十五【扇】(2021/12/15)

 さっそく名付の許可をもらった母は、目に見えて嬉しそうだった。

 ここしばらくでは、あまり見かけなかったくらい上機嫌である。

 タンザはいいのだろうかと思いつつ、当の少女がいつも通りのため、話し合いの席に着くことにした。


 三人膝をつきあわせて向かい合う。

 それでね、とユノは二人を見渡し口を開いた。


「ホウジュ、がいいと思うんだけど」

「あ、安易!!!」


 すごく考えてたみたいなこと言ってたのに、まさかのそれなの、とタンザが目を剥けば、声にならずとも心の声は母に筒抜けだったらしい。

 あら、とユノは首を傾げた。


「だって、そもそも宝珠は類稀な美しさを持つって言われてたじゃない。ホウジュなら、響きもかわいいし意味も綺麗だし、類稀なかわいさを持つこの子にぴったりじゃない。宝珠のように大切に愛されてほしいじゃない」

「そうだけどさぁ」

「どう?」


 ユノが少女に尋ねる。

 少女が答えるよりも早く、タンザは「はい!」と手をあげた。

 胡乱な目を向けてくる母を無視して、タンザは咳払いする。


「リン、はどうですか?」

「……かわいいけど、どうしてリンなの?」


 邪魔されて不満そうな母と極力目を合わさないようにしながら、タンザは言った。


「このかんざし、たまに音がするでしょ。リン、て。あれ、綺麗だから」

「ちょっと。音なんてあんたこそ安易じゃない。だいたい普通かんざしから音なんてする?」

「鳴ります、音」


 温度なくあがった声に、タンザとユノは少女に目を留めた。

 山吹の帯の内から取り出した布袋の紐を解いた少女は、中の木箱をあける。


「母さん、いつの間にあんな袋つくってたの」

「タンザだって、木材売っちゃったはずなのに、いつの間にあんなのつくってんのよ」

「ちょうどいい端材があったんだよ。間違って転んで、刺さったら危ないでしょ」


 こそこそと言いあう二人の前で、少女は箱の内からかんざしを二本取り出した。


「こうして」


 言いながら、少女は片手に持った簪の足の端のほうを交差させ、ひらと手首を振るった。

 りん、りりーん、と清廉な音が部屋中に響く。

 少女が手首を返すたび、二本のかんざしは扇のようにひらめいた。

 目を凝らしてもかんざしの間の空間には何も見えないのに、開かれた扇面が光を弾き、りん、りんと美しい音を鳴らす。


「え、え!? タンザ。今、あれ扇じゃなかった?」

「見えた。扇だった。もっかい、もっかいやって?」

「はい」


 微かに頷いて、少女は扇をひらめかせる。

 二人の歓声と拍手が鳴り止まぬ中、彼女の舞はしばらく続いた。

 


***


「ノーエちゃん! ルーちゃん!」


 翌日の仕事の依頼先。

 その家の双子が軒先で地面に絵を書いているのを見つけた瞬間、少女はタンザの隣から、ぱっと駆け出した。

 双子の家に一緒に行きたいと自ら言い出したのも、あんな風に駆けて行くのを見るのも初めてで、タンザは驚きながら少女を目で追う。


「わかりました、わたしの名前。わたしもつけてもらいました」


 声が弾んでいた。

 タンザからは顔は見えなかった。

 迎え入れた双子が笑顔を弾けさせ、手を伸ばす。

 手を引かれ、誘われるまましゃがんだ少女の背で三つ編みが揺れていた。


「わたし、シュリンです。名前、シュリンです」

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