第88話 ウィンの温もり


「私、出来るようになるんでしょうか──」


 やはり、戦えなかったというのを気にしていた。

 ウィンの頭に触れ、優しくなでる。


「大丈夫。焦ることはないよ──。少しずつ、出来るようにしていこう」


 ウィンは俺の腕に身体を寄せてきた。ウィンの柔らかい体が俺の腕に当たり、ドキッとしてしまう。


 それでも、少しでもウィンに心を安心させてほしいと考え、反対側の肩を優しくつかんでから、そっとウィンの身体を寄せる。


 ウィンの身体の、暖かい温もりが俺の腕に伝わってくる。


 最近、ウィンの体に触れるだけでウィンが今どんな気持ちなのか、なんとなくわかるようになった。

 怖がっているときは、背中が震えていたり。

 ほっとしているときは、肩が下りていたり。


 今は、安心しているのだろう。俺の方に身を寄せ、体を密着させている。

 ウィンの髪を、優しくなでる。


 ウィンが抱えている不安や恐怖を、解きほぐすかのように──。

 髪を優しくほぐし、体を密着させる。


 あったかいウィンのぬくもりを全身に感じて、とっても心地よい。


「ありがとうございます」


 ウィンがそっと言葉を返した。


 確かに不本意な結果にはなってしまった。

 しかし、ウィンのことを知っている、ウィンとずっと一緒にいた俺だからわかる。



 ウィンはこのまま、くじけてしまうような子じゃない。必ずトラウマを乗り越えて、力になってくれるはずだ。


 確かに気が弱い所はあるかもしれないけれど、芯が強くていざというときに頑張れる子だ。

 決して、両親が言っていた様な役立たずな存在ではない。


 ウィンは俺に身体を密着させるようにぎゅっと抱きついたまま。身を預けるような形だ。

 それほど、落ち込んでいたのだろうか。


「大丈夫。ウィンなら──絶対に乗り越えられる」


 そうささやいて、ウィンの手を強く握った。


「だから、あきらめないで頑張ろう! 俺もついているから」


 ウィンは、俺をじっと見ながら言葉を返す。

 強い意志を持った、意思を感じる目だ。


「私、頑張ります」


 その一言が聞けて、とても嬉しい。


「よかった。一緒に、頑張ろう」


「はい──」


 ウィンの表情が、さっきまでよりも明るくなったような気がした。




 それから暫しの間、涼しい夜風が頬を伝う中俺はウィンと一緒に星空を眺めていた。


 さて、これからどうした物か。

 さっきの両親との会話。あまりのウィンへの罵詈雑言に場がヒートアップしてしまっていた。


 ロックさんに一端落ち着かせて頭を冷やした方がいいと言われた。

 そして、俺とウィンは家をいったん出て、近くにある川のほとりにいる。



 二人身体をくっつけて、ちょこんと座っている。ウィンは、やはり考えこんでいるようだ。

 上手くいかない両親とのこと。


 これからの進展具合によっては、折角気持ちが前を向けたウィンが、再び落ち込んでしまうことだってあり得る。


 俺は、いくらウィンのことを想っても、ウィンの両親にはなれない。ウィンの両親は、たとえどんな酷い人物であろうとあの二人しかいない。

 しかし、これ以上どんな言葉をかければいいのだろうか全く分からない。


 無言の、気まずい時間が流れていたその時。


 ザッザッと、芝を歩くような足音。それも、こっちに向かってきている。


 誰だと思いうすりを振り向く。


「あれ? あなたは──」


 以前にも見たことがある。

 サングラスをかけていて、すらっとした長身の男。

 特殊憲兵のレナートだ。


「レナートさん、どうしてここに?」


 警戒モードに入る。もしかして、俺達への暗殺命令か?


「気にするな、完全に私用だ。警戒する必要はない」


 レナートさんは、そう言ってサングラスを一度クイッと上げた後、俺の隣に座ってきた。

 とはいっても、特殊憲兵という立場上警戒せずにはいられない。ウィンに至っては、怯えていて俺の腕にくっついてきている。


「丁度休暇な事もあって、ここに来ただけだ」


「はあ……」


 突然に事態に、気の抜けた返事で言葉を返す。


「特殊憲兵に対して、どんなイメージを持つ?」


「一言で言うなら、恐怖の象徴です。権力者につき、市民たちを監視していて、スパイ行為に暗殺など、闇の仕事を請け負い、逆らうような動きをすれば、すぐに飛んできて逮捕」


 ウィンが想ったことを正直に話した。正直、実際に行っている事やウィンへの行いを考えればそう言わざるを得ない。

 きっぱりとした口調で言う。レナートは一度グラサンをくいっと上げて言葉を返す。


「50点といった所だ」


 レナートは否定しない。しかし、ちがう所もあるようだ。


「何が違うんだ?」


「俺が答えよう」


 その言葉通り、政府内にいた俺の視点から見たレナートたちのことについて話す。



 特殊憲兵は──ただの兵士じゃない。


 その国々に入って、溶け込まなければならない。

 その国の制度や状況を知らないんじゃ、話にならない。


 それだけじゃない。目的によってはただ命令に従うだけではなく、達するうえで何が必要かを判断し、そのために答えを自分で出さなければいけない。


「様々な国の常識や文化、教養を学ぶ必要がある。それだけじゃない、色々な価値観を知識として習得している」


「良く分かってるじゃないか」

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