僕は、僕の雪を手放す

神崎郁

雪との邂逅

 この街では雪が15年間、絶えず降り続けている。この雪の冷温は、そのまま彼女の心の温度でもあるのだ。全部、全部僕のせいだ。




 彼女との出会いは15年前のクリスマスだ。ただの学生であった僕は、彼女がいるわけでもないのに一人、街に繰り出している。その日は初雪が降っていて、それはたまらなくきれいだった。今の僕のに同情しているかのように思えたから。

︎︎

ホワイトクリスマスなんて、僕には縁のない単語だったが、どこかから湧き出てきたらしい、謎の使命感にかられて、気づいた頃には薄着のまま駆け出していた。僕に視線を向ける者は、誰一人いない。少しの冷笑すらも、そこには存在していなかった。


 向かった先は、デートスポットとして有名な高台だった。クリスマスだというのに人気がないそこには、おとぎ話の中から飛び出してきたような、儚げな雰囲気をまとった美少女がいた。嘘みたいに真っ白い肌に、やや青みがかったドレス。そして、太もも辺りまで純白の髪を伸ばしている。現実離れした格好だが、不思議と違和感を覚えることはない。


「あのぅ」


 気づけば僕は彼女に話しかけていた。振り向いた彼女を見て、驚嘆する。これにも明確な理由はない。ただ、彼女こそがこの雪の化身なのだと漠然と思った。


「......」


 彼女は黙るばかりで何も言わない。だけどなぜか通じ会えたような心地だった。その後、長い沈黙が降りた。その沈黙を破ったのは僕を凝視していた彼女の方だった。


「あなたは、なぜここにいられるんですか?」


 彼女は小さく細い、けれど、不思議と体の奥底まで通る声でそう云った。何かを訴えるようだった。


「それがなにかおかしいんですか?」


「おかしいも何もそこら中に転がってるじゃないですか」


 僕が目をやると老若男女問わずのおびただしい数の凍死体があった。決して血みどろではなく、きれいに白く固まっていたそれらは高台のそこら中に鎮座している。


 さっきまで彼女に気を取られて気が付かなかった。それくらい彼女は僕を吸い付けた。こんな惨状を目にしても、不思議と内心は落ち着いている。彼らを殺したのが誰かも察しが付いた。本来ならばこれは決して許されない非道であるはずだ。だというのに、彼女に惹きつけられている自分がいる。


「なんでこんなことをしたんですか?」


 絞り出された声は、やはり、不思議なほど冷淡だった。糾弾するわけでも、優しく問いかけるでもない。僕という存在そのものが、この雪に吸い込まれているように感じられる。


「だってこの人達、みんなして私をいじめたんです。酷いですよね。だから壊してやったんです。この街ごと。だって私は何もしていません。ただ人より少々肌が白いだけなのに」


 彼女は大袈裟に腕を広げて言うが、それが建前であることはすぐに分かった。声のトーンから仕草、何から何まで芝居がかっていたから。初めて彼女を心底気味が悪いと思った。


「嘘です。貴方はんじゃないんですか?」


「何故そう思ったんです?」


 彼女はわざとらしく首を傾げる。


「貴方がずっと泣いているからです」


 彼女は驚いたように目を見開く。


 刹那、ここ一体は吹雪に包まれて、この街が目を覚ますことは二度となかった。




 15年後あの高台にて、僕は目を覚ます。そこには、一丁のしっかりと研がれた新品のナイフと、小さな雪だるまがあった。


「ずっと貴方を待っていました」


 雪だるまはあの時の少女と変わらぬ声で、僕に語りかけた。

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