肆.この中で一番べっぴんなのは誰⁇

 私は今、掃除道具入れの中にいる。

 閉じ込められているのではない、違うのだ。

 身を隠すのに良いと思ったから隠れている。

 宝石投げおっさんのせいで玄関への道は閉ざされてしまい、障子は不思議な事に開かなかった。

 外に出ようにも、縁側から外に出ようにも雨戸が閉まっている。

 こちらも鉛かと思うくらい、重くてビクリともしないのだ。

 そのせいで、外の世界と遮断された状態になっている。

 室内は暗いかと思いきや、電球が無いとこも不思議な事に明るいのだ。

 なんとか暗くなっている場所を探した結果、見つけたのはこの掃除道具入れの中だけだった。

 私は中に入って体操座りをして息をひそめ、近くに誰もいない事を確認した。

 問題なさそうなので、再びモリモリに電話をかけた。

 またも三コール内で出てくれた。


「……モリモリ⁇」

「あっ、みのみの!!生きてましたー⁇」

 少し時間が空いたせいか、先ほどの緊迫感がないようだ。

 腫れ上がった目の私を見たら、そんな軽い喋りなんてできないはずだと思う。

 だが、私はそこにいない。

「……家、着いた⁇」

「はい!!ただ、家の鍵が無いのでいっちーの家に来てるんです」

「もっしー⁇みのみの。大家のいっちーです」

 モリモリはふざけた事ばかり言うが、やる時はやる男だ。

 私が言わなくても、大家さんにお願いしに行く事ができるなんて頭が良すぎる。

 だが、なぜ大家さんはモリモリみたいになっているのか、なぜあだ名で私を呼ぶのかは不明だ。


「んーっ。総一郎君、やはり儂は左が一番だと思うんだが」

「えーっ⁇いっちーは右から二番目じゃないんですかー⁇」

 モリモリと大家さんは初対面なはずなのに、私より仲がよさそうに聞こえる。

 気のせいだろうか。

 それに、鍵を借りに来たはずなのに別の話をしている。

「モリモリ……大家さんと何の話をしてるの??」

「あー。この中で誰が一番かを決めてるんです」

 確か私の記憶では、大家さんは独り身だったはずだ。

 それに大家さんの犬は、老犬かつ去勢された雄犬のはずだ。

 大家さんと同じく独り身のはずだから、子犬が産まれるなんてありえないはずだ。


「誰か……いるの??」

 私は恐る恐る聞いてみた。

 別に電話口から声がする事もないので、霊障とかではないだろう。

 もしもモリモリ達に何かあったら、私がここから抜け出せなくなるかもしれない。

「そうなんだよ、みのみの。儂はいっちばん左のばあさまが一番綺麗じゃと思うんだが、どう思うかね??」

「はっ⁇」

 本当に大家さんがモリモリみたいになっているのかわからないが、ばあさまという事は誰か来ているのかもしれない。

 左とか右とか言っているので、モリモリと大家さんの前にばあさまが列を組んで並んでいるのだろうか。

 答えようにも見てもいないから、わかるはずがない。

「えぇーっ??そんな事言ったら奥さんに怒られちゃうよー??こんな美人さんなのにー」

「いや、アイツより曾祖母さんの若い頃のがごっつ綺麗なんじゃぞ!!」

 私の緊急事態にこいつらは、審査員でもしているんだろうか……話す気力を失いそうだ。

「もぉー!!総一郎君は遺影しか見た事ないからわからんじゃろが、べっぴんさんだったんだぞ!!ほら、オーラが出とるだろ」

 遺影……と言う事は、写真を見て誰が一番かを争っているようだ。


 確かに並んでいるようだ。


 写真だがな。


 どうやら、モリモリは完全に用件を忘れているようだ。

「ねぇ……」

「きーちゃんは確かに綺麗ですけど、あさちゃんはいっちーの奥さんなんだから、世界で一番って言わないとあさちゃんが怒っちゃいますよー」

 モリモリは遺影にまで名前を付けているのかと唖然としてしまった。

 これはコミュニケーション能力が高いとかそんな次元ではない気がする。

「モリモ……」 

「しかしまぁーおまいさん、よく儂の嫁さんがわかったのー」

「いやー聞きましたから」

 またも大家さんに遮られたが、モリモリの返答を聞いて大家さんは無言になった。

 そう言えば大家さんは永遠の独身とか、モテないから未婚なんだとかそんな事を言ってた気がする。

 結婚していた事を隠していたようだが、モリモリは懐に入るのが上手いから気付かぬうちに言ってしまったのだろう。

「いやぁー、そんな事言ったかのぉ……??……これは儂と君の秘密じゃぞ」

 電話越しからも伝わるほど、大家さんは真剣な声で言っている。

 私と電話が繋がったままなのを忘れていないだろうか。

 モリモリはわかりましたと大きな声で返事をしていた。

 まだ通話中ですよなんて、とても言えない雰囲気だ。


「あっ、そういえばみのみのの家の鍵を借りに来たんでした」

「おぉっ、そうそう。これじゃ。ちゃんと供養してくれよ」

 モリモリははーいと良い声で返事をして大家さんの家を後にしたようだ。

「……モリモリ⁇」

「はい、家に向かいますよ」

「私……まだ生きてますけど⁇」

 モリモリはケタケタと笑いながら、知っていると答えた。

 では、なぜ供養とか言うのだろうか。

 そして大家さんも電話越しでも私と話をしたんだから、大家さんも生きてるってわかってるはずだ。


 まぁ、遺影に名前を付けたり、オーラとかなんかよくわからん話をしているような人達だ。

 次元が違う気がする。

「あっ、今からエレベーターに乗るんで、家に入ったらかけなおします!!じゃっ」

「えっ、ちょっ!!」

 またも電話を切られてしまった。

 緊急事態のはずなのに、普通に電話を切ってしまったのだ。

 もしかしたら、もう繋がらなくなるとかそう言う考えはないのだろうか。

「モリモリの……ばかやろぉ……」

 そう呟くが、辺りは静まり返っていた。

 私は一気に心細くなり、身を縮めて下を向いた。

 下に視線を下ろした時、足元に何かいたのだ。

 小さくて、丸い……虫⁇


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!ごきゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」


 掃除道具入れから飛び出して、床に転がり出てしまった。


 やつがいる。


 どこにいるのだと辺りを見渡すが、それらしきものが見えない。

 私が居た位置には丸い何かがあった。

 暗くて見えなかったが、よく見ると黒くなかった。

 そして、丸い何かは黄色、茶色っぽいのが四つあった。

 じっと見ていると、突然動いた。

 私は驚いて声が出そうだったが、それは立ち上がった。


 手のひらサイズくらいの……人形だ。

 見えていた黄色や茶色は、髪の生地だった。

 目や口はボタンでできていて、マシュマロのように柔らかそうな人型だ。

 くにゃくにゃと四つの人形はくっついたり、離れたりしていた。

「ほぇ……可愛い」

 私は人形に顔を近づけてみようとした。

 すると、人形がこっちを見て震え始めた。

 一つ、二つとこっちを見て、震え始めて掃除道具入れの奥へ消えていった。

「あれ……デジャヴ⁇」

 私は人形がいなくなった掃除道具入れを見つめていた時、腕を掴まれた。

 振り返ると、私の腕を掴む女がいた。

 瞳孔の開いた目で笑いも睨みもせず、無表情で私を見つめていた。

 段々と掴んでいる手に力が入り、腕が痛くなってきた。

「痛い!!は……離して!!!!」

 私の声を聞いてなのか、女はさらに力を入れて腕を握り絞めてきた。

 そして、握りしめたまま反対を向き、私を引きずり始めた。

「……ヤダ!!痛い!!離して!!!!」

 私の声など気にもせず、ズルズルと私をどこかへ引きずるのだった。

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