食堂から愛を込めない 佐藤花子の話

 皆さんこんにちは。『黄昏堂』の食堂で働いている、佐藤花子と言います。

 最近体重が増えたので、ダイエットとしてリン〇フィットを購入しました。食欲が増えました。ご飯が美味しいからオールオッケーです。

 この時間は、食堂をお休みにしています。けれど無人というわけではありません。


「佐藤さん、じゃがいもの芽、取り終わりました」


 厨房から報告してくれたのはケイくんです。

ケイくんは戦闘員なのだけど、こうやって厨房の助っ人に来てくれます。手伝ってくれる時は殆ど喋らないけど、気遣い屋さんで、とても手際がいい子です。


「ありがとう、ケイくん。それから、私のことは『おばさん』と呼んで欲しいのですが――」

「くし切りにしておいていいですか」

「……はい」


 スルーされちゃいました。

 未成年の子たちには「おばちゃん」って呼ぶように頼んでいるのですが、やっぱり違和感があるみたいで戸惑っています。ケイくんは絶対に呼びません。皆、「おばちゃん」って呼ぶのが失礼だという認識があるようです。他人に呼ばれたい名前で呼んでもらうのは、なかなか難しいものですね。


「佐藤さん、玉ねぎ剥くの終わったよ」


 そう言ったのは渡貫わたぬきさんです。狸と人間の間に生まれた〈血族〉と呼ばれる渡貫さんは、『黄昏堂』で過ごすときは基本的に信楽焼のたぬきのような姿をしています。けれど今は「毛が入ったらまずいから」と言うことで、人間の姿になってくれているのです。


「ありがとうございます。先ほど出張で帰って来たばかりだというのに、すいません」

「いや、体力には自信があるから。フライドポテト食べられるってんならなおさら」


 そう言って、渡貫さんは頬を掻きます。

 ケイくんと渡貫さんは、よく食堂を手伝ってくれるメンバーです。ですが食堂にいるのは、厨房にいるこの二人だけではありません。四名がカウンター席に座っています。

 厨房に向かって右から河童のひょうちゃん、二つ席を空けて座っているのは、科学捜査部のよっちゃんと開発部のさっちゃん、事務のあっちゃんです。

 開発部のさっちゃんは、食堂の効率化を上げるために、調理を手伝ってくれる式神やゴーレムの術式プログラミングを作ってくれます。事務のあっちゃんはその予算都合を考えるためのブレーキ役としてここに来ており、科学捜査部のよっちゃんは付き合いで来ています。

 え、河童のひょうちゃんですか? あの方はただおこぼれを貰いに来ただけです。





「美味しいですねー。フライドポテト」

 開発部のさっちゃんが、フライドポテトをつまみながら言いました。彼女はケチャップ派です。

「オニオンも美味しいわよ」

 そう言う事務のあっちゃんは、塩派です。

「……」

 科学捜査部のよっちゃんは、無言でバジルを食べています。


「いやあ悪いねえ。わざわざ作ってもらって」

 河童のひょうちゃんはキュウリが好きなので、きゅうりと梅の和え物を肴にして、持ってきた日本酒を飲んでいます。

「すぐに出してもらえて、嬉しいよぉ。最近花ちゃんのご飯が食べられなくて、さみしかったからサァ」

「それはよかったです」

 私が言うと、ひょうちゃんは浮かれたように言いました。


「これだけ料理上手だと、いいお嫁さんになれるねえ! 俺とか、ど?」




ひょうちゃん……、



 皆さんから殺されないうちに、発言を撤回することをオススメしますね」




 ひょうちゃんは、あっという間に紐で縛られてしまいました。その姿たるや、今から焼かれる豚の丸焼きのようです。

 ひょうちゃんの周りには、女性三人組が物凄い顔で見下ろしていました。


「アンッタは本当に懲りないわね色々と‼ 花ちゃんはアンタに気はないって何べん言ったらわかるわけ⁉」

「おまけに『いい嫁』が女の人の極上の褒め言葉だと思っているのも、ないですねー。さらにスキルで奥さん選ぶとか求人票ですかー」

「……」無言で紐をきつく縛るよっちゃん。

「あだだだ! すいません、時代遅れの発言でしたァ!」


 で、でも! とひょうちゃんが訴える。


「こんだけ美味しいなら、愛が沢山ってことじゃん⁉ 食べる相手に対しての愛が深いってことじゃん⁉ そういう人の愛を独り占めしたいじゃん‼ 尽くされたい愛されたい!」



「私別に、料理に愛とか込めてないですよ?」



 え。

 私の言葉に、ひょうちゃんも、女性三人も、渡貫さんもケイくんも私の方に向きました。私の発言は、よっぽど意外だったのでしょう。


「料理や掃除、主に家事と呼ばれているものは好きですけど、ただの技術ですから。相手の健康やアレルギーに対しての意識はありますが、それも技術のうちです」


 この国は、すぐに家事を「誰かのため」とか、愛情の指針にしがちですが、私の家事のスキルはスウェーデンの家政婦学校で培ったものです。そこで学んだものの中には、道具などの物や食品に対しての心構え、お家に招いたお客さまに対するマナー講座はありましたが、「愛」は学んでいません。


「例えば開発部のさっちゃんは、皆に役に立つものをたくさん作りますけど、皆のために作ってますか?」

「いいえー。わたしは、を知りたいだけです。たまたまそれが、人の役に立つだけでー」

「事務のあっちゃんは、学生時代からテニスをやっていたそうですが、観客を勇気づけるためにしていましたか?」

「……違うわ。勝ちたかったからやっただけ」

「科学捜査部のよっちゃん。科学調査は、誰かへの愛情ですか?」

 無言でよっちゃんは首を振りました。


 そう、お仕事です。――誇りや自信であって、愛ではないのです。そもそもお金をもらっている時点で、無償の愛ではないのですから。そして目指した理由も、その出発点も、ただ自分がどこまでやれるか試したかったからにすぎません。


 私が料理を学んだのは、人に尽くすためではありません。

 人に褒められるためでもありません。


 この本に載っているレシピを、私の手で作ることが出来るかしら――?


 そうやって私が選んだ道は、たまたま人と向き合うことが多かっただけなのです。

 絵を描く人やスポーツをしている人も、どこまでやれるかやってみたかった人、いるでしょう?


 


「それに技術があっても、基本私だらしないですから。家で何時でもきっちり料理しているわけじゃありませんよ?」

 あと、と私は付け足します。

「それ、ケイくんが作ったもののおすそ分けです」

 ひょうちゃんが物凄い顔でケイくんの方を見ました。ケイくんは呆れたような顔で、兵ちゃんを見返します。


「では、ミーティングしましょうか」


 私の言葉に、皆が頷きました。



 ……そうです。私は、ただの食堂のおばちゃんです。

『黄昏堂』には、まだご両親が必要な子どもたちが沢山います。ですがお金をもらっている以上、私はあの子たちの家族にはなれません。

 だから、料理に込めているとすればそれは、祈りです。


 どうか健やかに育ちますように。

 美味しいもの、楽しいことを沢山味わえますように。

 それだけを、私は。「小母おばちゃん」として、祈っているのです。

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