第2話 昼食をともに

「待って、すこしだけ待ってください」


 話を続けようとする占い師を制し、私は店のドアの外に休憩中の札を提げた。

 本日お渡しのお客様はすでにご来店済みだったし、ちょうどそろそろお昼の頃合いだったのだ。


「これでよし、と。

 じゃあ、奥の部屋で話しましょうか。

 サンドイッチあるけど食べます?」

「なにこの展開……」


 目を丸くしている。

 まあ、それはそうだろう。

 いきなりやってきて婚約破棄を迫るなんて、迷惑千万な行為である。

 歓待を受けるいわれなどないという自覚は、どうやら彼女にもあったらしい。


(でも私、気に入っちゃったから)


 客商売をして日は浅いが、人を見る目には多少の自信があった。

 たしかにこのひとのやっていることは無茶苦茶だけど、その根底にはたぶん、悪意や害意があるわけではない。

 たぶん、だけども。


 私は店舗の奥にある、キッチン兼ダイニングルームに彼女を案内して座らせると、ひとりで食べるにはすこしだけ……いやだいぶ多いサンドイッチの皿をテーブルに置いた。


「あのですね、べつに私は大食いじゃないんです。

 いつもはお昼に半分くらい食べて、あとはおやつとかそういう感じで、暇なときにちょこちょこつまむというか……。

 あはは、まあ、一緒に食べましょう!」

「エレーナ、あなた太るわよ」


 うわっ。

 思わず私は自分の身体を見た。


 占い師さんみたいなすらっとした身体じゃなくて、背が低くてちんちくりんな感じだ。

 いまはまだ太っているとは思わないが、たしかに、この体格でたくさん食べていたらそのうち太りそうな気がする。


「そ、それって占いで見えるんですか?

 未来の私って太ってます?」

「ああー、占いか。

 ごめんごめん、さっきのは軽口。

 未来のあなたは太ってないわ。

 たまーに気にしてダイエットするけど、どうせ続かないし、でも周りから見たらべつに太ってないって感じ」

「詳しっ!」


 けど、ありがち!

 その未来、なんだか私にも見えてきた。

 こんな想像でいいなら私も占い師になれるかもしれない。


 思わず笑ってしまう。

 すると、彼女もリラックスしてくれたようで、タマゴのサンドイッチをひと切れ食べてくれた。

 美人さんの薄い唇に吸い込まれると、私がいつも食べているただのサンドイッチでも、貴族の優雅な食事に見えるのだからふしぎだ。


 ちょちょんと上品に口を拭いて、彼女はいう。


「いきなりこんなに信用してくれて、嬉しいけど、ちょっと驚いちゃった。

 わたくしの名前はオルガ。

 ねえ教えて、なんで信じてもらえたわけ?」

「ん~」


 完全に信じたわけじゃないんだけど。

 そこは説明しづらいから、まあいいか。


「さっき噛みましたよね。

 あれが決め手といえば決め手です」

「はー、そんなことってあるのね」


 じゃあ今度からまず噛もう、とか呟いている。

 わざとやったら意味ないと思うけど。

 そんな天然な感じも好ましいから私は黙っていた。


 オルガと私は、結局ふたりでサンドイッチを平らげた。


「ふたりで食べたからカロリー半分ですね」

「あなた、三分の二は食べてたわよ。

 もっとかも」

「半分です!」


 なんか、楽しい。

 初対面なのに、オルガがうまく私を扱ってくれているせいか、ずっと一緒にいるみたいに心地がいい。


 占い師という職業柄、彼女が身につけているテクニックなのかもしれない。

 そう思うと、この安心感は逆に危険かも……?


 すこしは警戒したほうがいいかもしれないと思ったところで、オルガはまじめな顔で座り直した。

 最初の話に戻るつもりだ。


 私は彼女が口を開くより先に、質問した。


「オルガ、婚約破棄はともかく。

 私がジャマル様と婚約してること、なんで知ってるんですか?

 これって極秘で、当日まで内緒なんですよ」

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