肆.フラグ回収開始

「みのみのー。本当にやるんすか……」

 モリモリは困ったような表情で私を見る。

 私は真剣な眼差しで見つめ返し、こくりと頷く。

「我々がすべき事はただ一つ……ピンポン連打なのです!!」

 そう言うと私はゲームのリモコン連打並みの勢いで、ボタンを押し始める。

 チャイムが連続で鳴り響く。

 モリモリの方は見えないが、この感じだと一度鳴らして待っているのだろう……未熟者め。

 私達は階段を上り、四階までたどり着いた。

 そして、フラグを立てるために問題の家のチャイムを鳴らそうと思ったのだが、どこの部屋だったかわからない。

 小説でも友人の家としか書いていなかったので、とりあえず当てずっぽうでチャイムを鳴らす事にした。

 本来ならこんな事するやつは非常識で大迷惑のカス野郎と思われるが、ここは異世界……つまりはフラグ持ちの家以外に、人はいない。


「みのみのー。一度鳴らして待てば、出てくると思いますよー⁇二回鳴らしていないなら留守かと……」

 こんなところでモリモリの常識人ぶりが発揮されるが、私の中のお前は非常識だったはずなのだ。

 まだやれる。

「次!!そっちに行くよ!!」

「りょっ」

 次の家へと移動し、私は再びピンポン連打を始めた。


 ピンポン連打をするのには理由がある。

 それは、私が小学生のまだ呪いとかリア充果てろとか爆発しろとかそんな言葉を知らない純粋無垢な頃の話だ。

 教室の自席でいつものように言葉を発さずに帰ろうとした時、目の前を遮る人がいた。

 それはクラスで人気の女の子だった。

「えっと……遠藤さん。明日ひま⁇」

 クラスの人気者は、私に対して笑顔で問いかけてきた。

 私は名前を間違えられたが、人見知りを発揮していて訂正ができず、そのまま私はこくりと頷く。

「よかった。明日ね、私の家で誕生日会するの。もしよかったら遠藤さんもどうかと思って」

 クラスの人気者の笑顔が眩しく感じるとともに、もうじき一年が終わるというのにクラス内で言葉を発する事の無かった自分……そんな自分とおさらばできるという期待が胸に広がり、私の目は輝いていた。

「遠藤さんは私の家、来たことないよね⁇そしたら、今日の帰りに家の場所を教えるね!!」

 こうして私はクラスの人気者とその取り巻き達とともに下校する事になった。

 下校途中、私は彼女らの輪に入れず下を向いていたが、明日になれば変わると信じていた。

「あっ、遠藤さん!!あのマンション見える⁇」

 クラスの人気者が突然こちらに振り返り、空高く指を差す。

 私は指の先に視線を移す。

 そこには真っ黒く汚れた外壁に無数のツタがまとわりつく、どう見ても廃墟と言われそうな建物があった。

 私は生まれてからこんなおどろおどろしい建物を初めて見た。

 クラスの人気者はこんな家に住んでいるのかと、涙が出そうになった。

「あそこの四階が私の家なの。エレベーターで上がったらすぐだから!!明日、楽しみにしてるね!!じゃっ」

 そう言うと、彼女達はおどろおどろしい建物の方に向かって歩いて行った。

 私はその背中をじっと見つめていた。


 そして次の日、私はあのおどろおどろしい建物の前に立っていた。


 誕生日プレゼントを片手に。


 初めての誕生日会。


 初めて渡すプレゼント。


 私は何を渡したらよいかわからなくて、おばあちゃんに聞いた。

 おばあちゃんはたまに私の頭の後ろを見ながら話す事がある。

 目が悪いのかボケたのか心配するが、話すといつもと同じように優しいおばあちゃんなので、大丈夫だと思う。

 そうしてプレゼントするよう渡されたのは、市松人形だった。

 なんとなく、今の自分の姿によく似ていた。

 おばあちゃんに『自分のように可愛がるのよ』と言われたので、誕生日プレゼントを渡す時に、私だと思って大切にしてねとクラスの人気者に伝えようと決心した。

 ただ、今はこの建物に入るのが怖くて足が思うように前に出ない。

 ドタキャンしたと思われたら嫌だと思い、市松人形を見つめる。

 まるで、これから何が起こるのかわかっているような不敵な笑みに、私は少し緊張がほぐれた。


 決意を胸に玄関に入る。

 入る……が、エレベーターが無いのだ。

 入り口にはポストがずらりと並んでおり、階段が見えるだけだ。

 クラスの人気者はこんなところに見栄を張ったのかと少し同情しつつ、私は四階まで上った。

 四階に着いて、左右を見渡すと、たくさんの扉があった。

 私は誕生日会ぴったりに着く予定で来ていたので、かなり焦り始めた。

 とにかく近い扉のインターホンを鳴らしてみる。


 だが、反応がない。


 再び鳴らすも反応がない。


 焦りに焦った私は、その階すべてのインターホンの呼び出しボタンを連打する暴挙に出始めた。

「間に合わない、間に合わない、ヤバい、ヤバい」

 何件目かわからないが、ピンポン連打をしている時に奥から物音がした。

 ここがその子の家だと思い、私はピンポン連打をさらに早めて押しまくった。


 突然、扉がガンガンッと音を立てた。

 私は驚いて、後ろに後ずさった。

 扉はゆっくりと開き始めた。

 私はクラスの人気者が開けてくれたのだと思い、隙間から部屋を覗くように扉に近づいた。

 覗いた先、そこには鬼のような顔をした婆がいたのだ。

 恐怖に固まる私に対して、婆はとても日本語とは思えない言葉で怒声を挙げ始めた。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 私は驚いて、その場から逃げるように走り始めた。


 つまり、私はその婆さえ召喚できればフラグ回収できると考えているが、出てこないのだ。

 とりあえず扉をガンガンと叩く。

 出てこいと騒いだり、何度もピンポン連打をするが一向に姿を現さない。

「はぁ……あの婆、まだ寝てるのかな」

 私はため息をつき、諦めるような姿勢を見せる。

 だが、ピンポン連打の手は止めない。

「モリモリ……そっちはどう⁇」

 モリモリの方にチラッと視線を送る。

 すると、モリモリは楽しそうに談笑しているではないか。

 本当にモリモリは誰でも仲良くなれるなと感心してしまった。

 ふと、手を止めた。


(談笑をしている⁇……誰と⁇)


 再びモリモリに視線を送る。

 そこには楽しそうに談笑するモリモリとシワシワの手が見えた。

「モリモリ何してんのぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 私は全速力でモリモリまで走り、腕を掴んだ。


 扉の奥には居たのだ。


 あの婆が。


「婆が出てきたら、全速力で逃げなきゃダメでしょぉっ!!!!」

 私はモリモリの腕を力いっぱい引っ張り、階段側に走り始めた。

 後ろでは、婆の日本語かどうかわからない怒声が聞こえてきた。


 とりあえず、フラグ回収完了だ。


 次のフラグ回収に急がねば。

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