マンションの呪い

壱.押し売りお断り

「か……帰ってください!!」

 思った以上にか細く、弱弱しい声で相手を威嚇いかくする。

 私、海藤かいどう美乃利みのりは人生の崖っぷちに立たされている。

「えーっ。とりあえず顔だけでも出してくださいよぉー」

 威嚇も虚しく、相手は飄々ひょうひょうとした態度で玄関のドアをトントンと叩いてくる。

 なぜ、こうなったのか。

 すべては山田のせいだと、沸々と怒りが湧いてくる。


 話は三十分程前に遡る。


「お疲れ様です。山田です」

「……」

 山田からの電話に、私は声を出さずにいた。

「まだ最初ですし、読者人気が無いのは仕方ないですよ」

 グサリと刺さる山田の言葉に、私はスマホを握りつぶすように力を込める。

「海藤さんの作品は、マニアック層向けだと思っています。ですので、徐々に固定ファンがつきますよ」

 アッパーを喰らわされた気分になりつつ、まだこの時ではないと声を出さないよう堪えていた。

「……で、次の打ち合わせの日ですが」

「はいっっっ!!もう私は外になんて出ません!!!!」

 待ってましたかと言うように、私は叫んだ。

 電話越しに小さな声でうるさいと聞こえた気がするが、そんな事はどうでもいい。

 ここ最近、あの忌々いまいましい小説の呪いに振り回されて、辛い思いばかりした。

 このままでは世のリア充に対して大いなる災いを祈り始めそうなほどに、心が痛んでいる。

 あの岬の呪いから数ヶ月が経ち秋を通り越して冬になった頃、一通のハガキが届いた。

 それはあいたんとゆうくんの結婚報告とともに、ウエディングドレス姿のあいたんに、タキシードでイケメン補正の入ったゆうくんの仲睦まじい写真付きだった。

 最初はおめでとうと喜んだ……が、あいたんとゆうくんを思いだすとやつの言葉が頭に浮かんで離れなくなり、発狂してはストレス解消用の小太鼓をトントコ叩いていた。

 外の世界は悪魔の世界、私は生きるために二度とここから出ないと強く決心した。


「……わかりました」

 山田はそう言うと、電話を一方的に切った。

 せめて、何か言ってほしかった。

 どうしたのかと心配したり、心配だからとお家まで来たり、ご飯買ってきたと言ってくれたり、ついでに家事をしてくれるとありがたいんだけどなと妄想をする。

 だが、あの山田に限ってそんな奇跡は起きない。

 最近外に出ていないので家の中は空のカップラーメンが散らばっており、満タンのゴミ袋は溜まりに溜まって玄関から寝室まで大名行列になっている。

「はぁ……誰か代わりにやってくれないかな」

 こんな状態でもお風呂には入っているので、髪は綺麗であろう。

 ボサボサだがな。


 ため息をつきながら、昼飯の準備をしようとした時、玄関のチャイムが鳴った。

 宅急便も何も頼んでないし、来ると言ったら山田しかいない。

 そう思い、私は玄関までダッシュした。

「はいはーい!!誰ですかー⁇」

 ワザとらしい可愛らしい声をあげつつ、玄関の鍵を開けようとした時だった。

「はいはーい!!こちらは森山出張ホストウィズ出版でぇーす」

 悪魔が家にやってきたのだ。


 こうして現在に至るのだ。

 私は玄関のスコープから外を覗くと、悪魔の笑みを浮かべるチャラ男がいた。

 ひぃっと悲鳴を上げて後ずさるが、相変わらずノックを続けている。

「えーっと、海藤先生とりあえず生きてますかー⁇」

 さっき声を出したんだから、生きてるに決まってるだろうとびくびくしながら玄関を見つめていた。

「海藤先生が落ち込んでるだろうと思って、僕がきたんですよー」

 仕留めに来たという事かと、私は身震いし始めた。

「とりあえず、外に出ましょー」

 消されるわけにはいかない、玄関のチェーンをかけなければと産まれたての小鹿のように震えながら、チェーンに手を伸ばした。

「山田先輩が気にしぃで、手の空いてる僕に確認してくるよう言ったんですよー」

 チェーンをつかみかけていた手は自然と鍵を解錠していた。

 恐る恐る扉をゆっくりと開けた。

「……山田……先輩⁇」

「あっ、生きてましたー⁇よかったよかったー」

 悪魔のような笑みだと思っていたが、私を心配しての笑顔だったのかとまじまじと顔を見る。

 いや、それよりも聞きたい事がある。

「あっ……やま」

「海藤先生って下の名前、美乃利さんっていうんですよね⁇可愛い名前ですね」

 先ほどの悪魔の笑みが嘘のように、爽やかなイケメンがそこに立っていた。

 私は天に召されるのかもしれないと震えた。

「先生の名前呼びづらいんで、みのみのって呼んでいいですかー⁇」

 さすがはチャラ男、サクッと相手の懐に入ってきた。

 私は今生、チャラ男とは平行線で生きる予定だったが、彼となら垂直に交わるのも悪くない。

 何を隠そう生まれて初めてあだ名をつけられたので、今にも涙が出そうだ。

「あっ、はい。お願いします……えっと」

 そういえば私はチャラ男の名前を知らない。聞き忘れたのかもしれない。

 出版社に電話した時にしっかりと聞いておくべきだったと後悔した。

「あっ、そういえばちゃんと挨拶って初めてでしたよね⁇初めまして!!森山もりやま総一郎そういちろうです!!趣味は合コンです!!」

「……はい、よろしくお願いします」

 すっと熱が下がり、涙も涸れ果てた。

 私が思った通り、こいつはチャラ男だった。

「モリモリって呼んでくださーい」

 にこにこと笑うチャラ男を見て、私はフッと笑いゆっくりと頷いた。

 そう言えば私、山田以外の人の名前覚えてない気がする。

 モリモリは初めて会う私の名前をフルで言えるのに、私は何も知らないんだと負けた気分になっていた。

「で、悲しみに暮れるみのみののために!!僕、一肌脱いだんですよー」

 ぱっと明るい顔でモリモリは謎の動きをしている。

 これが……ジェスチャーとかそういうのだろうか……わからない。

 じっと見るしかなかった。


「みのみの残念会をやろうって山田先輩を捕まえました!!今から飲み屋でパーッと飲んで、嫌な事を忘れましょー」

 そう言うと、モリモリはフゥーと謎のかけ声と踊りを始めた。

 それについても聞きたい気もするが、それよりも聞きたい事がある。

「モリモリ」

「なんですかー⁇」

 モリモリは謎の踊りを一時停止した状態でこちらを見てきた。

「山田先輩、先輩って⁇」

「あー山田先輩は先輩ですよー」

 そう言うと、謎の踊りを再開するモリモリに、なんて言えばよいのか悩んだ。

「えっと……山田さんとの……関係は⁇」

「大学のサークルの先輩後輩っでーす」

 次は動きを停止せずに答えた。

 モリモリと山田は大学の先輩後輩で、仲が良いという事だろうか。

 山田について、初めて知った気がする。

「それよりも!!みのみの!!」

「はいっ!!」

「早くしないと、残念会終わっちゃいまっすよー⁇着替えるなりなんなんり、ちゃちゃっとお願いっしまーす!!」

 そういえば、謎のかけ声と山田を先輩呼びしている事に気を取られて忘れていたが、私の残念会をしてくれるらしい。

 何が残念なのかはよく分からないが、モリモリが私のために開いてくれる会のようだ。

 飲み会なんて、いつぶりだろう……小学生の時に親戚の集まりで暴れた時以来だろうか。

 どんなものかわからないが、急に心臓がドキドキしてきた。

「さ……三分待って!!」

「正義のヒーローファイッッッ!!!!」

 モリモリの声とともに私は玄関から寝室へダッシュした。

 大名行列に躓きながら。

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