょ!!⁇」

 扉をドンッと叩く大きな音が聞こえた。

 その音にハッとした先生は扉の方を見る。

「……ほらっ、来ないじゃない⁇」

 私はため息をついて天井の通気口を指差した。

 先生は何事かと通気口を見た。

 次の瞬間、ガシャンッと大きな音と共に黒いゴリラが降ってきたのだ。

「ひっ⁉」

 先生は尻もちをつき、ガタガタと震えていた。

 こうなった以上、先生には犠牲になってもらうしかない。

 私は硬直する先生に視線を下ろした。

 黒いゴリラは捕食できると判断したのだろう。

 私達の前で変則的な動きを始めた。

「……い」

 死ぬ前の遺言だろう。

 最期くらい聞いてあげようと耳を近づけた。

「すっっっばらしいいぃぃぃ!!!!」

 先生は絶叫した。

 私は驚いて尻もちをついた。

 耳をやられるかと思った。

 驚いたのは私だけではなく、黒いゴリラもそうだった。

「素晴らしい!!素晴らしいその動き!!神秘的!!はぁぁぁっもっと動きなさい!!さぁ!!さぁ!!」

 その言葉を聞いて、黒いゴリラは動き始めた。

 暗くて表情は見えないが、どう見ても先生を怖がっている気がする。

「あああっすっばらしい!!あぁ、描きたい!!描きたい!!紙と鉛筆よぉぉぉ!!!!」

 先生はそう言うと天に手を上げた。

 すると、先生の手に鉛筆が現れ、先生の目の前にはキャンバスが現れたのだ。

「嘘でしょぉぉぉっ⁉」

 驚きのあまり私は口が開いてしまった。

 先生は歓声を上げて絵を描き始めたのだ。


 どのくらいになるだろうか。

 私は先生の後ろ姿を体操座りして見ていた。

 黒いゴリラは相変わらず、先生の前で変則的な動きをさせられている。

 時折、ストップとか動くなと叱責が飛んでいた。

 私は途中で逃げ出そうとしたが、先生に怒鳴られ座って待つよう命じられた。

 そのため、体操座りをしながら心を無にしているのだ。

「よし!!描けたわ!!」

 そう言うと、先生はキャンバスに穴が開きそうなほどガン見し始めた。

 終わったとわかったのか黒いゴリラは動きを止めた。


 多分疲れたのだろう。

 そこに、ゆっくりと朝日の光が差し込んできたのだ。

「あっ……」

 黒いゴリラは自ら朝日の光に当たりに行った。

 徐々に粉となって消えたのだ。

 消える瞬間、黒いゴリラは助かったというような顔をしていた気がする。

 そりゃあ何時間もずっと動かされたら嫌になるだろう。

「さぁ、次を描くわよ!!」

 キャンバスを見るのを止めた先生は、先ほどまで黒いゴリラがいた場所を見た。

 だが、もうそこにはいない。

 辺りをキョロキョロと先生は見渡していた。

「あれ⁇どこに行ったのー⁉まだ私は描けるわよ!!美しく描いてあげるから出てきなさーい!!これも綺麗に描けたのよ!!!!」

 そう言って、先生はキャンバスを見せようとするが、キャンバスも黒いゴリラ同様に姿をくらましたのだ。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 きっと異世界召喚が終わったのだろう。

 先生のマジックパワーは切れてしまったのだ。

 私は奇声を上げる先生を背に、多目的ホールを後にした。

 私も先生と同じように椅子やらベットを召喚しようとしたが、できなかったのだ。

 高校時代からヤバい先生だと思っていたが、異世界で召喚するなんてただ者ではない。

 お礼参りをしようと思っていたのに、返り討ちにされるところだった。

「はぁ……チートほしいよ」

 私は自分の小説なのに、自分にはチート能力が無いことにショックを受けながら病室に戻った。


「退院おめでとうございます。では、お気をつけてお帰りください」

 ピンク色の制服を着た看護師さんがにこやかに挨拶をした。

 私はどうもと言いながら、帰ろうとした。

「あっ、そうだ。あのー水色の制服を着たふくよかな年配の看護師さんって今いますか⁇」

 私がそう言うと、看護師さんはにこやかに笑った。

「はい。当病院では私の着ている制服のみとなっています。水色は確か、昔のリニューアル前のものと記憶をしています。後、ふくよか……年配の看護師は当病院にはいませんが……」

 私はお礼を言うと、そそくさと病院を出てきた。

 もう二度とこんなところには来たくない。

 来るものかと決意して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る