占い師に脅されて王太子と婚約破棄したけど、理由を告げてはいけないせいでどこまで逃げても追ってきます
monaca
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第1話 油断した服装
「こんにちは、エレーナ。
あなた、来週の土曜にジャマル王太子と結婚する予定よね?
わたくしの占いで最悪の運勢になっているから、取りやめましょう」
唐突すぎる。
そして失礼だ。
それが私が彼女にいだいた第一印象だった。
私がいつもどおり父の洋裁店の店番をしていると、ひらひらしたヴェールのようなマントを身にまとったお客様が入ってきて、カウンターの私にそうまくし立てたのだ。
(お客様……だよね?)
私の名前を知っているということは、父の知り合いなのかもしれない。
私がメインで店番をするようになったのはここ2年程度のことだから、いまだに、あちらはうちの店をよく知っているのに私のほうではまるで知らない、自称常連さんが訪れることがたまにある。
数年訪れていない時点でそれは常連ではないと思うには思うのだが、そういうお客様にかぎって、その、なんというか……すこし厄介だったりする。
思い込みの激しいひとが多いからだ。
失礼があってはいけない。
私は気を引き締めて応対することにした。
「こんにちは、お会いできて嬉しいです。
当店をごひいきいただいて大変ありがたく思っております」
「わたくし、このお店で服を買ったことはないわ」
はい……?
いまこのひと、買ったことはないって言った?
「えっと、父の個人的なお知り合いですか?
父は工房のほうに詰めているので、ご用であれば私がお取次ぎいたします」
「ここであなたのお父さんに会っても意味はないのよね。
さっきも言ったけど、わたくしは占い師で、あなたと王太子の婚約を破棄させにやってきたわけ」
占い師だなんて言われた記憶はない。
わたくしの占いで、とは言っていたから同じことなのかもしれないけれど。
(こんな細かいことを気にするのは私だけかな?)
でもとにかく、この女性はお客様ではないし父の旧知でもないということがわかった。
ただの無礼な占い師のひとだ。
もう失礼を気にする必要はない。
私はその女性の全身を眺めた。
すらりとした長身にミステリアスな黒髪。
顔立ちも整っていて、すれ違った男はきっとみんな振り返るだろう。
ただ、服装がずいぶん雑だと思った。
「普段着にマントを巻いてるんですか?」
「ちょ、ちょっとエレーナ。
服装のことはいまはどうでもよくない?」
思ったことを訊くと、占い師は思いのほか、たじろいだ。
まるで、うっかり寝ぐせのまま出かけて友達に指摘されたときのように、気恥ずかしそうにしている。
彼女はマントをぎゅっと巻いて服を隠す。
「ふ、服のことでなにか言われるとは思わなかったから、油断したわ。
最初のころはちゃんと、全身これ占い師って感じでキメキメだったんだけど、だんだん、これってもしかして無駄かなって思いはじめて。
雰囲気より、話す内容のほうが大事じゃない?」
「それもそうですけど」
話す内容に合った服装も説得力のためには大事ですよ、と私は助言した。
これでも洋裁店のひとり娘なのだ。
「そ、そうね……。
もし次があったら気をつけるわ」
彼女の陶器のような白い肌が、恥ずかしさでピンク色に染まっている。
いろいろと不躾ではあるけど、悪人ではないのかもしれないと私は思った。
彼女はコホンと軽く咳払いをして、仕切り直す。
「それでね、エレーナ。
あなたがいますぐ婚にゃッ――」
噛んだ。
このひと、いま、盛大に噛んだよ。
「くううう~……ッ」
きっと大事な発言をするつもりだったのだろう。
みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染まる。
(なんだか必死に頑張ってるように見えるなあ。
友達だったら助けてあげたいタイプかも)
私はまだ名前も知らないこの自称・占い師さんの話を、ちょっとまじめに聞いてあげようと考えはじめていた。
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