帰還、そしてサザンカ村へ

 宿の扉を開けて中に入ると食堂から笑い声が聞こえた。それらはガリウドのものと他の人によって発せられたものだった。食堂へ入るとテーブルにガリウドと今まで見たことがない人がそこいた。その人は男性で茶色の長髪、そして顎からは立派な髭を生やしていて、俺たちよりも厚着をしていた。見た目は迫力があるものの身長は見合うような高さはなかった。


「おう、お前たち帰ったか。随分と遅かったから心配したぞ。まあいい、今日のことをぜひ教えてくれ」


 テーブルには沢山の皿とビールのようなものが入っていると思われるジョッキが並んでいた。ガリウドは今まで酒とつまみを飲み食いしながら隣にいる人と会話を楽しんでいたようだ。


「遅くなってすみません。そちらの方は?」


「ああ、こいつは古くからの友人のガムーだ。こいつはここら辺じゃあまり見かけない“ミズガルド”大陸出身なんだ。今日から少しの間だがここに泊まっていくから仲良くしてやってくれ」


「ガリウドや、それを言うのはわいだぞ。人の話のネタをとるな」


「すまんすまん」


「タツキとハルタだったか? ガリウドから話は聞いておる。わいはガムー。ガリウドが言う通りミズガルド大陸からやってきた。度々こうしてこの大陸を訪れておるんじゃ」


「俺はタツキです。隣にいるのがハルタ。今は央都で学校に通っています」


「そんなことはもう知っとるわ。ほれ、そんな突っ立ってないで座ったらどうじゃ」


「それで今日はどうだったんだ二人とも?」


「今日はすごかったよね、タツキ。今日はーー」


 二人にハルタが今日起こった出来事を順々に説明していった。ハルタはまるで自分の武勇伝を語るように話した。加護のことを話し始めるとガリウドが驚いて椅子から転げ落ちた。


「か、加護だとっ!?」


「まだ確定ではないですが、ギルドの受付の方が言っていたので間違いはないと思います」


「それが本当だったら、二人はよっぽど運が良いのじゃな。同時に二人加護をうけるなんてほぼない」


「しかもその力を使ってトレントを倒しただなんんて今日は二人にとって飛んだ日だったな」


「はい。色々とありすぎて今日は疲れました。はぁ……」


 今日はため息をつく回数が多い。元の世界でこれほど疲労困憊になったことはあっただろうか。


「よおし、わかった。こんな時は温泉に行って疲れを癒すしかないな。四人で行こう」


 いつしか最近の恒例行事となっている温泉に俺たちはいくことになった。今日はいつも以上に疲れているから湯船に浸かる時間が長くなりそうだ。ガムーともこの機会にもっと親睦を深めよう。


 温泉に到着した。


「やっぱり温泉はこれだからやめられないな。気持ちぃぃいい」


 ガリウドが天井を見上げながら叫んだ。


「気持ちいいが、わいの国の温泉には勝らんな」


「そうだ、ガムーさんが言っている“ミズガルド“大陸ってどんなところなんですか」


ハルタが聞いた。


「ミズガルドか。ミズガルド大陸はこの大陸とは海を隔てて向かい側にある大陸じゃ。この大陸と大きく違うところは気候でな、この大陸は年間を通して温暖な気候に恵まれているが、ミズガルドはこっちと大きく違って年中雪が降っておる。だから生きていくこともそう簡単ではないんじゃ」


「年中雪が降っているなんて大変ですね。まだ一度もユグドラシアの外の世界を見たことがないのでいつかミズガルドにもいってみたいところです」


「そうじゃな、ぜひ一度訪れてみるといい」


「さて、そろそろ温まったからわいは出ることにしよう。お前たちはまだ入っているか?」


「はい、もう少し入っていきます」


「わかった、先に脱衣所で待っておるわい。ガリウド先に行っておるぞ」


「おう、俺もそのうち出る」


 ガムーは風呂場からのっそりと歩きながら出ていった。彼は肉付きが良くてまるでプロレスラーのような体をしていた。おそらく彼も相当強いに違いない。


 風呂の湯船に浸かり、目を閉じて一日を振り返った。少しずつではあるがこの世界に飛ばされてきた理由が垣間見えてきているような気がする。


 気がつくと俺は温泉に浸かったまま寝てしまっていてガリウドの声によって起こされた。


「起きろ、タツキ。そろそろ宿へ帰るぞ」


「すみません。すぐ出ます」


 他の三人は既に着替えを済ませていた。急いで着替えを済ませて彼らと共に宿へ戻った。


 数日もするとガムーはミズガルド大陸へと帰っていった。また一年後にユグドラシルを訪れると言っていた。その頃には剣・魔術学校を卒業しているだろうから、ミズガルドに行ってみてもいいかもしれない。





 ガムーが帰ってから半年ほど経っただろうか。その間俺は更なる強さを求めて剣術に磨きをかけた。一人で任務を受けたりもした。もちろんハルタはもちろんのことクラスメートのウルドやカナリアもそれぞれの能力に磨きをかけるため鍛錬をしていた。努力したおかげで初級冒険者だった俺たちはギルドから中級冒険者の認定を受けることができた。この半年は嵐のように過ぎていき、気づけばあと半年で卒業だ。どんなことがこれから俺たちのことを待ち受けているのかを考えると心が躍った。


 明日から待ちに待った休暇だ。この休暇は普通の休みとは違い一週間という長い期間にわたるものであるから、この機会にハルタと共にサザンカ村を訪れることにした。


「さあ皆さん、半年間お疲れ様でした。やっと折り返し地点ですわね。今日この授業を持って剣術・魔術の基礎は全て学び終えました。一週間後の授業からは剣術選択、魔法選択に別れて授業を行います。これから希望を取るので教室から退出する際に教えてください」


 フレイヤ先生が言った。


「タツキはもちろん剣術選択だろう?」


「ああ、そうだ。皆はどうするんだ」


「俺はもっと魔法を使えるようになりたいからもちろん魔術選択だよ。ウルドもでしょ?」


「そうさ、俺はもっと強くなって必ず入学当初にフレイヤ先生から受けた屈辱を返す。お前たちとは選択の決意が違う。今に見てろ、あの教師を必ず見返してやる」


「そうしてくれ。それで、カナリアは?」


「私は剣術も魔術もどちらもいまいちだし、どうしようか迷ってる。タツキくんはどうしたらいいと思う?」


「そうだな……、カナリアはどちらもいまいちってわけじゃない。できないように見えてどちらも平均的にできていると思う。だから選択はどちらでもいいんじゃないか。だが、もし俺がカナリアなら、剣術を選ぶだろうな」


「タツキ君がそう言ってくれるなら剣術を選択しようかな」


「そうか、もし手伝えることがあればなんでもするから任せてくれ」


「うん、ありがとう」


 フレイヤ先生の元へ行き、剣術を選ぶことを伝えた。他の三人も選択を伝えた。


「選択承ったわ。これから一週間休暇になるけど皆怪我しないようにね」


「フレイヤ先生は休暇の間は何をするんですか?」


「そうねぇ、疲れたし仕事から少し離れたいからユグドラシア大陸にあるどこかの港街で過ごそうかしら。四人はどうするの?」


「僕とハルタは以前お世話になったことがあるサザンカ村に行こうと思っています」


「サザンカ村っていうと大きな木が有名な村よね。私も一度は行こうと思ってるわ。ぜひ休み明けどうだったか教えてくださいね。あ、そういえば加護のことも私の方では教えられることには限界があるから、サザンカ村にいらっしゃる師匠さんに教えてもらうといいわ。それでウルドさんとカナリアさんは?」


 トレントの件の後フレイヤ先生には加護のことを話したが、先生が知っていることはあまりなくて教えてもらえることは少なかった。


「俺は先生を卒業時に倒すためにモンスターを狩まくる予定だ。今に見ていろ」


「私は祖国へ帰省する予定です。父と母がうるさいもので」


「そうですか、皆さん楽しそうですね。また休み明けお会いしましょう」


「はい!」


 フレイヤ先生と別れを告げて学校を後にした。この学校に来て半年も経っていることが信じがたかった。英語でタイムフライズということわざを習ったことがあるがまさにこのことだと思った。これからの半年間もまたすぐに過ぎていくのだろう。


 メイン通りのいつも四人が分かれる十字路にたどり着いた。


「ここで二人とはお別れだな。お互い休みを満喫しような」


「ふっ、そんな甘ったるい考えで大丈夫かハルタ? やっとのことで雑魚から脱却したのにまた戻る気か」


「大丈夫さ。サザンカ村でも稽古をするから。それも師匠と」


「そうか、休み明けを楽しみにしてるぞハルタ」


「皆楽しそうでいいな」


「カナリアだって帰省するんだろ。それこそ両親に会えるんだから、楽しみじゃないのか」


「まあね、私の両親厳しいから……。まあいいや、みんなまた一週間後学校でね」


「おう!、またな」


「一週間後!」


 全員がそれぞれの帰り道に向かって歩き出した。この時の俺はまだ俺たちの前で起ころうとしていることに全く気がついていなかった。


 翌朝は準備で忙しいかと思ったが、起きる頃にはすでにガリウドが準備を終えていた。宿の前には久しぶりに会うヨーテルとその後ろに荷台が繋がれていた。荷台の中には多くの品々が積まれていた。ガリウドに中身を聞くとサザンカ村では手に入らないような品らしい。


「多分これで何も欠けるものはないはずだ。他に持っていきたいものとかないか?」


「特にないです。大丈夫だと思います」


「わかった。サザンカ村のみんなによろしく言っておいてくれ。あと姉貴にこの手紙を渡しておいてくれ」


 ガリウドから手紙を受け取った。中身は封されていて何が書かれているかは分からなかった。


「では行ってきます」


「おう、気をつけて行ってこいよ」


 手綱を引いてヨーテルに合図をすると竜車が動き始めた。後ろを振り返るとガリウドが手を振っていた。ハルタはそれに応えるように元気よく手を振り返した。


 サザンカ村までは一本道で迷う心配がなかったので、気楽に道中過ごすことができた。来る時は一度休憩を入れたが、今回はヨーテルに負担をかけさせないようにゆっくり進めば休憩なしで行けるというガリウドの判断で休憩なしで行くことにした。


 流石の俺でも夜通しで竜車を操縦するには無理があったためハルタと交代しながら操縦した。朝日が登りサザンカ村まであと少しのところまで来た時、サザンカ村の方から走ってくる女性がいた。彼女は何かを叫びながら向かってきた。


「冒険者様、どうかどうかサザンカ村をお助けください」


 彼女は竜車に乗る俺に泣きついてきた。彼女は獣人だったのでおそらくサザンカ村の住人だろう。その叫びでハルタが起きた。竜車を降りて彼女に寄り添い泣いている訳を聞いた。


「俺たちもこれからサザンカ村へ行く予定ですが、どうしたんですか」


「サザンカ村が……。サザンカ村が今襲われているんです」


「襲われている!? 誰によって?」


「それは分かりません。どうかお助けください」


「わかりました。さあ、乗って」


「ヨーテル、急用だ。申し訳ないが少し急ぐぞ」


「ドウドウ」


「ハルタ操縦を頼む。俺は防具の準備をする」


「わかった、飛ばすからしっかり捕まっていろよ」


 襲撃とは言ってもノルデンがいるはずだ。ノルデンでも対応しきれない敵の数ということだろうか。サザンカ村で何が起こっているのか確かめるべく俺たちは先を急いだ。

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