10縛 ハグ
「おいで」
「……え?」
「お前が脚を絡めるのとは違う、甘えて抱き着くのとも違う。京より体のデカい俺だから、やってやれる事がある」
中々に気持ちの悪いセリフだと、自分でも思う。でも、それ以外に言葉が見つからなかった。可哀想な京を、慰める方法が分からなかった。
やっぱり、『庇護』なのだ。俺は、今の彼女に恋することは出来ない。
「え、えへへ」
喜ぶ笑顔が、あまりにも幼すぎて。
「なんですかぁ?そんな、『おいで』だなんて。泣いちゃいますよ?」
無邪気さが、悲しくて、痛くて。
「急に言われると、凄く照れくさいですよ。そんな、だって普段は時生さんからなん――」
だから、もう、我慢が出来なかった。
「……へぇ?」
『ここに住め』と言われた時、俺は京に同情するなと言った。劣等感を覚えて、比べられる事を拒み、施しを嫌ったからだ。
「は、は、はの。へ?と、ときおしゃん?」
だが、これはなんだ?俺の、俺のこの行動の意味はなんだ?何も知らない彼女の手を取って、強引に引き寄せて、裸の体を抱き締めるだなんて。俺が避けた彼女の想いを、くれようとしていた
「わ、わたし、えっとぉ。ど、どうすれば……」
俺は、救おうとした彼女の過去の重さに、その幼い笑顔に、情けなく潰されてしまったのだ。施しは、相手の気持ちに耐えられない人間の処世術だった。そんなことにすら気付かずに、俺は京を救うと
なんて、滑稽なんだろう。
「今は、何もしなくていい」
腕をダランと下げて、京は「ぷしゅ〜」と声を漏らしていた。彼女からは、今の俺がどう見えているだろうか。初めての感覚を教えた、特別な人間に映っているだろうか。
そんなことないと、打ち明けないように、俺は必死だった。
「……はぃ」
消え入りそうな声と対象的に、京の体は固く緊張し、強く力が入っていた。
治療をするなら、悲しさを黙って見ていられるくらい強くならなければ。漠然と、そんなことを考えた。
「あの、時生さん」
「ん」
「もっと、痛くしてください」
「……やっぱり、変態だな」
「あなたが言うなら、それでも」
自覚は無いみたいだ。
ただ、理由はどうあれ、一度手をつけたのだから最後まで発散させてあげるべきだ。……というのは、なんとも男主体な意見な気もするけど。そう思ったから、俺は京の体が潰れてしまうんじゃないかってくらい、強く抱きしめた。
「ぁぅ……!」
京の呼吸が、止まった。形が変わるくらい、胸を圧迫したからだ。
だが、それでも吐息と変わらないような声で「もっと」と囁かれ、更に力を込めて。強く、強く。頭を肩に落とされても、首筋をキツく噛まれても、小刻みに震えて息を漏らしても。俺は、ただひたすらに京を抱きしめた。
「っ――」
腕を離したのは、京の心臓の音が伝わってきた頃だ。肩を持って、正面で見つめれば、彼女は赤い顔で息を切らして、虚ろな目をして惚けていた。
「……悪い、苦しかったか?」
「はぁー……、はぁー……。あの、だ、大丈夫です。はぁー……。あの、とてもポカポカします……」
庇護にしては、やり過ぎだった。多分、決意を押し付けたからだ。
「……痛いと、生きている感じがするんです」
「なに?」
「手首を切ると、たくさん血が出るんです。熱くて、痛くて。でも、すごくスッキリするんです」
俺は、思わず京の手首を持っていた。そこには、消え掛かっているが、たしかに一本だけ横向きに線が入っている。
気が付かなかったのは、京が隠していたからだろうか。それとも、俺が見ようとしていなかったからか。そもそも、誰も気が付かなかったのか。無視をしていたのか。
多分、全部だ。
「でも、時生さんに抱き締めてもらう方がいいです。傷が増える前に、知れてよかったです」
痛々しくて、しかし触れずにはいられなかった。もう、ほとんど見分けは付かない。微かに皮膚の感触が違う程度だが、それでも確かに存在している。
消えることの無い、刻印。京が壊れた、決定的な証拠。
「もう、切るなよ」
安い言葉。でも、京を縛る最初の鎖だ。
「切りませんよ。だって、時生さんと出会いましたから」
まるで、見つけてもらった事を感謝するように、京は優しく笑った。それを直視したせいで、うっかり切った理由を訊くタイミングを失ってしまった。
もう、二度とそのタイミングは来ないだろう。どうしてか、そう言う風に思った。
「……クシュン」
「早く服着ろ」
「えへへ、これは時生さんのせいですよ。力で勝てるワケないじゃないですか」
それをするより前に、ちゃんと言ってたハズだ。なんて考えて誤魔化すくらい、悪いのは俺だ。そう思って、手首を離そうとした瞬間。
「やん……っ」
ハラリ、バスタオルが外れて、またも体が顕になってしまった。
「い、今はちょっとダメです」
心臓の高鳴りが、羞恥心に繋がったのかもしれない。京の顔は、信じられないくらい赤くなって。でも、それで初めて人並みだった。
だが、年相応に見えてしまえば、俺だって同じように意識してしまう。だから、すぐに後ろを向いてタオルを持って、擦り潰れるくらいに強く顔面に押し付けた。
「ごめん、悪気はなかった」
せめて俺の熱が引くまでは、そうやって恥ずかしがっていて欲しいと、強く思った。
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