第2話 天罰

 ジャマル様の連れてきた兵士たちが殺到し、ルチア王女の私兵がたちまち拘束される。

 私を斬ろうとしていた剣は、激しい音を立てて床に落ちた。


「な、なにをするの。

 ジャマル、なぜあなたがここに!?

 この売女を追ってきたの?」

「追ってきたとは人聞きの悪い。

 この国で待ち合わせただけだよ。

 親愛なるガスパラ王に、ぼくの妻となる女性を紹介したくてね」

「なっ……!」


 王女の顔色が変わった。

 自分がハメられたことに、ようやく気づいたようだ。


 私はジャマル様のそばに立ち、彼女に言う。

 庶民だけど、できるだけ優雅に笑って。


「ジャマル様のご友人と伺っておりましたので、私もルチア様にご挨拶をと思ったのですが……。

 どうやらお気に障ったようで失礼いたしました。

 でも、殺そうとなさるのはあんまりではありませんこと?

 見た目どおり、蛇のようなお方なのですね」


 私の挑発は効果てき面だった。

 驚きで血の気の引いていたルチア王女の顔が、みるみる真っ赤に煮えたぎってくる。


「あなた、ねえ……!

 もう絶対に、ぐちゃぐちゃにしてやるんだから!」


 落ちていた剣を拾うと、私めがけて斬りかかってきた。

 が、ジャマル様が腰の剣を抜き、まるで子どもに稽古をつけるように軽くあしらう。


「ジャマル! そいつを庇うの!?」

「当たり前だろう。

 ぼくの愛する婚約者だ」

「アタシは?

 アタシのことは愛してないの?」


 剣戟の音が止んだ。

 ジャマル様が王女の手首を掴んだのだ。


 そのまま捻ると、剣は再び床に落ちる。


「愛しているわけないだろう?

 ルチア姫、あなたはただの異常者だ。

 ……ガスパラ王、どうなさいますか?」

「えっ?」


 ルチア王女の驚く声が響くと同時に、扉の陰からガスパラ王が姿を見せた。

 ジャマル様に手首を拘束された娘を見て、沈痛な表情で言葉をしぼりだす。


「ルチアよ……残念でならない」

「お父様、これには事情が!」

「黙りなさい。

 幼きころから知能は高かったが、そこに正しき精神は育たなかったらしい。

 おまえを牢に入れ、二度と太陽の下に出さないことを、ここに誓おう」


 無期刑。

 ラムバスタ王太子の妻となる私を殺害しようとした罪人に、その刑罰が申し渡された。


 が、


「そんなことさせるものですか!

 みんな、みんな殺してやる。

 どうせリセットすれば、なにもかもやり直せるんだから!」


 王女は細い身体をよじって咆哮のような雄叫びをあげる。


「この声を聞いたアタシの兵士、全員蜂起よ!

 お父様もジャマルも、このあばずれも、全員殺せ!

 そして最後にあの占い師を殺すのよ!」


 狂ったような高笑いが響きわたる。

 本当に狂ったのかもしれない。


「殺せ殺せ!

 アタシをハメたやつらは全員死刑よ!

 さあ、早く全員で暴れなさい!」


 ……だが。


 その声に応える兵士は、どこにもいなかった。


「ど、どうしたの……?

 アタシの私兵はどこに……」


 ジャマル様はよほどうるさかったのか、手首を掴んだまま彼女に足払いをし、床に押さえつけた。

 ぐげっ、という無様な声が聞こえる。


「ルチア王女、あなたの私兵はそこで捕縛されているふたりで最後だ。

 あとは全員、すでに囚われの身となっている」

「な、何十人いると思ってるの?

 全員なんてありえないわ」

「あなたのいう占い師が、名簿を作ってくれていたんだ。

 何度も何度も、うかつにリセットするからこういうことになる。

 リセットの基準がゆるすぎたんだよ」


 それを聞いた王女は、床に額を打ちつけて悔しがった。


「くそっ、くそっ!

 せめてどうにか、占い師だけでも殺さないと。

 事故でもいい、とにかく命を――」

「それは無理だ」


 冷たく言い放つジャマル様に、血のにじんだ額の王女がハッと顔をあげる。


「無理ですって?」

「ああ、占い師オルガはもう死なない。

 彼女は女神であったことを知ってから、氷が溶けるように記憶が戻ってきた。

 ぼくらにお別れを言って、いまはもう座に戻ったよ」


 リセットは、できない。

 ジャマル様がはっきりそう告げると、ルチア王女はがっくりと床に顔を伏せ、それきり黙った。


 もう逃げ場がないことを悟ったのだ。


「ルチアを牢へ運べ」


 ガスパラ王の命令する声の無感情な響きが、王女の未来が望みのない暗黒であることを示していた。

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