漆.ナンデ
喫茶店から出て、安全のためとゆうくんが車道側によって私を守りながら走る。
走る……が、花瓶は降ってくるわ、勢いよくスピンした車が突っ込んでくるわ、刃物を持った輩が襲ってくるわで、とにかく隣は大忙しだ。
私も例外ではない。
ぶつかって怪我の有無を確認してくるビジュアル系イケメンや、何故か同じ速度で走ってくるランニング男子、億万長者にしてやろうと声をかけてくるおじいさんなど、様々なバリエーションで私に攻撃を仕掛けてきた。
億万長者にはかなり心が惹かれたものの、誘惑には負けずに私は不審者と戦うゆうくんの肩を叩いた。
「……車で向かおう」
「えっ、それだと二人で事故に遭ってしまいますよ!?」
「とりあえず、近場のレンタカーに行こう」
そう言うと、私はゆうくんの腕を強引に引っ張った。
不審者が襲いかかろうとしたが、私が睨むと怯んでいなくなった。
「本当に…大丈夫なんですね」
ゆうくんはかなりの安全運転で、後ろからクラクションがなるのにも負け時と運転をしている。
真剣なゆうくんの助手席に座っている私は、じっとゆうくんの顔を見ていた。
そんなに見たいわけではないが、反対を見る事ができない。
『ナンデ……ナンデ……』
私にだけ聞こえるくらいの音で、コンコンと叩いているので振り向く事ができない。
いつものように悲しそうな顔で叩いていると思うと、いたたまれない気持ちになる。
「ゆうくん、これからはあいたんとこんな事しちゃ駄目だよ。私の作品を愛してくれるのは嬉しいけど……」
なぜだろうか……ノック音がリズミカルに軽快な音になった気がする。
「ありがとうございます。あいたんは作者様の純愛系の話が大好きで、怖い話は基本的に読んでいなかったんです」
そりゃあまぁ、私の書いた怖い話なんて両手で数えられる程度だ。
そんな作品よりも恋愛モノのほうが読み切れないほど書いてある。
「俺……俺は怖い話しか興味なかったんで、その中でもあいたんが好きそうな話をってピックアップしたばかりに……」
ゆうたんは胸に詰まりそうな声で小さく泣いていた。
(……ゆうたん、作者の前で私の
苦虫を噛み潰したような顔でゆうくんを見ていると、後ろのノック音がかなり強めになった。
リズムは……なんか聞いた事がある気がするのだが、思い出せない。
「こ……これってポルターガイスト現象ですよね!?」
やっとゆうくんにも聞こえたようだ。
素敵なノック音を聞きながら、私達は岬に辿り着いた。
相変わらずゆうくんは足を引っかけられたりして転んでいる。
だが、その状況下でも彼の目はキラキラと輝き、一人で心霊現象について解説をし始めていた。
(流石は怖いの好き!!)
私はゆうくんにウィンクしてから、呪いのオブジェクトに向かって走り始めた。
私に並列してやつがついてくるが、やはり何もしてこない。
『ナンデ……ナンデ……』
私にあれだけ尽くしたからか、除霊されないと思っていたのだろうか。
だが、残念な事に私は彼らを守る勇者となった。
数少ない読者を減らすわけにはいかない。
とうとう呪いのオブジェクトの前まで辿り着いた時、やつは呪いのオブジェクトの前に姿を現した。
『ナンデ……ナンデ……』
私が作り出した可哀想な幽霊、私がこの手で世流ししてあげようと近寄った時、後ろから呻き声が聞こえた。
振り返ると、ゆうくんが宙を浮いているではないか。
……いや、やつの長い髪の毛がゆうくんの首に纏わりつき、宙に浮かせているのだ。
あまりの衝撃映像に私は、硬直してしまった。
『コイツ……コイツダケデモ……』
やつは消されるとわかった否や、ゆうくんだけでも消し去ろうと強硬手段に出たようだ。
「ちょっ、ダメ!!止めて!!殺さないで!!」
私は必死にやつに掴みかかった。
だが、ゆうくんの首は徐々にキツく締まり、顔が青ざめていくのがわかった。
「やっ……ダメ、やっやめ……」
「ダメェェェェェェェェッ!!!!!!!!」
突然、大きな叫び声が聞こえてきた。
私とやつは驚いて声の主を探す。
声の主はゆうくんの首を絞める髪を掻きむしる。
彼女の髪は、呪いが実行されている時はギザギザとして人間の肉が裂ける設定がある。
声の主の掻きむしる手からは血が流れている。
だが、そんなのはお構いなしに掻きむしり、とうとうゆうくんに絡まる髪を外して抱きしめながら倒れた。
そう、声の主はあいたんだったのだ。
「ゆうくん!!なんで……いや、死なないで!!!!」
血だらけの手でゆうくんを抱きしめていた。
ゆうくんはさっきまで首を絞められて死にそうだったが、次はあいたんの胸に押し付けられて死にそうだ。
「……ぶっ、あ……しい……」
「ゆうくん!!!!」
あいたんはゆうくんの声が聞こえたのか、抱きしめていた手の力を弱めてゆうくんを見つめる。
ゆうくんは息を整えながらあいたんを見つめる。
「ゆうくん……ごめんなさい、私のせいで」
「ち……違うよ……あい……か……⁇」
今にも消えそうな声であいたんに声をかけるゆうくんに、あいたんは声が聞こえるようにゆうくんの口元に耳を近づけた。
「あいか……愛してる」
二人はそのまま抱き合い、幸せそうだ。
それを私とやつは無言で見つめていた。
聞こえないほど小さい声のはずなのに、スピーカーでも持っているのかやつから二人の会話が聞こえてきた。
ぼーっと見つめる私にやつは肩を叩いてきた。
私がやつを見ると、二人を指差した。
『……ナンデ⁇』
やつもこの状況が分かっていないようだったので、私は事の経緯を細かく説明した。
やつは相変わらず黒い目でこちらを見つめているが、口はまっすぐ一本線になっていた。
「……と、つまりは二人は結婚前提のお付き合いって事だよ」
そう言うと、やつはブツブツと独り言をつぶやきながら、何かを思いついたのか手をポンと叩き、こちらを見た。
『……カワイソ』
そう言うと、やつは呪いのオブジェクトの中にスルスルといなくなった。
「はっ……⁇」
私は硬直した。
カワイソ⁇カワウソ⁇やつが何を言ったのか理解ができなかったのだ。
呪いのオブジェクトに近寄り叩く。
「ねぇ、ねぇ⁇……何が⁇何が可哀想なの⁇ねぇ⁇ねぇ!!⁇」
やつが反応しない事に腹が立ち、徐々に呪いのオブジェクトを叩く手に力が入る。
「ねぇ⁉聞こえているの⁉」
怒りをこぶしに込めて叩いた瞬間、その衝撃で呪いのオブジェクトはゆっくりと崖の下に落ちていった。
まるでこの世に未練がないと言わんばかりにゆっくりと落ち、海の中へゆっくりと沈んでいった。
「なんで……なんで……」
私は力が抜けてその場に崩れ落ちた。
誰かが傍に来て何か言っていた気がするが、私は放心状態で何があったか覚えていない。
気付けば日も暮れており、だいぶ肌寒くなっていた。
いつのまにかあいたんとゆうくんは消え去り、私一人だけが岬に座った状態だった。
その時、スマホが鳴り響いた。
私は通話にスライドをして、ゆっくりとスマホを耳に当てた。
「……あっ、お疲れ様です。山田です。今、お時間よろしいですか⁇」
「ナンデ……」
小さくつぶやいた私の声すら、波の音がさらって消えていった。
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