弐.新たな世界

「そう言えば、美乃利ちゃん残念だったね」

 彼女は突然、わけのわからない事を言ってきた。

「……何の事⁇」

 私が首を傾げると、彼女は不思議そうな顔をしていた。

「えっ⁇だってこの前、岬に来たのって自分の作品を見に来たんじゃなかったの⁇」

「はっ⁇」


 あの岬に置かれた呪いのオブジェクト、実は美術の先生が運んだものだったそうだ。

 作品を輝かせるためにと崖ギリギリまで運んだのだが、足を滑らして先生は崖から落ちたそうだ。

 意識不明の重体で、ずっと入院していたそうだ。


「いやー、あの先生がこの前目覚めたんだよ。なんか『悪霊は去った』って、目覚めた拍子に口走ったとか」

 彼女はそう言って笑っているが、私は知っている。

 あの先生がどうして崖に持っていったかを。

 破壊しようとしていたのだ。


 私が高校一年生であの忌々いまいましい事件があった後、美術の先生にお願いをして呪いのオブジェクトの制作を始めた。

 最初こそ芸術は爆発とかパワーをすべてぶつけろとか応援をしていた。

 私が三年になり、もうじき完成すると言う時に突然制作を辞めるよう言ってきたのだ。

 出来上がってきた作品は、今にも飛び出して襲いかかりそうなほどの恨みを持つ女性のオブジェクトだ。

 当時の先生には禍々しく恐怖しか感じなかったようだ。

 完成後は家に持って帰るように催促してきたが、無視してたらそのまま忘れた作品なのだ。

 先生はよく『呪われる』とか『誰かに見られている』とか訳のわからない事を口走っていたが、私が卒業してから到頭行動に移したようだ。

 校長に許可を取って、美術室から呪いのオブジェクトを運び出し、手が滑ったとか言って海に落とそうとしたのだろう。

 逆に呪いのオブジェクトに負けて落とされたのだろう。

 そう考えると、先生が勝手に呪われていたから、それで終わりにしてほしかった。

 私や岬で出会ったゆうくんとあいたんが呪われたのは可哀想な気がする。


「でも、あの先生すごかったよね。『作品から怨念を感じる』とか、『制作者の悪霊が乗り移った』とかいろいろ騒いでたよね」

 当時はあの先生の言葉を聞いて、さらに怒りが溜まったのを覚えている。

 人を悪霊とか……まだ死んでないし、せめて生霊にしろとか思っていたものだ。

「もう、めっちゃ美乃利ちゃんの作品べた褒めだったよね!!」

 ほぅ、彼女にはあの先生の言葉すべて誉め言葉に変換されているようだ。

 だから先生は無事にオブジェクトを運ぶ事ができたのだと納得した。

「先生は今、リハビリ中なんだって。早く退院できるといいね」

「ねっ。お礼参りでも行こうかな」

 ニヤリと笑う私とは対照的に、彼女は嬉しそうに笑っている。

「でも、よくそんな情報が入ってきたね⁇」

「あっ、美術部の後輩から聞いたんだよー」

 そうか、美術部員でも制作したでもない彼女が、美術部の後輩と今でも連絡を取るほど仲が良いのかと、衝撃的事実を知って胸にグサリと棘が刺さった。


 外でブルブル震える後輩君が、非常に可哀想になったので何か差し入れをしてあげてと言うと彼女は笑顔で外に向かった。

 ふと、モリモリ達の方を見ると何やら話し込んでいるようだ。

 こういう時に話しかけるのって、人見知りの私には厳しい状態だ。

 じっと見つめる私にモリモリが気付いた。

「みのみのーどうしました⁇」

「あっいや」

「てか、カシオレ全然飲んでないっすね。美味しくなかったすか⁇」

 まるで浮気がバレた旦那のように慌てて言い訳を考えるにも思いつかない。

 だいぶ氷が溶けて薄まっているようだが、未だに黄色と紫色の飲み物は怪しい雰囲気に包まれている。

「……飲むよ」

 気合を入れて、目を瞑って飲もうとした。

「待って!!」

 そう言うと、モリモリは私のグラスを取った。

 そして、グラスに刺さっていた棒をぐるぐる混ぜた。

 黄色と紫色は徐々に混ざり、まるで生き血のようなものに変わってしまった。

「はい、これでよし。どうぞ」

 そう言うと、モリモリは笑顔でグラスを渡してきた。

 モリモリの笑顔がまたも悪魔の笑みに見えて怖い。

 だが、もう逃げ道は無いのだ。

 私は目を瞑り、勢いよく悪魔の飲み物を口に注いだ。


「……美味しい⁇」

「でしょ!!カシオレ最高でしょ!!」

 モリモリは笑いながら、お代わりを注文していた。

 私はアイスミルクの他に、カシオレと言う飲み物を知った。

 甘くて少し酸っぱい……これなら喫茶店とかに行った際、カシオレを頼むのもありかもしれない。

 アイスミルク以外を注文できるよう、今日……私は進化したのだ。

「あっ、で何でしたっけ⁇」

「んっ⁇あぁ、何の話してるのかって思って」

「山田先輩の霊能力についての話ですよー」

「おいっ」

 一瞬、はっと言いそうになったが、ぐっと堪えて山田にゆっくりと視線をズラした。

 山田が霊能力……とは何なのか。

 そして、私の視線に気づいたのか山田はまたもそっぽを向いた。

「山田先輩、小さい頃から幽霊が視えて祓えちゃうんですよー。この前のマンションの時も助けてくれましたし」

「……なにしたの⁇」

「えぇっ⁇扉開けてくれたじゃないですか⁇屋上の扉」

 そう言えば、あの時扉が突然頭にぶつかってきたのは覚えている。

 あれは山田のおかげなのか。

「それにほら、これ見てください」

 そう言うと、モリモリはスマホの画面をこちらに見せてきた。

 そこには熊の置物と赤い着物を着た女の子のフィギュアがあった。

 周りには塩が置いてある。

「これ。使った後はしっかりと清めて時が来たら、燃やすんだって」

 熊の置物……赤い着物……なんとなく見た事がある気がするが、すぐには思いだせない。

 だが、今でも覚えている事はある。

「山田さん……あの時、私、頭がとても痛かったんです」

「そうですか」

 こいつはやましい事があると、顔を合わせなくなるのだと私は悟った。

「そもそも、そうなる前に助けてくれても良かったのでは⁇」

「問題無いならいいじゃないですか」

 確かに今、ここにいる時点で問題はないだろう。

 だが、前もって助けてくれてもいいではないかと怒りがき上がってくる。

「私!!今回の事で、小学校にいた人気者女の嫌な思い出まで思いだしたんですよ⁉」

「あっ⁇あの女、またなんかやってきたの⁇」

 後輩君のところから戻ってきた彼女は、私の言葉を聞いたせいか切れていた。

 彼女は小学校にいた人気者女とは面識がないはずなのに、どうして知っている口調なのだろうか。

「あっあの……横川さん⁇」

「うん⁇美乃利ちゃん、早紀って呼んで」

 顔が百面相のようにコロコロと変わる彼女……早紀さんはとても可愛いような怖いような感じだ。

「あっ、早紀……さん。どうして知ってるの⁇」

 そう言うと、早紀さんは笑顔で話し始めたのだ。


 ある日、私がいつものように喫茶店でアイスミルクを片手に勉強をしている時に、例の人気者女が近づいてきたのだ。

 最初は普通に久しぶりとかそう言った事を言っていた。

 いつの間にか周りに自分の友人を集めて、私を馬鹿にしてきたのだ。

 呪いの人形を渡す酷いやつとか、ぼっちとか、頭が悪いやつだとか。

 まぁほぼ合っているがな。

 一頻り馬鹿にしていなくなったあの女への怒りを、私は小説に変えた。

 家でいつものように発狂しながら。

 だが、その光景を見ていた彼女、早紀さんは違った。

 あの女の帰り際、裏に連れ込み二度と面を見せるなと脅したそうだ。

 脅すだけでは大人しくならなそうな気がするが、私が知っていていい部分はここまでのようだ。

 確かにそれ以降、あの女の姿を見る事はなかった。

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